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【ガザからの報告】⑥(23年12月29日)後編―“人間”が破壊されている-

土井敏邦ジャーナリスト
恐怖に怯える少年(撮影・ガザ住民)

【誰がガザを統治する?】

(Q・IDFがハマスをせん滅したら、どうなると思いますか?誰がガザ地区を統治するのですか?人びとはハマス後に誰が支配することを望んでいますか?)

 イスラエル政府も、誰が戦後のガザを支配するのか、まだ決めていません。イスラエルの政策決定者たちは混乱しています。

 ガザの民衆は、意見が分かれています。ある者は、テクノクラート(技術者・科学者出身の、また高度の専門的知識をもった行政官・高級官僚。 技術官僚)、どの政党にも属さない者がガザを治めることを望んでいます。たとえば大学の教授や人望の厚い著名人です。私が街で出会う知り合いに話を聞くと、そんな人たちがガザを治めることを望んでいます。それが1つの意見です。

 第2の意見は、PA(ヨルダン川西岸の自治政府)がガザに戻ってくることです。

 第3の意見は、エジプトが治めることです。1967年以前のようにです。1948年から20年間、ガザはエジプトに統治されていました。だからエジプトの政権がガザを治めるという案です。

 第4の意見は、国際的な機関がガザを統治する案です。UN(国連)のような組織です。平和維持軍がガザとイスラエルの間に駐留する案です。

だからこの4つの案が考えられます。

(Q・テクノクラートがガザを統治するにしても、誰がセキュリティを担当するのですか?彼らは何の力もないのだから)

 その通りです。今、ガザには大量の武器が出回っています。各ファミリーが武器を持っています。今、彼らがハマスに復讐しようとしています。2007年のファタとの内戦のとき、ハマスは1000人近いパレスチナ人を殺しています。ハマスに息子を殺されたファミリーたちが、復讐の機会をうかがっています。。水や薬などより、簡単に武器が手に入ります。たくさんの武器があります。家族をハマスに殺されたファミリーが復讐の機会をうかがっています。

 またハマスはたくさんのサラフィ主義者で(初期イスラムの時代(サラフ)を模範とし、それに回帰すべきであるとするイスラム教スンナ派の思想を持つ集団)を殺害しました。彼らもその復讐の機会を狙っています。

 だからセキュリティの問題は誰が統治するにしても、大きな危険を伴う問題です。

(Q・あなたは以前のインタビューで、ガザの人びとはアッバスとPAを嫌っていると言いましたよね?PAは腐敗していると。それでも人びとはPAがガザに戻ることを望む人がいるということですか?)

 それを望むのはたしかに一部の人たちです。ガザの状況が悪化する一方の今の状況のなかで、人びとはアッバスやPAのことを考えなおす人が出てきました。「たしかにアッバスやPAは腐敗しているが、いまは受け入れられる」と。

 知人と話をしたとき、彼とPAの復帰について話をしました。彼は言いました。

 「たしかにアッバスは、イスラエルのために活動する“奴隷”で、“占領の召使”で、“泥棒”です。しかしアッバスは、パレスチナ人に、ハマスのように、『レジスタンス』の名の下に今のガザのような虐殺やジェノサイドをもたらすことはしなかったし、こんな流血をもたらさなかった。ハマスよりずっといい」と。

(Q・人びと、とりわけ若い世代は、ガザを出ていくとあなたは言っていたけど、いまはどうなのか?)

 多くの人がガザから出ていくことを考えています。ネットがつながる人は海外の人とコンタクトを取り、いわゆる「人道的ビザ」を取得しようとしています。カナダ政府はガザ住民に対して、そのようなビザを発行すると言っています。多くの人がガザ脱出の可能性について話をしています。この戦争で殺されるより、ガザを出る準備をしています。

(Q・イスラエル人の人質はどうなると思いますか?生き残ることができるだろうか?それともハマスに殺されるだろうか?)

 私は大半が殺されると思います。生き残った人質をIDFが見つけるのは難しいと思います。ハマスはすでに(10月7日に)イスラエル国内で、女性も子どもも老人も殺すという犯罪を犯したのだから、人質を殺すことはとても簡単なことだと思います。たとえIDFが人質を見つけることができたとしても、それは死体だと思います。

(Q・今回はガザ地区のほとんどが破壊されました。建物だけでなく、人びとの生活が破壊されました。前回、あなたはガザの復興には20~30年かかると言いましたが、今はどう思いますか?戦争が終わってから、住民はガザに留まることができるだろうか?生活の糧もなく、仕事もない。このような完全な破壊の中で、人びとはどうやって生き残ることができるだろうか?)

