無罪確定でも賠償ゼロ!~検察の控訴違法を訴える国賠訴訟の戦い

記者会見に臨む八田さん(中央)と弁護団=東京・霞が関の司法記者クラブ

 一審の無罪判決。これに対する検察の控訴は適法だったのか――この点についての裁判所の判断が注目された、「クレディ・スイス証券」元部長の八田隆氏が起こした国家賠償訴訟の判決が、12日東京地裁であった。同地裁民事第13部(河合芳光裁判長、大寄久裁判官、土屋利英裁判官)は、「検察官の判断過程に明らかに合理性がないとはいえない」として、八田さんの請求を棄却。八田さんは、「検事控訴のストライクゾーン(=判断基準)が、起訴と同じなのは納得できない」とし、控訴する意向だ。

無罪判決は検察側の苦しい主張を一蹴

 簡単に事件の流れを説明しておく。

 八田さんが在籍時のクレディ・スイス証券の報酬体系は、給与として支払う現金は源泉徴収するものの、賞与は現金と親会社の株式などを組み合わせて支払い、海外で支払われる株式については源泉徴収をしないという、複雑な仕組みだった。そのため、賞与もすべて源泉徴収されていると誤解した社員が多く、従業員、退職者合わせて300人ほどが国税局の一斉税務調査となった。そのほとんどに申告漏れがあり、八田さんを含む約100人が株式報酬を無申告だった。

 このうち、八田さんのみが国税庁の告発を受け、東京地検の捜査を経てい、所得税法違反で起訴された。これに対し、八田さんは「会社が源泉徴収していると思っていた」と故意を否定。裁判の過程で、同社のコンプライアンス責任者も、八田さんと同じように思い込んでいることなども明らかになった。

1審で無罪判決が出た直後の記者会見で
1審で無罪判決が出た直後の記者会見で

 一審は「過少申告の認識を有していたと認めるには合理的疑いがある」として八田さんを無罪とした。これに対し、検察側は控訴。控訴審は1回で結審し、「被告人が積極的な所得秘匿工作を行った事実がみとめられないことを挙げなければならない」など、一審よりさらに踏み込んで無罪方向の事情を評価、控訴を棄却した。検察側は、「高額所得者の方が金に細かい場合があることは、日常よく経験する」などと証拠に基づかない苦し紛れの主張も展開したが、裁判所は「逆の経験もある」と一蹴している。

検察控訴の違法性を主張

 八田さんは、国賠訴訟の中で、(1)国税庁の告発 (2)検察の起訴 (3)一審無罪判決後の検察の控訴 (4)国税庁職員等による報道機関への情報漏洩が――が違法だと主張。特に(3)の控訴の違法性については、次のように主張していた。

 (a)最高裁判例によれば、一審で取り調べた証拠のみで控訴審が逆転有罪とすることはできず、控訴するには新たな証拠の取り調べを請求し、それが採用される合理的な見通しがあることが必要。しかるに八田さんの事件で検察側が控訴審に請求したのは、およそ採用される余地のないものばかりで、実際、控訴審は採用することなく、即日結審している。

 (b)別の最高裁判例によれば、控訴審が一審判決に事実誤認があると言うためには、一審の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である。従って、検察官が控訴するには、新証拠によって一審の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを示し、一審判決を覆せるという高度な蓋然性が必要だが、本件控訴はその要件を満たしていない。

「裁判所は民事と刑事を混同」と

記者会見する八田さん(中央。右は代理人の喜田村弁護士、左は郷原弁護士)
記者会見する八田さん(中央。右は代理人の喜田村弁護士、左は郷原弁護士)

 しかし、今回の判決は、控訴審は「新たな証拠の提出を当然の前提としているものではなく、検察官が第一審で提出した証拠について控訴審の評価や判断を求めることを制限する根拠は見いだせない」として、(a)の主張を退けた。

 さらに(b)に対しても、検察官控訴は「無制限に許されるべきものではない」としながらも、「より適正な刑事裁判の実現のために検察官が行使する控訴の権限が制限されるべきものではない」「検察官の判断過程に明らかに合理性がない場合を除き、違法性を欠くというべき」と認定。控訴の判断基準を「起訴における場合と同様」としている国側の主張をほぼ全面的に認めた。八田さんが「ストライクゾーン」が同じなのはおかしいと言うのは、この点だ。

 今回の判決に対し、代理人の喜田村洋一弁護士は、「この判決は民事裁判と刑事裁判を混同している」と批判する。

「民事と違って、刑事裁判での控訴審は、新しい証拠を出さないとダメ。2つの最高裁判決を無視して、民事裁判と同じように、控訴審が一審と別の判断することがあるかもしれないからいいんじゃないか、という判断は間違っている」

