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【ガザからの報告】⑤(23年12月29日)前編―ハマスへの失望と怒りー

土井敏邦ジャーナリスト
(ハマスの最高責任者イスマイル・ハニーヤ/撮影・土井敏邦・2007年)

―23年12月29日(前編)-

【生活状況】

(Q・現在、食料と水の状況はどうなっていますか?)

 食事に関しては、以前の変わらない状況です。水は、冬で毎週雨が降ります。人びとはこの雨水を集めています。この雨水を煮沸して飲み水や調理に使っています。これが水の危機的な状況を救っています。

 (Q・食料についてもっと教えてください。以前のインタビューで、米さえ手に入れるが難しくなったと言ってましたけど、いまは何を食べているんですか?)

 空にイスラエル軍のドローンがたくさん飛んでいて聞こえにくいので、もっと大きな声でしゃべってください。ブレイジ難民キャンプにイスラエル軍が砲撃していて、うるさいので。

 私や我が家に避難している人たちについて言えば、私たちは3つの食料支援物資をやっと受け取りました。トルコから支援物資です。1つは私自身の家族、2つ目は私の父の家族、3つ目は我が家に避難している人たちに、です。米やジャム、お茶、砂糖、食用油、マカロニ、トマトの缶詰などです。

(Q・小麦粉は手に入りましたか?)

  はい。入りました。小麦粉に関しては少し改善されました。エジプトが国内産の小麦粉をガザに入れるようになったからです。しかしこの値段は、極端に高いんです。それでも小麦粉を買うことはできます。1キロは9シェケル(2.5ドル)です。

(Q・食糧支援物資の中身を教えてください)

 1キロの砂糖、3袋のマカロニ、1キロのレンテル(豆)、1キロの小麦粉、トマトペーストの缶詰、1ボトルの食料油、1キロのホモス、小さな袋のお茶です。

(Q・それでどのくらい持ちますか?)

 これで10日間から2週間ほどです。今日はレンテルを食べます。妻に500グラムを調理してくれるように頼みました。私たちの家族と父の家族たちでシェアします。

テント暮らしの子どもたち(撮影・ガザ住民)
テント暮らしの子どもたち(撮影・ガザ住民)

(Q・家族の健康状態はどうですか?)

 人びとは学校やテントなど密集した場所で暮らしています。ひどい衛生状態で、シャワーを浴びる水もない。歯磨きもできず、食事の前に手も洗えません。トイレも下水もない。ゴミも収集されない。瓦礫の下に捨てている。だからゴミが外に氾濫していて、とても危険な状況です。皮膚病、肺の病気などが広がっています。

ひどい環境が病気を蔓延させています。パンデミック(感染症)が広がっています。

 感染症は冬の病気が多いです。風邪やインフルエンザなどが人びと、とりわけ子どもたちの間で流行しています。なぜなら彼らは避難所やテントの中で暖を取ることができません。とりわけ雨のとき、テントを訪ねると、地面が濡れています。時には水が入ってきます。テントの地面が雨で水浸しになります。だから、寒さの中でどれほどひどい状況が想像できると思います。とりわけ風邪をひいている子どもたちにとってはそうです。

 薬品も以前と同じで不足しています。感染症など病気が広がっているときに薬がないのです。薬局はほとんど空です。買うものが何もありません。子どもが咳をしていても、咳止めのシロップもない。とにかく薬がないのです。がん患者など重症患者も死んでいっています。この3ヵ月か、治療も薬もない状態です。

ガザの智頭(作成・土井敏邦)
ガザの智頭(作成・土井敏邦)

【戦闘の状況】

(Q・IDFの攻撃は現在、ガザ地区中部のブレイジ難民キャンプに集中しているような報道ですが、なぜブレイジなのですか?)

 ガザ地区の地図を見ると、イスラエル軍は1つの地域から他の地域に徹底的に破壊して進軍しています。ガザ地区北部のベトラヒヤ町やベイトヌーン町から開始し、その後、ガザ市を攻撃しました。その後、ハンユニス市です。今は、ガザ地区の中部を破壊しています。そこは1つの町と4つ難民キャンプで成り立っています。デイルバラ町は中部の中心地で、4つの難民キャンプは、ヌセラート、ブレイジ、マガジ、もう1つはデイルバラ難民キャンプです。最も小さい難民キャンプで海に面しています。

 現在(23年12月29日)、イスラエル軍はガザ地区中部の北の方を攻撃しています。ブレイジとヌセイラート難民キャンプ、いまはその2つのキャンプを攻撃しています。戦車や大砲の砲撃でです。特にブレイジは、ハマスの強力な拠点で、たくさんの強力な拠点を持っています。ハマスにとって最も重要な拠点はジャバリア難民キャンプ、ガザ市のゼトゥーン地区、シャジャイヤ地区などで、中部ではブレイジ難民キャンプ、南部ではハンユニス市です。

 イスラエル軍はその後、マガジ難民キャンプとデイルバラ町に移り、デイルバラ難民キャンプと攻撃を進めていきます。近いうちにイスラエル軍によって、デイルバラ町に住む私たちは家を出てラファに避難するように命じられるでしょう。

(Q・ハンユニス市の状況はどうですか?)

