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その違和感を大切にしよう~オウム事件の悲劇をくり返さないために

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
日比谷線小伝馬町駅で。同線中目黒行きは最も被害が大きく8人が死亡した

 国内のみならず、世界を震撼させた地下鉄サリン事件から24年。一連のオウム真理教事件の首謀者である麻原彰晃こと松本智津夫と、実行役などになった元弟子12人の死刑が執行されて、最初の3月20日を迎えた。

 これだけの歳月が経過し、死刑の執行も終わったことで、世間的には事件は「歴史」の範疇に入りつつあり、記憶の「風化」も言われる。

 しかし、被害者にとって、事件は「現在」であり、被害は「風化」しない。

 今月16日に地下鉄サリン事件被害者の会などが開いた「地下鉄サリン事件から24年の集い」で、同会代表世話人の高橋シズヱさんは次のように語った。

「たしかに死刑の執行はすごく大きな出来事でしたが、私たちにとってはそれが最終的なものではありません。被害者にとっては、事件は現在進行形で続いています」

被害者の集いで語る高橋シズヱさん(藤倉善郎氏提供)
被害者の集いで語る高橋シズヱさん(藤倉善郎氏提供)

 しかも、アレフなどオウム真理教の後継団体は今も活動を続けている。その他にも、人の心を惑わし、違法行為や人権侵害をも辞さないカルト集団は存在するし、これからも現れるだろう。

 その一方で、歳月の経過と共にオウム事件を知らない人たちが多くなっている。教訓とすべき事柄が、必ずしも若い人たちに伝わっていないのも心配だ。

 カルトに巻き込まれて人生を台無しにしたり、他の人の命や生活を破壊したりする人たちが、これ以上出て欲しくない。

 そんな思いで、一連の事件で服役中の杉本繁郎受刑囚に、オウム事件を知らない世代に伝えたいこと、考えてもらいたいことはないか尋ねた。彼は、地下鉄サリン事件で実行役を送迎する運転役をになうなど、3件の殺人事件に関与し、無期懲役の判決が確定している。死刑囚らが亡き今、問題の核心に近い所にいた数少ない1人だ。

オウム信者時代の杉本繁郎受刑囚
オウム信者時代の杉本繁郎受刑囚

 

 杉本受刑囚からは、以下のような手記が送られてきた。

   ×   ×   ×   ×   ×   

 私の宗教思想との関わりは、書店で1冊の本を手にした時から始まりました。

 その本は、新書サイズのヨガの本で、ヨガのポーズもすべてイラスト、というシンプルなものでした。

 当時、不整脈などの体調不良に悩まされていた私は、試しにヨガのポーズを真似てみたのですが、その効果は驚くべきもので、病院の投薬治療で改善されなかった症状が改善されたのです。

 この体験を機に、私は宗教思想に強く引かれ、精神世界に関する本を読むようになったのです。この当時読んだ本の中で、私が特に興味をいだいたのはチベット仏教に関する本でした。その中で、巧みな比喩を用いて語られるグル(師)と弟子の物語は、私の精神に特に大きな影響を与えたのでした。

 私も是非、グルと劇的な出会いをしてみたい。その指導を受け、自分の霊性を高めたい。私と同じように病気で苦しんでいる人たちを、その苦しみから解放してあげたい――などと切に願ったのでした。

 麻原と出会った時、私のこのような思いが遂に叶った、と思ったのです。

 出会った頃の麻原には、このように思わせるもの、たとえば他者への思いやり、慈しみ、謙虚さなどが備わっているように見えました。だからこそ、私は麻原に惹きつけられたのです。が、しかし、その後の麻原から、それは消え去りました。

 自己の欲望を満たすためなら手段を選ばない。このような麻原に対して、私は疑念や疑問をいだきながらも、オウムに留まり、犯罪まで実行してしまいました。それはなぜでしょうか。

 1番大きな理由は、私が自分のアタマで考えることを放棄してしまったことだと思います。当時の私は、グルからの命令はどんなことでも無条件で受け入れ、グルに絶対服従することこそが真のグルと弟子の関係であると信じ込んでいた。というより、信じ込まされていたのです。これこそ、究極の、そして最悪の思考放棄なのだと思います。

 95年5月以降、私は身柄拘束が続いており、最近の世の中の動きについては詳しくありません。しかし、オウム(現アレフ)のような存在が、手を変え品を変え、形を変え、巧妙な方法で皆さんに忍び寄ってくることがあるかもしれません。それは宗教の形をとるとは限りません。自己啓発セミナーであったり、人生相談に応じてくれるサークルであったり、皆さんの身近にいるものがオウム関連、または他のカルト団体関連である場合もあるのです。

 本来、このようなものには関わらないのが1番です。しかし、彼らの手口が巧妙であるために、全く気づくことなく、いつのまにか関わってしまうこともあるかもしれません。

 その場合、どうすれば問題のある集団だと見分けられるのでしょうか。

 重要なことは、彼らが本来は断定したり断言したりできないことを断定・断言していないかどうか注意することです。自分の主張や自分が尊敬する人の思想や認識が絶対正しいかのように断言し、ほかの人の主張や思想、認識などをすべて否定するなどしていないかどうか。心理や正義などのキーワードを巧みに使いながら、自分の宗教思想や世界観などがどんなに素晴らしいかを語り、皆さんに同調させようとしていないかどうか。そうしたことに注意してください。

 そして、最も重要なことは、自分のアタマで考えることだと思います。もし皆さんがそれと知らずにカルト関連の人に関わったとしても、彼らの発する言葉に注意深く耳を傾けていれば、必ず違和感を覚える点があるはずです。その感覚を大切にしてほしいのです。そして、その違和感がなんなのか、その正体をご自身で考えてみてほしいのです。

 違和感の正体が明確にはならない場合もあるでしょう。そうであったとしても、疑念・疑問を感じたというその事実こそが、とても重要で大切なことだと思います。たとえ明確な答えを導き出せなくとも、違和感や疑念・疑問について自分のアタマで考えることを行っていれば、皆さんが私のような過ちを犯す可能性はなくなるはずです。

 ぜひとも疑念や疑問を感じる、その感受性を大切にして下さい

   ×   ×   ×   ×   ×   

 杉本受刑囚が言う「違和感」は、心が発する警戒警報でしょう。

 そういう時は、「自分の理解が足りないため」などと思わず、なぜ違和感を覚えたのか、一度相手と少し距離を置いて、じっくり考えてみてください。

 たぶん相手は、「もう少しやってみれば分かるから」などと説得するでしょう。けれども、こういう時は、まずは自分の感性を大事にしましょう。違和感には、きっと何か理由があるはずです。

 その正体が分からなければ、身近な大人に相談したり、友人の意見を聞いたりしてみる。ネットや図書館で、その集団についての情報を集めてみる。こんな風に、考えるための材料を、相手方以外のところに求めてみましょう。

 学校等でも、若い人たちがカルトに巻き込まれないために、情報提供や教育をぜひやって欲しいものです。

 2度とこうした悲劇をくり返さないために。

(こうした手記や死刑執行をされた事件関係者らが裁判で語ったことなどをもとに、オウム事件を知らない世代にカルト問題を伝える本を、今夏、岩波ジュニア新書から出版すべく、執筆中です。詳細が決まりましたら、Twitterなどでお知らせします)

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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