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「シルワン―侵蝕される東エルサレム―」・3〈家屋破壊・3〉

土井敏邦ジャーナリスト

家を破壊された状況を語るアリ(2018年7月/撮影・土井敏邦)
家を破壊された状況を語るアリ(2018年7月/撮影・土井敏邦)

【家屋破壊―アリ・フメダットの場合】

 「2018年2月7日の朝7時、私は寝ていました。突然やってきたイスラエル警察は敷地入口のドアを外して家を四方から取り囲みました。そして私と妻と子どもたちを外に出しました。私たちはソファだけ外に出して、あとはそのままでした。クローゼット 台所 テレビなど全てを家に残したままで、破壊されました。『家具を出すのに2時間だけくれ』と頼みましたが、全く聞き入れられませんでした。メディアが敷地内に入ることも禁止して、現場に入れるのは、イスラエルの特殊部隊、治安機関それにエルサレム市職員だけでした。壊した結果はご覧の通りです」

 瓦礫の山となった家の跡を指さしながら、アリが言った。

 「ここが台所です。10万シェケル(約300万円)かけました。ここが居間でした。こっちに食事する部屋です。向こうに娘たちの部屋、こっちにもう一つ子ども部屋、向こうがバスルームです。寝室は向こうの角でした。広さは120~140平米です」

破壊前の家の台所。約300万円をかけて完成した(アリの携帯写真より)
破壊前の家の台所。約300万円をかけて完成した(アリの携帯写真より)

 「この家は2006年に建てました。2008年に当局から警告を受け、建設許可を取るように言われました。この土地は建設が認められています。弁護士や建築士に相談して、エルサレム市当局から家の建設許可を取ることにしました。2015年に、市から許可が下りそうだと言われ、安心しました。破壊されたのは、弁護士に依頼して改めて手続きし、大丈夫だと言われていた矢先でした。破壊があまりに突然で、衝撃でした」

 「罰金と建築士、弁護士の費用は10年間で40万シェケル(約1200万円)かかりました。修繕に70万、建築費用に40万で、総額150万シェケル(約4500万円)近いです。

 そんな大金をどうやって用意したかって? 25年間、働いて稼いだ全財産です。少しずつ貯金していました。ようやく貯まったお金を全て集めて、2022年までローンを組んで家を建てました」

家の破壊現場で当時の様子を語るアリ(2018年7月/撮影・土井敏邦)
家の破壊現場で当時の様子を語るアリ(2018年7月/撮影・土井敏邦)

 「後日、エルサレム市役所に記録を調べに行くと、破壊の理由としてふざけた理由が書かれていました。私の家が隣の家の敷地を侵していると言うのです。エルサレム市当局のパソコンの画像を見たら、GPSの不具合か何かで境界線が誤っていたんです。当局によれば、私の家の塀は間違っていていると言うのです。私の家の敷地と小径一本で隔てられてる隣家と私の家の写真に、実際の境界と違うピンクの斜め線が入っていました。その線は私の家の敷地を斜めに横切っていました。つまり私の家が隣人の土地にまで侵蝕しているというのです。市当局はピンクのGPSの線が正しいと主張します。つまり実際の土地の区画ではなく、幻の線を根拠にしているのです。隣の家との境界線は私も隣人も合意しています。この土地は82年から所有しているんですよ」

エルサレム市当局が示した境界線(ピンクの線)。隣人と同意していた実際の境界からずれている(アリの携帯写真より)
エルサレム市当局が示した境界線(ピンクの線)。隣人と同意していた実際の境界からずれている(アリの携帯写真より)

 「エルサレム市当局なぜこんなことをするのかって? 簡単です。シルワンから私たち住民を追い出したいからですよ。私たちをここに定住させたくない。だから幻の線を根拠にして家を破壊したんです。実際の土地も隣人も無視してです」

 「突然の破壊で25年の苦労が水の泡に帰したことに、神のおかげで今は耐えていますが、私は6種類もの薬を服用しています。今もお祝い事で人に会いたくないし、メディアのインタビューを受けたくもありません。精神的なストレスで、数日に一度、病院に行かないといけない状態です。神経系の問題もあり、多量の薬を飲んでいます。ストレスを和らげる静脈注射と抗生剤です。夜中に息ができなくなる時があります」

 「今は仕事がありません。もう一つの店もだめになりました。家を借りているので、

家賃と食費で貯金もすぐに尽きます。支援を求めて伝手(つて)は全て当たりましたが、だめです。今は食いつなぐための稼ぎしかありません。体調不良で数日仕事を休んだら、誰が子どもに食べさせてやればいいんですか。もう37歳なので20代の頃のように、昼夜働いて養ってやれない。今は1日6~8時間が限度です。体が持ちません。仕事を掛け持ちしても子どもたちに十分な生活をさせてあげられません。息子に学校をやめて、手伝ってもらおうと思っています。自分一人では続けられませんから」

 アリの長女シャダー(当時11歳)は家が破壊される時の様子をこう語った。

 「学校に来たお兄さんから家が壊されていると聞きすぐに帰ると、警察がたくさんいました。私は警察に見つからないように急いで家の敷地に入りました。すると家が破壊されていて、私たちは泣き叫びました」