 今日得た最新のニュースでは、IDF(イスラエル軍)はハンユニス市全体の80~85%を掌握したということです。ほんの少しの部分を残すのみです。ラファ市とハンユニス市の間です。そこもすぐに攻撃する予定です。だからハンユニス市の大半の部分はすでに占拠されています。

(Q・ハマスはIDFと戦う戦力は残っているのだろうか?)

 もちろん、ハマスは生き残るために闘っています。これが最終的な闘いだとわかっているからです。この戦争に敗ければ、ハマスは終わりです。ハマスは生き残りをかけて闘っています。ただ戦闘はハマスにはとても困難な状況です。

今回、IDFでは大きな部隊を使って攻撃しています。おそらく10万の兵力で闘っています。ハマスは3万の兵力です。比較になりません。イスラエル軍はハマスより強力です。技術も勝っている。装備・武器もはるかに勝っている。今回は、イスラエル軍はその作戦に真剣です。

 イスラエル軍はさらに支配地域を増やしています。今やガザ地区全体の60~70%を支配しています。しかもさらに前進しています。ハマスはとても大きな代償を払っています。9000人の戦闘員を失ったといわれえいます。また多くの指導者たちが殺されました。イスラエル空軍によって抹殺されています。ハマスはとても消耗しています。この軍事作戦ではイスラエル軍がはるかに優位です。

【ハマスに対する住民の感情】

(Q・ガザ地区内のハマスのトップ、ヤヒヤ・シルワールはまだガザにいると思いますか?殺害か捕獲される可能性はあるのだろうか?)

 2つの話があります。1つは彼がガザ内の地下トンネル内に隠れているという噂。たぶんハンユニス市かラファ市に潜んでいると可能性です。もう1つは、彼はラファとシナイ半島(エジプト側)とのトンネルを使って、シナイ半島内に潜んでいる可能性です。

(Q・住民の感情はどうですか。ハマスやこの戦争に対する感情は?)

  この戦争の初めでは人びとは混乱し、その意見ははっきりしなかった。しかし今は疑いもなくハマスに反対しています。ハマスを非難攻撃し、イスラエル軍がシルワールを暗殺することを望んでいます。なぜなら彼がパレスチナ人のこの苦難に責任があるからです。彼がこの苦しみと破壊をもたらしたからです。

 今や人びとはSNSや路上でも公にハマスを非難攻撃しています。路上で多くの人がハマスやシルワールやハニーヤ(ハマスの最高指導者)などハマスの指導者たちを罵っているのを耳にします。

(Q・人びとの怒りはどこへ向かっているのだろうか?)

 日常生活ではイスラエル軍ではなく、ハマスに向かっています。イスラエル軍が大規模なジェノサイドを行うときは、イスラエル軍に激しい怒りは向かうが、一方でハマスを非難しています。いつもです。ハマスが今回の惨事の原因だからです。ハマスが、イスラエルがガザを攻撃する理由を与えてしまったからです。10月7日の軍事作戦です。

(Q・民衆の怒りは一方ではこれほどの破壊をもたらし、人びとの生活を破壊したイスラエルへ怒り向かうが、他方、この攻撃の原因を作ったハマスに怒りが向かうということですか?)

 もちろんです。人びとはハマスの方をもっと非難しています。今はもっと非難しています。なぜならハマスが人質の解放に応じないからです。人びとはハマスに無条件で人質を解放して、戦闘を終わらせることを要求しました。戦争を終わらせるためにです。「どうか、人質を解放して戦争を終わらせてくれ!」と。もしそうするなら、ガザの人びとは全世界に向けて、私たちを守ってくれと嘆願するだろうと。「人質がいるから、ガザは攻撃されるのだ。どうか人質を解放して戦争を止めてくれ!」と。もう戦争に耐えられない。すでに10万人が死亡し負傷している。あまりに高い代償を払わされました。」どうか戦争を止めてくれ!」と。「人質を国際赤十字社に渡してくれ!もう私たちは戦争に疲れ果てた」と。

(Q・ということは、ハマスはもはや生き残れないということですか?)

 今やハマスは人びとの憎しみの対象です。もちろん100%がそうだというのではありません。今でもハマスの支持者はいます。しかし一般のガザ住民はハマスを非難攻撃し、強い憎しみを抱いています。今やハマスはガザ住民からも、イスラエルからも、またPA(自治政府)からも西欧諸国からも避難攻撃されています。一体だれがハマスの生き残りを望んでいるでしょうか。ハマスが権力を失う可能性は日々強まっています。戦争が続けば続くほど、その可能性はさらに強まっていきます。

ハマス支持のデモ(2003年)(撮影・土井敏邦)
ハマス支持のデモ(2003年)(撮影・土井敏邦)

(Q・2006年の選挙で、多くの人がハマスに投票しました。その人たちは後悔していると思いますか?)

