乳腺外科医が準強制わいせつに問われ一審無罪となった事件、控訴審が結審

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 手術直後の診察を装って女性患者の乳房をなめたとして、準強制わいせつに問われた乳腺科医が、一審で無罪となった事件。全国の医療関係者の注目を集めた刑事裁判の控訴審第3回公判が24日、東京高裁(朝山芳史裁判長)で開かれ、検察、弁護側双方が弁論を行って結審した。

せん妄で性的幻覚を体験した可能性

 30代の患者A子さんは、2016年5月10日に東京都足立区の病院で、右乳腺腫瘍の摘出手術を受けた。病室(6人部屋)に移された後の午後2時55分頃から3時12分頃までの間、執刀医から左乳首をなめるなどのわいせつな行為をされた、と訴えている。A子さんは携帯電話のLINEで上司に助けを求めるメッセージを送り、その後警察官がかけつけて捜査が始まった。

 一審の東京地裁は、乳房手術は術後せん妄の危険因子であり、手術に使われた麻酔薬や術後の痛みがせん妄の原因になる可能性がある、とする専門家証言を重視。A子さんはせん妄に伴う性的幻覚を体験していた可能性があり、「事件があったとするには、合理的疑いを差し挟む余地がある」と判断して無罪とした。

控訴審ではせん妄に関する専門家証言が行われた

 控訴審では、A子さんがせん妄と診断できるか、その場合にA子さんが身の回りで起きた出来事を認識したりLINEメッセージを発信する能力があるか――などの点について、検察側弁護側双方が推薦する専門家の証人尋問が行われた。

独自の説で「被害は現実」とした検察側証人

 検察側が推薦した、井原裕・獨協医科大埼玉医療センターこころの診療科教授は、麻酔覚醒時のせん妄を、以下のように飲酒による酩酊になぞらえ、低活動型せん妄は軽症、過活動型せん妄は重症と考える独自の説を展開した。

  低活動型せん妄ー単純酩酊ー完全責任能力

  混合型せん妄 ー複雑酩酊ー心神耗弱

  過活動型せん妄ー病的酩酊ー心神喪失

 そして、A子さんの状態は、病室に運ばれた直後は、幻覚を伴う過活動型せん妄と言えるが、酔いが覚めていくように、その後は幻覚のない低活動型せん妄へと移行した、と推論。本件当時のA子さんは、いわば「ほろ酔い」状態で、「ほろ酔いの人が幻覚を見るわけがない」と断言。さらに、A子証言は「典型的な性被害者の語り」と述べて、被害は現実に起きたとする検察側主張を後押しした。

国際的な診断基準で検討した弁護側証人

 一方、弁護側が推薦した大西秀樹・埼玉医科大国際医療センター精神腫瘍科教授は、井原教授がオリジナルな説を披瀝したのとは対照的に、A子さんの状態を、国際的に使われている診断基準に照らして検討した。使われたのは、アメリカ精神医学会が作り、世界中で精神疾患の診断基準・診断分類とされているDSM-5と、様々な臨床の現場でせん妄のスクリーニングや診断をするための評価法(CAM)。

 その結果、A子さんの状態は、せん妄に関するDSMー5の5つの診断基準をいずれも満たし、CAMにおいてもせん妄と認定できる、と判定した。また、せん妄からの回復は「(酔いが覚めるように)直線的に回復していくとは考えない」「昔は低活動型は幻覚が少ないとされたが、今では幻覚が多く見られるとされ、その論文もある」として井原説を否定。さらに、手術後に「殺される」と家族にスマートフォンで電話をするなど、幻覚に基づいて具体的な行動をすることは珍しくないなど、実例を挙げて説明した。

双方が弁論で主張を展開

 第3回公判では、検察側が求めていたA子さんの意見陳述について、裁判所は「(控訴審では)情状についての証拠調べはしていない」として認めなかった。裁判所の関心は、もっぱら犯罪の成否にある。

 最後に、検察、弁護側双方が弁論要旨を提出した。

 その中で検察側は、臨床経験が豊富な井原証言の信用性は高く、大西証言の信用性は低いと主張。A子さんが「麻酔覚醒時のせん妄であったとしても、幻覚は生じていなかった」として、被害は事実であり、無罪判決を破棄するよう求めた。

 これに対して弁護側は、井原証言はスタンダードな診断基準や症例報告などを無視した独自の見解であるとし、せん妄の研究の第一人者であり、世界標準の診断基準に基づく大西証言が信用できる、と主張。検察側の控訴を棄却するよう求めた。

A子さんの被害は…

 さらに高野隆主任弁護人が口頭で補足を行った。その最後に、「本件犯罪は存在しない。存在するのは、麻酔覚醒時のせん妄と言われる症例だ」と述べ、弁論を次のように結んだ。

「A子さんが被った被害は、性犯罪ではなく、せん妄についての医療現場の不十分な認識がもたらした被害です」

 判決は、4月15日に言い渡される。