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「1人で悩まず相談を」~世界摂食障害アクションディに原裕美子さん

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
鈴木眞理教授(右)との対談で笑顔で語る原さん

 世界で同時開催される「世界摂食障害アクションディ2019」の6月2日、東京五輪を前にした日本では「生命の躍動を支える ~食の科学と豊かなスポーツライフ」をテーマに、研究者らが発表するイベントが行われた。長年摂食障害に悩まされてきた元女子マラソン日本代表の原裕美子さんが当事者として出演し、回復傾向にある現在の状況を語り、同じ病気に苦しむ人たちに「1人で悩まないで、勇気を出して信頼できる人に相談して欲しい」と呼びかけた。

早期の発見・対応、周囲の連携が大切

 基調講演で小清水孝子・大妻大教授(スポーツ栄養学)は、エネルギー不足がエストロゲン分泌低下を招き、骨粗鬆症や無月経を招く仕組みを解説。女性アスリートは一般女性に比べて摂食障害になりやすいと指摘した。摂食障害罹患率は一般女性3.2%に対し、特に多い競技は以下の通り。

陸上中長距離(20.7%)

新体操(16.7%)

チアリーシング(11.5%)

ハンドボール(9.9%)

体操(9.1%)

 ご飯やパンなどの主食を、練習量にあった量とることの大切さを強調し、「早めに選手の状態を把握し、摂食障害になる前に適切な対応をとることで発症を予防することが大切」と訴えた。

 聖路加国際病院女性総合診療部長で女性アスリート健康支援委員会理事の百枝幹雄医師は、「トップアスリートだけではない、社会人、大学生、高校生、中学生で250万人の女性アスリートの問題だ」として、指導者、保護者、医療関係者、学校の養護教諭などが連携することが必要、と述べた。

原さんの体への影響

 原さんは、内科医で長年摂食障害の患者の治療に取り組んでいる鈴木眞理・政策研究大学院大学教授の対談形式で自身の摂食障害について語った。

「小出監督のユニバーサルに移ってから、自分の状態が摂食障害だと知った。それまでは病気という認識はなく、自分の意志が弱いので(食を)コントロールできないと思っていた。なんで、走りではあれだけがまんできるのに、食べることについてはがまんできないのか、だめな人間だなーと。もっと完璧な人間になりたいと、ずっと悩んでいました」

 現役時代、トラックで5000m、1万mの時には44~45kg、マラソンではさらに1kg落としていた(身長は163cm)。41kgになった時は、足に筋肉はあったが、腕は小枝のように細くなった。無月経となり、戻ってからも不順な状態が続き、ようやく今から9か月ほど前から順調になった、という。栄養状態が改善されても、健康体に戻るには時間がかかる。ここにも、摂食障害がもたらす影響の深刻さがうかがえる。

「疲労骨折が全部で8カ所ありました。4カ所の疲労骨折が見つかった時に骨密度を測ったら、『(骨が)すかすか。骨粗鬆症になっている』と言われ、薬を飲むようになりました」

原さんが示した自分の歯の状態。インプラント治療したところは白く写っている
原さんが示した自分の歯の状態。インプラント治療したところは白く写っている

 摂食障害の体への影響を伝えるため、原さんは、歯医者で撮った自分のレントゲン写真を見せた。過食嘔吐を繰り返していると、歯が胃酸で溶け、悪くなってしまう。原さんの歯も、多くがインプラントだ。

「私が以前乗っていた軽自動車4台分の治療費を、これまで歯医者さんに払っています。歯が悪いのは、がまんしても治らず、周りまで悪くなってしまう。(摂食障害という)心の病気も、がまんしても絶対よくならない。どんどんひどくなるだけで、治るのに時間もお金もかかる。そのうち、自分だけじゃなく、自分を支えてくれている大事な人まで傷つけてしまう、本当に怖い病気だなと思います」

弁護士の一言で、「自分でも人の役に立てるかも」と

 長く摂食障害に苦しんだ原さんが、なぜ回復の過程に入ることができたのか。その質問には、こう答えた。

「去年の2月、3月は、自分の首を絞めたりして、死にたくても死ねなかったでも、打ち明けたことで、たくさんの方が私を応援してくれて、平日は会社、休日は陸上という2つの自分が輝ける居場所ができました。会社は、自分の事情をすべて知ったうえで雇って下さっていますし、外ではたくさんのランナーさんと出会う機会を与えて下さっている陸上関係者との出会いで、私は元気になれました。最近は、マラソン大会でスタッフやゲストランナーとして外に出ることも多くなり、たくさんの人と出会っています。過去の自分ではなく、今の自分を見て接して下さるのがうれしくて、『よし、がんばろう』と毎回毎回勇気をもらいます」

 隠さずに生きて行くことを決めた理由を問われ、原さんは昨年2月に執行猶予中の万引きで逮捕された時のことを語った。

「勾留期間中に、『死にたくても死ねなかった』と弁護士さんに伝えたら、『あなたが病気を克服することで、たくさんの人が元気になるんだよ』と言われました。それがすごくうれしかった。『こんな自分でも、人の役に立てるんだ』と思ったら、まずは自分の駄目なところを隠さないで打ち明けようと思いました。『みんな私のことは知っている。もう隠さなくていい』と思った時、すごく気持ちが楽になった。今まで誰にも相談できなかったけど、ちょっと辛いことがあれば言えるようになりました。何かあれば相談に乗ってくれる人がいると思うだけで、すごく楽

人としての人生を考えた指導を

 まだ闘病中でもある原さん。

1人で悩まないで欲しい。もうちょっと勇気を出して信頼できる誰かに相談して欲しい。相談された方は、真剣に向き合ってどうすればいいか、一緒になって考えて欲しい」

 さらに、指導者たちにも次のように呼びかけた。

「私は段々競技が嫌になっていきました。でも、『仕事だから仕方がない』『体重管理も仕事だから仕方がない』と。そうではなくて、どんなトップアスリートになっても、競技が好きだと思える指導の仕方をして欲しい。引退してからの方が人生は長いので、1人の人間として今より先を見た指導をして欲しいと思います」

 基調講演者の1人、精神科医の西園マーハ文・明治学院大教授も、最後の質疑応答の際に、「調査結果によれば、職場で打ち明けて後悔した人より、言わずに悩んでいる人が多かった」と述べ、「打ち明ける時には、摂食障害であることを告げるだけでなく、職場の人には何をして欲しいのか、たとえば、妙に気を遣わないで欲しいけど、お昼ご飯の時には1人にしてほしいなどを、セットで伝えると受け入れられやすい」と当事者にアドバイスをしていた。

 

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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