阪神甲子園球場の芝に“異変”!?―外野の芝の秘密

内野に隣接する部分の芝の色が違うことが見て取れる

■いつもと違った外野の芝

近くで見ると、はっきりわかる
近くで見ると、はっきりわかる

6月4日、デーゲーム開催となった対埼玉西武ライオンズ戦。前日のナイターでは気づかなかったが、昼間の明るい日差しの下で見る甲子園球場の外野の芝は、いつもと様子が違っていた。扇状の内野の土部分を縁どるかのように、一部の芝の色が明らかに違っていたのだ。スタンドの高い位置から俯瞰で見ると、非常に際立つ。

今シーズンの阪神タイガース平田勝男チーフコーチの発案によって、内野部分を1m後ろに広げた中で戦ってきた。それをまた元に戻したのかと思い、例によって阪神園芸 運動施設部 金沢健児次長に尋ねた。すると答えは「NO」だった。広げた内野の土部分の位置は変わらないという。それよりも「今年初の試みをした」そうで、まずは芝についての基本レクチャーから伺った。

■冬芝と夏芝

甲子園球場の外野は、季節によって冬芝夏芝を使い分けている。冬芝は一年草で、毎年10月頃に種を蒔く。一方、夏芝は枯れた後も地中で眠っており、気温の上昇とともに自然に地上に顔を出し成長する。

シートの台車で芝は傷む
シートの台車で芝は傷む

春が終わった頃あたりが端境期で、冬芝の間から夏芝が顔を出そうと地中から窺っている。しかし冬芝は冬芝で、まだまだ頑張ろうとする。そこで、夏芝が出てきやすいように冬芝を間引いてやるのだ。そうしないといざ冬芝が枯れたときに夏芝が出揃わず、茶色く剥げた状態になってしまう。つまり徐々に移行するため、冬芝を間引くという作業を5月中にしておくのだ。

そこで件の箇所だ。内野の土部分と隣り合う芝は特に傷みやすい。というのも梅雨に入り、これからの約1ヶ月間は雨との戦いになる。少しでもいい状態でゲームを開催するために、内野部分にシートを張る頻度が増える。その際、シートの台車で一番傷むのが件の箇所なのだ。台車の車輪で冬芝が踏み荒らされたまま夏芝の自発を待っていては、夏芝が成長するまでそこだけ剥げた状態になる。そこで今年は件の箇所を5m幅で、あらかじめ人為的に冬芝から夏芝に張り替えたのだ。

幅にして5m
幅にして5m

ただ、それができたのも日程の利があったからだ。タイガースが3カード遠征に出ていたことにより、甲子園球場では5月23日から11日間ゲームがなかった。その間に、張り替えた夏芝を水と肥料で十分に育て、根付かせることができた。こういうまとまった期間がなければ、この“阪神園芸史上初”の計画は生まれなかったのだ。

■芝に穴を開け、砂を撒く作業(エアレーション)に気づく選手とは・・・?

芝に開けられた穴
芝に開けられた穴

他の箇所も、この時期ならでは作業を行っている。これも気候や日程と相談しながらになるが、今週は6日に芝一面に穴を開ける作業をした。直径約1センチ、深さ10センチほどの小さな穴を約5センチ間隔で開けていく。これは硬くなった地中の土をほぐし、根が呼吸しやすくするためだ。そうすることで芝が元気になる。

さらに8日には芝全体に砂を撒く作業を行った。これは掘った穴を埋めるためではなく、芝全体の表面の凹凸をなくし均一にするためだ。またほぐした箇所に砂が入ることで、今後固まるのを防ぐ効果もある。

ベテランの技
ベテランの技

撒く砂の種類や質、価格もピンキリだが、甲子園球場で使用する砂は粒子が均一で貝殻などの異物が混入していない丘砂だそうだ。しかも他の植物の種などを取り除くよう、きちんと洗浄してあるものだ。10tトラックに3台分、合計21立方メートルの砂を何度も何度も往復してグラウンドに運び込み、丁寧に散布していく。砂を散布用の車に積み込むのも撒くのもベテランの技術が必要な作業だ。

それにしても、これだけの量を撒いても2ミリ程度の厚みにしかならないというから、外野の広さたるや推して知るべし、だ。

やがてこの砂は時の経過とともに馴染むが、1週間ほどは打球のバウンドで多少は飛び散ることもあるそうだ。テレビ画面で見ていると水しぶきと勘違いされることもあるとか。14日からの甲子園6連戦では、そういったシーンを目にすることもあるかもしれない。

何度も何度も往復して外野全体に砂を撒く
何度も何度も往復して外野全体に砂を撒く

ところで、こういった作業にいち早く気づく選手がいるという。福留孝介外野手だ。「『エアレーション(芝生を活性化するための上記の作業)したんですね』って、すぐ言うてくるね。その言葉も作業内容も知ってるから、最初はビックリした」と金沢次長は話す。

「すごく敏感な選手やね。土の硬さとか、すぐに感じる。足裏の感覚とかボールの跳ね方でわかるんやろうね。無理な要望とかじゃなく、感じたことや意見を言ってくれるし、こっちの仕事を理解してくれているんで助かる」。

福留選手の守備の上手さは、こういう敏感さや観察眼と決して無縁ではない。

■ゴルフは仕事と趣味の一石二鳥

一連の芝の話を伺っていると、金沢次長は幾度となく「たいしたことじゃないよ。こんなこと、ゴルフ場では普通に毎日のように行われている作業やから」と謙遜ぎみに話す。さすがゴルフの達人だけあるなと思っていると「それは逆!」と咎められた。

作業を指揮する金沢健児次長
作業を指揮する金沢健児次長

そもそも「勉強になるから」という理由で、当時の上司にゴルフを勧められたという。プレーしながらも「こんな作業をしているのか」、「こんな薬剤、こんな肥料を使っているのか」などと目ざとく観察し、芝の管理法などを勉強してきた。時にはそこで作業しているキーパーさんを呼び止め、「甲子園で使えませんかねぇ」と訊いてみたりもしたそうだ。「広さも競技も違うから、全部が参考になるわけじゃないけど」とはいうものの、グラウンドキーパーとしての引き出しを確実に増やしていった。

そして余談ではあるが、生来の負けず嫌いなのか凝り性なのかゴルフまで上達した。今では選手とのコンペでも必ず上位に食い込むシングルプレーヤーである。「仕方なくやで。好きで始めたわけじゃないから」と強調するが、今となっては一番の趣味なのだから一石二鳥である。

そんな金沢次長がいつも口にするのが、「甲子園球場は多くの人に注目されているから」ということ。タイガースの主催ゲームでは、毎試合4万人を超えるファンが訪れる。必ずテレビ中継がある。そしてプロ野球だけでなく高校野球の聖地でもある。

「絶対にみすぼらしい姿は見せられない」―。大事なグラウンドを預かる守り人としての矜持が、そこにある。

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