 この戦争は2ヵ月目に入っていて3カ月目に入ります。この戦争が続けば、破壊はさらに進みます。あと2~3ヵ月この戦争が続けば、ガザは完全に破壊されます。ビルも家も、です。道を歩けば、いたるところ破壊されています。とりわけガザ市内やガザ北部では、またジャバリア難民キャンプなどを歩けば、ほとんどの家が完全に破壊されています。瓦礫の山になっています。

 同様なことが今、ハンユニス市で起こっています。ブレイジ難民キャンプなど中部でもそうです。ガザは破壊の中にあります。地上侵攻がさらに進めば、この破壊はさらに増加します。

 私は以前に、復興に20~30年かかると言いました。学校やモスクや工場、通り、電気の配線網、電話回線などの回復には、20~30年かかります。

テント暮らしを強いられる子どもたち(撮影・ガザ住民)
テント暮らしを強いられる子どもたち(撮影・ガザ住民)

【この戦争で人びとの“内面”が壊される】

(Q・破壊されたのはビルなどインフラだけではないと思います。前のインタビューであなたが言ったように、ハマスと住民との銃撃戦が起こっている。それを聞いて私が思ったのは、破壊されているのは、単にビルやインフラだけではなく、パレスチナ人の連帯感、共同体の連帯、つまり他者を思いやる意識、これはガザのパレスチナ人にとって“武器”でした。たとえ苦しい状況にあっても、どんなに貧しくても、人びとは連帯していました。お互いに協力しあっていました。

 それが、この30年間で私が知る“ガザ”です。私がとても恐れているのは、この戦争がこの住民の連帯意識を破壊してしまうことです。他者を思いやる精神です。私のこの意見についてどう思いますか?)

 あなたは正しい。

 さらに考慮しなければならないことがあります。

 この戦争が人びとの精神面に与えている影響です。ガザの全ての子どもたちは病気です。子どもたちは今、精神的な治療を必要としています。私の子どもたちは夜、泣き叫びます。悪夢を見ているからかもしれません。夜中に起きて、金切り声をあげ叫び、泣くんです。私の子どもだけではありません。ほとんどの子どもは精神的に破壊されています。若者たちも、すべての人びともそうです。この戦争が与えている影響について忘れないでください。

 ガザで犯罪率が急増しているのを目撃しています。自殺の増加については、確信はありませんが、人びとや活動家たちは公にしないと同意があるのかもしれませんが、あまり自殺の件については語られない。しかし私は自殺の話を聞いています。この戦争が始まってから、増加していると思います。

 この戦争が終わったら、この戦争がもたらした社会的、精神的な影響をあなたは目の当たりにするはずです。この戦争は“人間”を破壊しています。すべての人がその内面を破壊されています。すべての人が、です。

(Q・あなたは「人間を破壊した」と言ったが、あなたが隣人や若者たちと出会うとき、それをどのように感じるんですか?「この戦争が人間を破壊している」とはどういうことですか?)

 この3ヵ月間、この地域では毎晩、毎晩、砲撃の音にさらされています。それによって、私たちがどういう反応し、どう感じるか、想像できますか?すべてが破壊されているんです。軍の攻撃に直面し、恐怖心に襲われます。私の家が攻撃の標的になるかも、隣人の家が標的になるかも、外に出たら、負傷するかも、いつもそんなことを考えるんです。「生き残ること」「自分が存在し続けること」を考えます。つまり精神的に病んでしまうのです。うつ状態、フラストレーション、恐怖・・・。恐怖は人間の心理にとって本質的な部分です。あらゆる人が恐怖心を抱いています。この3ヵ月の間、ずっと恐怖を抱いて生きていることは、人間を内面から破壊していきます。あなたを破壊します。内面を殺してしまうのです。

(Q・あなたは将来、どういう計画を立てていますか?)

 私にはイタリアに友人がいます。もしガザを出るなら支援すると言ってくれています。私は戦争が終わったら、すぐにガザを出るつもりはありません。2年ほどやらなければならないことがあります。でも最終的にはガザを出るつもりです。イタリアかギリシャです。ガザを出るのは、妻や子どもたちのためにです。

(Q・ガザには希望はないんですね?)

 ガザは終わった。今は悲劇です。

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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