 もちろんです。自分たちの選択をとても残念に思っています。多くの人たちが怒っています。間違った選択をしたからです。第二次インティファーダの時、ハマスは賢く振舞いました。社会的に住民を支援しました。幼稚園や学校を建て、診療所も建てました。しかもとても安い授業料で生徒たちを受け入れ、食べ物も配布しました。手術もお金のない人は無料で手術も受けられました。そのようにしてパレスチナ人社会に浸透していきました。福祉などを通してです。

 しかしその後、ガザの住民はハマスの統治を体験しました。政府の統治者として、ハマスの実像を見ることになりました。2007年から人びとは苦しむことになります。今観るように、ハマスは私たちを第二のナクバ(1948年にパレスチナ人に起きた大災難)へ導きました。今度のナクバは以前よりひどい。

(Q・今の事態に誰が最も責任があると思いますか?ハニーヤかシルワールか。)

 ハニーヤが最も責任があります。彼は指導者で政策決定権をもっています。彼がイラン政府やオマーンとの関係をもっています。ハニーヤは各国を動き回っています。時にはレバノンやカタールやトルコに滞在します。彼こそ決定権を持っています。10月7日の攻撃はイランによる攻撃です。イランがその武器を提供しています。

(Q・ハマスは政治部門と武装部門は分かれていて、武装部門は政治部門より強く、この攻撃はシルワールによって決定され、政治部門はそれに従った主張する人がいるが、あなたの意見は違うんですね?)

  たしかに武装部門は武器を持ち、トンネルを建設し、それを支える財政的な支援も持っています。しかしその金を誰がもたらすのか。それは政治指導者たちです。ハニーヤやメシャル(前代表)らです。

 今回の作戦は、コロナが蔓延していた時期、つまり2年前に計画が立てられました。この2年間でハニーヤら政治部門の指導者たちが、財政的な準備をしました。だからこの戦争の責任があるのです。

 シルワールはガザのハマスの唯一の指導者ではありません。モハマド・デイブ、マルワン・イーサ、この3人は同じ地位にあります。シルワールはガザ内での政治部門の指導者です。軍事部門の指導者ではありません。シルワールは政治的な指導者として選挙で選ばれた人物です。彼は軍事部門の指導者ではありません。軍事部門の指導者は彼の弟モハマドです。彼とマルワン・イーサがそうです。もちろん兄と深い関係にあります。しかし他の2人、モハマド・デイブやマルワン・イーサはハニーヤからの指令を受けています。だからハニーヤがガザの軍事部門をコントロールしています。また外から軍事部門の資金を調達しています。だからハニーヤが10月7日の攻撃の責任の外にいるわけではないのです。

(Q・いずれにしろ、ハマスが再びガザを統治することはないのでしょうか?)

 私たちは、「ハマスは終わった」という確信を日々、強めています。しかし他の人の中には別の意見を持つ人もいます。

(Q・別の意見とは?)

 今、ハマスは死にかけています。ハマスは終わった。しかしアメリカは別の判断をしているかもしれない。イスラエルも違った判断をしているかも知れない。

(Q・私たちにとって重要なのは、民衆のハマスに対する感情です。人びとはもうハマスを受け入れないということですか?)

 もちろんです。ハマスはガザの民衆からも、イスラエルからも、欧米諸国からも受け入れられない。ハマスの政治部門が次の選挙に参加することを欧米やイスラエルが許すと思いますか?私にはわからない。ハマスの武装部門は排除されるでしょう。しかし他の部門はわからない。政治的な部門は生き延びるかもしれない。彼らが選挙への参加を許されるのかどうか。

 イラクにアメリカが侵攻したとき、ブレマーが統治しました。その時、バース党は選挙から排除され、政治的な生命を失った。同じことがガザで起きるかどうかわからない。イスラエルが、ハマスが選挙に参加することを禁じるかどうかわかりません。

(Q・前回のメールで、ハマスと地元のファミリーとの銃撃戦について報告してくれたが、もっと詳しく説明してくれませんか?)

 2007年のハマスによるクーデタで1000人を超える人が殺されました。息子が殺された者たちはそのことを忘れてはいません。彼らはこの戦争が終わるのを待っています。この犯罪者たちがこの戦争で殺されなかったら、殺された息子たちのために彼らは復讐しようとするでしょう。

 ラファのブレイカー・ファミリーは、警察署を襲撃し、建物を焼き払いました。ハマスのメンバーがファミリーの息子を殺したからです。その息子は支援物資のトラックに乗り込み、ハマスによって頭部を撃たれ死亡しました。だからファミリーはハマスの警察署を攻撃したのです。彼等は戦争が終わることも待ちませんでした。戦争が終わったら、同じことが起ります。多くの人たちがハマスに復讐をしようとするでしょう。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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