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ひとごとじゃない、人質司法~体験者が議員会館に結集、公正な司法制度への転換を訴える

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

 捜査機関の見立て通りに罪を認めない被疑者・被告人は、長期間身柄を拘束される「人質司法」。冤罪などの人権侵害を招いているこの問題を広く知らせ、刑事司法制度の改善を訴える『「ひとごとじゃないよ!人質司法」プロジェクト』(ヒューマン・ライツ・ウォッチ、イノセンス・プロジェクト・ジャパン主催)が企画した院内集会《人質司法サバイバー・すべての人に公正な司法を》が11月10日、参議院議員会館で開かれた。密室の取調べで自白を迫られるなどの経験をした「人質司法サバイバー」20組23人が登壇し、自らの体験や心情を語った。

 初めに、厚労省局長の時に関わりのない郵便不正事件で逮捕・起訴され、164日間にわたって身柄拘束された村木厚子さんと、学校法人の理事長の横領事件に巻き込まれ248日間身柄拘束された、プレサンス・コーポレーション前社長の山岸忍さんによる基調スピーチが行われた。

「仕組みを変えなければ」「このままではまた冤罪は起きる」

 2人の事件はいずれも大阪地検特捜部が捜査を行った。村木さんが逮捕されたのは2009年。翌年、無罪判決が出され、主任検事による証拠改ざんなど検察の不正が明らかになり、検察は改革に着手した。山岸さんが逮捕されたのは2019年。

 村木さんは

「密室で取調べ、自白をさせ、調書をとって、裁判所がそれを採用するという基本の構図は変わっていない。ものすごく失望している」

と述べ、

「(検察の独自捜査は)逮捕後の取り調べは録音録画をすることになったが、そうすると今度は逮捕前にできるだけ自白を引き出しておこう、となる。結局、自白に頼ることから抜け出せていない」

と指摘。 

「個々の検察官の資質やモラル、心がけに頼っていても何も変わらない。身体拘束が続くとか、弁護人を立ち会わせないとか、黙秘権が簡単に無視される、録音録画が完全にできていないとか、そういう仕組みをトータルで変えることが大事

と訴えた。

 山岸さんは

「身柄拘束され、情報が全て断たれると、悪いことばかり考えてしまう。弁護士から関係者の調書が差し入れられ、(事実とは異なることが書いてあって)人間不信にも陥った」

と拘束中の苦しい体験を語った。そのうえで

「私は司法に関する知識はまったくなかった。(取り調べは)プロとアマチュアの戦い。人質司法と(取り調べに)弁護人の立ち会いがないことが問題で、これがある限り取調官の質は上がらず、5年経っても10年経っても、また冤罪は起きる」

と危機感を訴えた。

 村木さんが、無罪確定後に当時の検事総長から「問題があることは分かっていたが、中からは変えられなかった」と打ち明けられたことを明かし、「外から仕組みを変えることが大事」と指摘した。

 これを聞いた山岸さんは、

「検察官は公益の代表者ですよね。信じられない!

と驚きの声を挙げ、

「会社で不祥事が起きた時に、社長が『中からは変えられません』と言ったら、世間はどう思いますか?!」

と検察の対応を批判した。

20組23人が被害体験を証言

 この後、体験者が次々に登壇し、発言。

 生後1か月の長女を揺さぶって死なせたとして逮捕され、2年以上も勾留され、その後無罪判決が確定した高津光希さん(仮名)は、

「7回も保釈を請求してダメだった。家族もバラバラにされた。起訴された時、捜査官から『土俵に上がって負けたことはない』と言われた。彼らにとって何が勝ちで何が負けなのか」

と述べ

「本当に悔しいです」

と声を絞り出した。

人質司法で「公正な裁判が受けられない」

 粉飾決算に関与したとして逮捕され、1年2か月にわたって拘束された男性は、被告人にとって人質司法は次の3つの点が問題だと指摘した。

①勾留がいつまで続くか分からず、先が見えない不安がある

②収入が断たれ、弁護士費用などの経済的負担が増す

③大量の証拠があるのに、弁護士との打ち合わせが満足にできず、防御が不十分

 相場操縦を行ったとして金融商品取引法違反で逮捕・起訴され、現在も無罪を訴えて公判中の佐戸康高さんも、

「公判前整理手続が行われている間は保釈されず、膨大な証拠の精査を拘置所の独居房で行わなければならず、弁護人との打ち合わせも制約されている。(拘置所は)裁判の十分な準備をする環境ではない

と述べ、

「(長期の勾留のために)公平な裁判を受けられなかった、と感じている」

と訴えた。

命を削る人質司法

 深刻な病気を抱えていたのに、身柄拘束が解かれず、拘置所で適切な医療を受けられず、雪冤を訴えながら死亡した元被告人の遺族も登壇した。

 起訴が取り下げられ、国家賠償訴訟で警察官が「ねつ造」を認めた大川原化工機事件で逮捕された相嶋静夫さんは、勾留中に体調が悪化。癌がみつかったが、保釈が認められなかった。その後、勾留の執行停止で入院した時には、癌はかなり進行しており、3か月後に亡くなった。相嶋さんの長男一登さんは、拘置所の健康チェックで貧血を見過ごしていたことを明らかにし、「父は、長期の勾留がなければ、4か月早く治療を始めることができた」と訴えた。

 相嶋さんと同僚だった島田順司さんは「仲間を失ったのが本当に悔しい」と声を震わせた。国賠訴訟で証言した検察官について、「検察官は今でも『間違っていない』と言い、謝罪をしようとしない」と憤った。

左から、大川原正明さん、島田順司さん、相嶋一登さん
左から、大川原正明さん、島田順司さん、相嶋一登さん

 破産法違反で逮捕・起訴された税理士の故・中村一三の妻よし子さんは、膵臓癌を患っいた夫が適切な治療をするために保釈を求めては裁判所に7回も却下された体験を語った。「医者に連れて行って欲しい」と訴えても治療をしてもらえないまま、156日勾留された、という。その間に、癌は大腿骨などに転移し、闘病の末に亡くなった。よし子さんは長期勾留が命を縮めたと考えている。

「夫は、最後は『悔しい』と言って亡くなりました。夫は生きる権利を奪われました。この司法制度をなんとか変えてほしい

雪冤を果たせず亡くなった夫の無念を語る中村よし子さん
雪冤を果たせず亡くなった夫の無念を語る中村よし子さん

 次々に語られる体験からは、人質司法の弊害が出ているのは、一部の例外的なケースではなく、それが制度的な欠陥によるものであることは明らかだ。

国益を損なう人質司法は「本当に不名誉」

 集会には、次の参議院議員が参加し、法制度の改善にむけた決意などを述べた。

 公明:伊藤孝江

 立憲:打越さく良、中谷一馬

 社民:福島瑞穂

 NHK党:斎藤健一郎、浜田聡

 このうち打越議員は、東京・表参道の宝石店が襲われた強盗事件で、日本側が英国籍の容疑者の引き渡しを求めたものの、今年8月、同国の裁判所が日本の刑事手続きには「人権上の問題がある」として引き渡しを認めなかった件を挙げ、人質司法や長時間の取り調べなどが国益を損なっている点を指摘。

「本当に不名誉なことだ。中世のような刑事司法を、近代的な国際水準のものにしていかなければならないと、改めて誓う」と述べた。

 他に公明党の2議員が出席。自民党の3議員、維新の1議員からはメッセージが寄せられた。参加者は190人。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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