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【ガザからの報告】⑨ (24年2月8日)前編―弱体化し揺れるハマス―

土井敏邦ジャーナリスト
破壊された家の下で生活する避難民(撮影・ガザ住民)

【ラファ攻撃の危機】

(Q・戦車に砲撃された家に住めるんですか?)

 現在、家族全員が1階で生活しています。2階は砲撃でほとんど破壊されましたから。戦争の初期には、たくさんの避難民を受け入れていました。しかし今は誰も受け入れることはできません。あの避難民たちも私たちが彼らをもう受け入れられないことはわかっていると思います。

 昨日、2階を修理しようとしました。しかしできなかった。イスラエル軍のドローンが怖かったからです。ドローンがずっと上空を飛んでいます。だから母が私に叫びました。「下に降りて!修理などしないで!お前が弟のように殺されたくないから!」と。

 屋上の2つの水タンクが破壊されました。雨水を溜めていたんです。だから水がない。

 今は雨季で雨水のために地下水が豊富になりました。しかしポンプがないために汲み上げることができません。水がないためにトイレや台所では使えず、近所からバケツで水を家に運んでいます。

 5日前に近所の家が完全に破壊されました。瓦礫の下で8人が殺されました。5人の遺体は取り出されましたが、あとの3人は瓦礫に埋まったままです。

 私たちはとても怖がっています。この地区はまったく安全ではないからです。ときどきイスラエル軍の砲撃で攻撃されます。私の家の周りは、破壊された家々に囲まれています。高いビルは上部が破壊されました。私の家がいつまた砲撃の標的になるかもしれません。私たちがいつ弟や義弟と同じ運命になるかもしれない。とても危険な場所です。ガザ全体に安全な場所はありません。いつ、どこで標的にされるかわらない。どこでも脅かされている。これが私たちの現状です。

(Q・近所の様子に何か変化はありますか?イスラエル軍の戦車はどこですか?)

 戦車は3週間前この地域からイスラエル内に撤退しました。しかしイスラエル軍は長距離の大砲で砲撃しています。それはガザ内からである必要はなく、イスラエル内からも攻撃できます。だから大砲が戦車よりもっと危険です。戦車の砲撃はとても限定的で、射程距離は2~3キロです。しかし大砲はイスラエル内のネゲブの西部からもガザ内を攻撃できます。この地域から戦車は撤退しましたが、しかしガザ南部のラファから北部のベイトハヌーンまで、あらゆる場所が大砲で砲撃されています。

(Q・多くの住民がラファに移っているのに、イスラエル軍はラファを攻撃しようとしているというニュースが伝わっています。今、ラファの状況はどうなっていますか?)

 約130万人のガザ住民がラファに避難しています。つまりガザ人口の60%がガザに集中していることになります。他の40%はガザ各地に散っていて、多くはガザ中部のデイルバラ地区です。そこにはラファに次いで避難民が集中している地区で、約50万人の避難民がいます。だからラファとデイルバラ地区で約180万人が避難していることになります。他にはネセイラートやブレイジ、マガジなどの中部地区の難民キャンプなどにいます。またジャバリアなど北部に残っている住民が3万人ほどいます。だから80%がラファとデイルバラ地区に集中していることになります。

 ラファはイスラエル地上軍の侵攻の危険が迫っています。イスラエル軍は4~5日前に戦車と地上軍によるラファ攻撃を計画しました。ハンユニスでの戦闘が終わればすぐに作戦を開始するでしょう。ハンユニスでの作戦はほぼ終わりつつあります。イスラエル軍はほぼ90%の作戦を完了したと言っています。今はハンユニス地区のアマルやマワシ地区などほんのわずかな地区が残っているだけです。この2~3日でイスラエル軍はそこでの作戦を終了するでしょう。

 ハンユニスでの戦闘が終われば、ラファの攻撃を開始するはずです。ラファの住民がどれほど恐れていることか。SNSなどで住民の話や感情を追っていると、彼らがとても怖がっているのがわかります。彼らはさまよっています。ガザ市やジャバリア難民キャンプなど北部から避難しろと言われ、ハンユニスが避難した、しかしその後にラファへ避難しろと言われた。では次はどこか?ラファが攻撃されたら、どこへ行けばいいのか。エジプト、シナイ半島へ行けというのか。彼らは自分たちの運命をとても怖がっています。

家を破壊され避難する住民(撮影・ガザ住民)
家を破壊され避難する住民(撮影・ガザ住民)

(Q・ハマスとイスラエル軍の戦闘はどういう状況ですか?)