検察が間違った時の被害を誰が負担するのか

 日本の裁判所は冤罪被害者に冷たい。無実が明らかになっても、損害を賠償してもらうハードルは極めて高い。富山県氷見市で起きた強姦事件で有罪とされ、2年間服役・出所した後に、真犯人が分かって再審無罪となった事件でも、裁判所が認めたのは、県警が取り調べで虚偽の自白を作り出したことについて、同県に対する約1966万円の賠償支払いだけ。国に対する賠償請求は退けた。

 八田さんの場合、国税当局の調査が始まってから無罪判決が確定するまで5年数ヶ月の時間を要した。通信社が起訴についての英文ニュースをインターネットで配信したこともあり、外資系の企業からも就職を断られ、仕事を失った。刑事事件の弁護人の費用は自腹。逮捕はされなかったが、その分、身柄拘束分について支払われる刑事補償もなされていない。そして、今回も何ら賠償はなされないという結論だった。

 刑事裁判における主任弁護人で、国賠訴訟でも代理人を務める小松正和弁護士は、次のように語る。

刑事事件で八田さんの主任弁護人を務めた小松弁護士
刑事事件で八田さんの主任弁護人を務めた小松弁護士

検事も人なので、間違いもある。問題は、間違いが起きた時に、(被告人が)人生を狂わされる大きな被害を受けることだ。その被害を、『運が悪かった』ということで(被告人にさせられた)個人が負担しなければならないのか。あるいは、これは(検察の活動という)社会秩序を維持するため犠牲なのだから、国が補うのか。やはり、国が負担すべきではないのか」

検察官上訴の弊害をどう考えるか

 今回の判決で、検察官控訴を事実上、検察側の裁量に全面的に委ねているのも気に掛かる。

 欧米では無罪判決に対する検察官の上訴はできない制度が主流。たとえばアメリカでは憲法修正第5条「何人も同一の犯罪に対し再び生命又は身体の危険に陥れられることはない」を根拠に、一度無罪となった者に再び負担を強い、有罪の可能性がある状態に置く検察官上訴を禁じている。

 日本国憲法でも「何人も…既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない」(39条)との規定はあるが、「無罪」は「無罪確定」を意味すると判断されて、検察官控訴は行われている。

 それによって、冤罪の被害者が長く苦しむケースもある。

 たとえば、1974年に兵庫県の知的障害者施設で園児2人が死亡した甲山事件。殺人罪で起訴された保育士のA子さんに対する裁判所の判断は次のような経緯を辿る。

 神戸地裁 無罪

      ↓

    (検察が控訴

      ↓

 大阪高裁 破棄。地裁に差し戻し

    (A子さんが上告)

      ↓

 最高裁 上告棄却

      ↓

 神戸地裁 無罪

      ↓

    (検察が控訴

      ↓

 大阪高裁 控訴棄却(=無罪)

      ↓

    (検察側上告断念で確定)

 一度も有罪判決は出されないまま、5つの法廷での審理を経て無罪が確定するまで、起訴からなんと21年半もかかった。その間に、2度の検察官上訴があった。

 検察官控訴によって、逆転有罪となるケースも少なくない。それが、冤罪を生む場合もある。再審無罪が確定している、東電OL殺害事件の元被告ゴビンダさんは、一審の東京地裁は無罪だったのに、検察側が控訴し、東京高裁で有罪、最高裁で無期懲役刑が確定して15年間も服役した。死刑囚となった後も長く無実を叫び続け、再審を求めながら獄中死した名張毒ぶどう酒事件の奥西勝さんの場合も、一審は無罪判決だった。

 八田さんは、『刑事司法への問い』(岩波書店)の中でこう書いている。

もし刑事司法の制度を1つだけ変えることができるのなら、私が選択するのは、検察官上訴の廃止である。先進諸国では「二重の危険」として認められていない検察官上訴が日本で認められているのは、「確定するまでは上級審を含めて1つの手続き」とした1950年9月27日最高裁判例によるが、この判例の事案は、量刑不当による上訴に関するものだった。それを無罪判決に対する上訴に拡大解釈することは、一事不再理を定めた憲法39条に違反すると考える。検察官上訴が廃止されることにより、裁判官のより自由な心証で無罪判決が促されると信ずる〉

 この八田さんの問題提起に、今回の東京地裁が出したのは、ゼロ回答だった。東京高裁、そして現代の最高裁は、どんな答えを出すのだろうか。