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リニア「談合」事件が結審・被告弁護側は「そもそも競争がなかった」と無罪主張

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
リニア新駅建設工事が進む品川駅(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 JR東海のリニア中央新幹線建設工事を巡って、ゼネコン4社で談合があったとして、大川孝・大成建設元常務執行役員と大沢一郎・鹿島建設元専任部長、法人としての両社が独占禁止法(不当な取引制限)に問われている事件。9日、東京地裁(楡井英夫裁判長)で最終弁論が行われ、結審した。弁護側は、「本件では、専らJR東海の行為により、『不当な取引制限』の前提となる『競争』が存在しない状況になっていた」などとして、いずれも無罪を主張した。

検察側は「国民経済に悪影響」と論難

 起訴状によれば、両被告人は、大林組と清水建設の担当幹部と会合を繰り返し、JR東海が発注するリニアの品川、名古屋両駅の建設工事の入札で事前に受注予定業者を決めるなどの合意をし、受注予定業者が自社の見積価格を他社に連絡した。検察側は、そうした行為が「公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」を禁じた独禁法違反に当たるとして、両被告人に懲役2年、両社にそれぞれ罰金3億円を求刑している。

 論告で検察側は、JR東海は「公正かつ自由な競争を行わせ」「徹底したコストダウンを図ろうとしていた」と主張。被告人らの行為によって「我が国の国民経済に広範な悪影響を及ぼした」と、厳しく非難した。

弁護側は「そもそも『競争』がなかった」

 これに対して弁護側は、次の諸点を挙げ、JR東海の長年の対応によって、受注業者は事実上、事前に決まっており、「競争」は存在しなかった、と強調した。

・この2つの新駅建設は、既にある駅や駅ビルの下に新たな駅を作るもので、東海道新幹線やJR東日本の在来線などに影響を与えないよう工事を進めるなど、従来の地下駅建設とは比べものにならない超難度の工事である

・そのため、スーパーゼネコンといえども、この両工事については、JR東海から事前に情報を得たうえで、十分な時間と費用をかけて施工方法を検討したり、必要な技術や機械の開発を行ったり、熟練した有資格技術者を十分確保するなどの準備を行っておかなければ、安全で確実な施工は不可能である

・JR東海もそのことを認識し、難度の高い工区については、出件の5年以上前から特定の業者を選定して情報を与え、検討や準備を行わせてきた。品川駅は大林組(終盤に清水建設が加わって、工区が2つに分けられる)、名古屋駅中央工区は大成建設が選ばれていた。それ以外の企業は、工区に関する情報は与えられておらず、出件の際に与えられた情報と時間では、現実の施工を前提とする見積書を作成することは不可能だった

・本件工事の指名競争見積手続は、参加事業者が示した価格によって自動的に受注者が決まる競争方式ではない。参考見積書等の提出とヒアリングを経て、見積もり合わせを行い、第1順位の企業と価格協議を行い、それが決裂した場合には第2順位の企業と協議を行うなど、JR東海が自由な判断で受注者を決められた

・このように、4社の会合が行われる以前に、受注事業者は事実上1社に絞られており、そもそも「競争」は存在していなかった。指名競争入札は形だけのものであり、JR東海ができるだけ低い価格で発注したという外観を整え、株主などのステークホルダーへの説明を容易にしつつ、意中の業者に受注させる仕組みだった

「社内規定違反は申し訳ない。刑事事件としては無罪」

 弁論の後、被告人がそれぞれ最終意見陳述を行った。

 大川被告人は「検察はリニア工事の特性を全く理解せずに訴追に至った。裁判所は経緯にも目を向けていただきたい」と述べた。

 大沢被告人は、「同業他社との会合や連絡は、社内規定に違反しており、多大な迷惑をおかけし、申し訳ない」と謝罪。そのうえで、「JRの意向により、施工できる会社は決まっており、競争はなかった。会合で受注調整は行っていない。私は無罪と確信している」と述べた。

 判決は来年3月1日に言い渡される。

検察の対応への違和感

 ここからは、私見になる。

 私はこれまでこの裁判を傍聴してきたが、特に違和感が残った点が2つある。

 1つは、「談合」したとされる4社の担当者のうち、否認した者と検察側の協力者となった者で、検察の対応があまりに違うことだ。

 大川、大沢両被告人は2018年3月に東京地検特捜部に逮捕され、容疑を否認。同年12月に保釈されるまで勾留が続いた。

 一方、大林組と清水建設は、談合を認め、課徴金減免(リーニエンシー)制度に基づく自主申告を申請したほか、地検の取り調べでも容疑を全面的に認め、裁判では検察側の重要証人となった。大川被告人と共に会合の中心だったT大林組元副社長や、会合に加わったI清水建設元専務らは、逮捕されずに済んだだけでなく、いずれも不起訴となった。検察が描く事件の構図でも、T氏は大沢被告人よりも事件への関与は濃厚であるにもかかわらず、だ。

 この事件の捜査の時点では、まだ司法取引制度は始まっていない。証人たちも、取り引きがあったことは否定している。それでも、明確な文言での約束はなかったかもしれないが、検察側の捜査・公判に協力すれば見返りがある、という暗黙の了解があったのではないか、という疑念は今なお消えることはない。

 今でも似たような問題は起きている。河井克行・案里夫妻の事件では、金を受け取った広島県内の政治家たちが、被買収に問われていないまま、検察側証人になろうとしている。司法取引の手続きが行われたわけではなく、河井被告の弁護人は、違法な司法取引だとして、公訴棄却を求めている。

 なお、リニア事件においては、法人としての大林組、清水建設は起訴され、それぞれ2億円、1億8000万円の罰金刑が言い渡されている。

JR東海への違和感

 

 もう1つの違和感は、JR東海が「被害者」として位置づけられていることだ。

 検察側は、論告でJR東海には「何ら落ち度はない」と言い切った。

 独禁法で保護される「競争」がいかなるものかは、裁判所が判決の中で示すことになるが、JR東海の業者選定の仕方は、公共工事などでイメージする「公正な競争」とは、明らかにかけ離れていた。

 弁護側が指摘したように、JR東海は難工事の工区については、特定の業者を指定し、技術的検討や機械の開発などを行わせていた。その経費は、すべて業者が負担。大林組の元幹部は、その費用を「約10億円」と証言した。業者は、JR側に図面などの提供もしていた。

 直前まで特定業者に様々な協力をさせておきながら、掌を返すようにして、突然「競争」を求めた。それが事件を招いた、と言えよう。

 にもかかわらず、JR側の証人は被害者として振る舞い、口々に「談合事件は残念だ」と嘆いて見せた。発注主の方針が変わったら、業者は黙ってそれに従えばよい、ということなのだろう。

 JRは民間企業であり、こうした工区については、あらかじめ選定していた業者と価格交渉を行い、特命随意契約を結ぶことも可能だった。そうすれば、何の問題も起きなかったのだ。今回の事件が「談合」であるとするなら、JR東海はそれをお膳立てする役割を果たしたのではないか、と思えてならない。 

 そのJR東海が「被害者」として振る舞うのには、強烈な違和感をぬぐえない。

 

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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