破壊当時の様子を語る長女シャダ―(2018年7月/撮影・土井敏邦)
破壊当時の様子を語る長女シャダ―(2018年7月/撮影・土井敏邦)

 「部屋だけでなく、お父さんが作ってくれた私たちだけのバスルームも失いました。部屋には誰も入ってほしくないので、いつも鍵を閉めて学校に行っていました。鍵が閉まっているので、警察は中に武器があると思ったのでしょう、ドアを壊して入りました。学校にいたので警察が何をしたかわからないけれど、部屋もクローゼットもめちゃくちゃになり悲しかったです。特にバスルームが壊されたのは、とても悲しかったです。私たち妹姉の部屋とバスルームがもらえたのは初めてだったから」

 「両親は別人のように変わりました。以前は、お父さんは家に帰ってくると楽しそうでした。よく寝て、リラックスしていました。お母さんも私たちと楽しく冗談を言っていました。今は笑わず、何もしません。神に祈っているだけです」

 長男、マフムート(12)も家が破壊されるとき、まだ学校にいた。

 「従兄弟が学校に迎えに来て家に帰ろうと言いました。家が壊されているとは知りませんでした。帰ると、ブルドーザーが見えました。ブルドーザーが家を破壊していたんです。

 『誰の家を壊しているの? お願いだから、やめて!神様!』と叫びました。僕たちは家の敷地に入れてもらえず、壊されるのをただ見ていました。警察は僕たちを上のお祖父ちゃんの家に閉じ込めて家を破壊したんです」

「生きている感じがしない」と語る長男マフムード(2018年7月/撮影・土井敏邦)
「生きている感じがしない」と語る長男マフムード(2018年7月/撮影・土井敏邦)

 「『通ったら撃つ!』と脅されて、家に入れませんでした。それでお祖父ちゃんの家から、壊される様子を見ていました。窓から見ていたら、それも止められました」

 「ブルドーザーが家を壊すのを見て、自分の体が潰されるように感じました。お母さんや妹たちは、泣き叫んでいたけれど、相手にされませんでした。自分の家や部屋を失った今、生きている感じがしません」

〈2019年8月/1年後〉

 1年後に破壊されたアリの家の跡を訪れると、瓦礫は撤去され更地になっていた。撤去作業の費用をトルコ政府系の慈善組織が支援してくれたという。しかし、1年ぶりに会ったアリの表情は憔悴していた。かつての家の跡で、アリは私に語った。

1年後、海外からの支援で瓦礫は撤去されたが・・・(2019年8月/撮影・土井敏邦)
1年後、海外からの支援で瓦礫は撤去されたが・・・(2019年8月/撮影・土井敏邦)

 「家を壊されても、何の補償もありません。『建設許可』の手続きにかかる費用は高すぎます。1日150シェケル(約4500円)の仕事を50年続けても、60~70万シェケル(約2100万円)の許可費用には届きません。

 さらに建築資材と建設費でさらに60~70万シェケルかかります。合計150万シェケル(約4500万円)はかかってしまいます。そんな大金は50年働いても貯まりません。それに食費、衣類、生活費がかかります。車の修理代も出せません。1ヵ月前に自分の店もイスラエル当局に破壊されました」

 「家が破壊されてから丸一年、私はずっと病気でした。内臓と精神的な病気です。仕事も家もありません。妻と娘たちはヘブロンの妻の実家にいます。私と息子たちは、私の父や兄の家にいます。娘たちに頻繁に会いたくても遠慮しています。妻に連絡して、娘たちと来てもらうか、私が妻の実家に会いに行きますが、私が行っていいのは、家に他の男性がいる時だけです。話し合いを持ちましたが、状況は変えられませんでした」

 「子どもの部屋と台所とバスルームが欲しいんです。息子たちに1部屋と娘たちに1部屋。私と妻の部屋はいりません。ただ子どもたちの側にいたいんです」

 「最初に胃腸が痛くなりました。検査で強いストレスが原因の胃潰瘍だとわかりました。不眠も長く続きました。すべて精神的ストレスです。インタビューなどは病状が悪化するので受けないことにしました。寝られず、食欲もなく、人生の全てに興味を失いました。もう思い出したくないし、今も苦しんでいます」

破壊から1年間の自身と家族の生活を語るアリ(2019年8月撮影・土井敏邦)
破壊から1年間の自身と家族の生活を語るアリ(2019年8月撮影・土井敏邦)

 「(自殺を)考えましたが、私には宗教と信仰があります。自分の命を絶ったら、現世も来世も失います。イスラムの教えで禁じられているおかげで思いとどまりました。

 ただ、私が自殺を考えたのではなく、追い詰められた精神状態、その病気がそうさせるのです。追い詰められていると、どうしようもないんです。家の破壊からのこの1年半で、私はあらゆる“死”を経験しました」

 「家族がバラバラになり、20年の苦労が水の泡です。去年はまだ頑張れました。しかし家賃、食費、生活費などいろいろな問題に直面し、精神的に参ってしまい崩れてしまいました。もう思い出したくありません。

 特に上の子が影響を受けています。長男のマフムードは『街で豆を売って、お父さんを支えたい』と言います・・・(泣く)」

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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