 ガザには5つの行政区があります。ラファ、ハンユニス、中部、ガザ市、ガザ北部です。ハマスは各行政区ごとに5つの旅団をもっています。それぞれの旅団に4~5000人の戦闘員がいるといわれています。全部で2万人から2万5千人です。これがハマスの軍隊です。

 そのうち2つの旅団はほとんど壊滅しました。ジャバリア(ガザ北部)とガザ市の旅団です。完全に壊滅させられました。3つ目の旅団はハンユニス。これもすでに80%が破壊されたと思われます。ただハンユニスはとても大きな都市だから、戦闘は終わっていませが、間もなく戦闘は終わり、ハンユニス旅団も無力化されるでしょう。あとは2つの旅団が残っています。ラファと中部地域です。中部地区はブレイジ、ヌセイラート難民キャンプが攻撃され、この旅団の半分が破壊されました。デイルバラ(ガザ中部)の旅団はまだ戦車や地上侵攻で攻撃されていないから、50%が機能しています。

 ラファの旅団は、まったく損害を受けていません。イスラエル軍がまだラファを本格的に攻撃していません。限定された空爆だけです。ただ空爆だけでは旅団を壊滅するには不十分です。なぜならハマスは地下に潜伏しているからです。

(Q・ハマスはイスラエル軍との交渉で、停戦案を受け入れるだろうか?)

 ハマスの中で大きな争いが起こっています。ハマス内部でガザ内部の指導部とカタールとかトルコなどガザ地区の外のハマス指導部との間で争いがあることをガザ住民は知っています。ガザ内部のハマス指導者たちは、この闘争を終わりにしたい。ハマスの組織の多くが破壊させられたからです。だから彼らは、すぐに停戦協定を結びたいと願っています。

 それとは反対に、ハニーヤ(最高指導者)やメシャル(前最高指導者)など外のハマス指導部は、イスラエル側がハマスの条件を飲まなければならないと主張しています。そうでなければ、さらに何ヵ月も闘うべきで降伏すべきではないというのです。つまり戦争がさらに続くことを望んでいます。

 現地でわかることは、ハマスが崩壊しつつあるということです。どこへ行っても、人びとはハマスを罵っています。大学も病院も学校もスーパーマーケット、会社や工場も破壊されました。ハマスに関係あるとこは完全に破壊されています。軍事組織の関係者で、著名な人物は殺されか、投獄されました。今は約4000人のハマスメンバーが投獄されて、イスラエルへ連行されていると聞きました。メディアはこのことを報じてはいません。このようにガザ内のハマスは大きな代償を払っています。だからすぐに停戦することを望んでいるのです。

 逆に外のハマスは、スローガンを叫び、全面的な勝利を望んでいます。イスラエルに現実離れした条件を受け入れさせることを望んでいるのです。

(Q・民衆の心理状態はどうですか。絶望し、ひどい精神状態ではないですか?)

 人びとは絶望し、ハマスに怒っています。それは日々、増幅しています。マーケットに行くとき、いつも人びとがハマス、とりわけシルワール(ガザ地区内のハマス最高指導者)を罵っています。「悪魔の息子だ」「気が狂った冒険主義者」などと口汚い言葉で彼のことを罵っています。シルワールがまったく無意味にこの大惨事をもたらしました。まったく目標をもなく、10月7日にイスラエルを攻撃したんです。今、人びとはその目的が理解できず、こう尋ねています。

 「この攻撃で何をお前たちが達成したのか!パレスチナの解放?それは全く不可能だ。もしそれをやり遂げようするとしてイスラエルと戦うつもりなら、戦車や戦闘機など巨大な軍隊が必要だ。この「気違い沙汰」の行動の目的は何なのか?どうして、音楽パーティーで踊っている男性や女性や子どもを殺したのか!・・・」と人びとは激しく怒っています。ハマスとりわけシルワールに対してです。シルワールこそこの作戦を決断した人間なのだから。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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