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タワマンの街、武蔵小杉で坪月商100万円を超える もつ焼居酒屋大繁盛の秘訣

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
お通しの「もつ煮こみ」が480円で食べ放題になっている(筆者撮影)

川崎の通称「ムサコ」、武蔵小杉はタワーマンション(タワマン)の街だ。不動産業界の媒体『リアナビ』の2020年2月4日付の記事では「15棟7727戸」と記されていて、埼玉県川口市21棟5619戸、川崎市幸区19棟5203戸、横浜市神奈川区17棟4248戸に続き第4位なっている。

武蔵小杉のタワマン開発は2008年に始まったとのことだが、人口が急増している一方で、飲食店の数が不足していることを感じる。そして、昭和の物件で営業している飲食店が多い。

昭和の街並みの中に、突然未来都市が現れたかのような武蔵小杉の風景(筆者撮影)
昭和の街並みの中に、突然未来都市が現れたかのような武蔵小杉の風景(筆者撮影)

居酒屋好きのツボを押さえたサービス

中でもひときわ繁盛しているのは「炭火串焼と旬野菜 きわみ」である。東急スクエア側を降りた近くの「センターロード小杉」という路地の中で営業している。タワマンの光景とは真逆で「昭和の労働者の居酒屋」のイメージだ。8坪26席で客単価3000円、昼の12時から翌3時まで営業する。月商960万円超。坪月商100万円を超えている。

筆者の印象を先に述べると、同店は「居酒屋好きがうれしいと感じるツボをよく分かっている店」だ。

1人で店に入ると、店頭近くの立ち席に通される。従業員から「ここの席はドリンク半額」であることを告げられる。

スタンダードのジンビームハイボール、角ハイボールが420円、メガサイズとなると680円で、思わずメガサイズを注文する。半額なので340円である。

そしてお通しの説明がある。それは小さな鍋に入れられた「もつ煮こみ」480円。なんと、これは食べ放題なのだという。大丈夫か、と思った。

お通しの「もつ煮込み」は、そもそも小さな鍋で提供される。もつはトロトロになっている(筆者撮影)
お通しの「もつ煮込み」は、そもそも小さな鍋で提供される。もつはトロトロになっている(筆者撮影)

紙のメニュー表には、上の段に「極四大看板」とある。「其の1 もつのお刺し身」4点盛980円、6点盛1280円、「其の2 きわみ串盛り」ハーフ3本430円、フル5本780円、「其の3 鶏白レバー」780円、「其の4 陳麻婆豆腐」ハーフ580円、フル780円とある。

筆者はこの中から「もつのお刺し身」4点盛と「きわみ串盛り」ハーフ3本を注文した。

店内は満席である。そんなことで厨房の中は忙しい。自分の料理はいつ出来上がるのかとそわそわする。そこで届いた料理は「もつのお刺し身」が4点盛のはずが5点、「きわみ串盛り」ハーフ3本のはずが4本になっていた。料理を運んでくれた若い女性スタッフが申し訳なさそうにこう説明する。「どうもお待たせしてすみません。もつのお刺し身1点ともつの串焼き1本は、当店からのサービスです」と。

何とも分かりやすい「お得サービス」ではないか。上を見上げると未来都市、その足元の飲食店では昭和のサービスがお客の心を捉えている。お客のほとんどは常連客で、従業員はお客の名前といつもの食事パターンをよく分かっていて、来店して席に着くと「〇〇さん、今日は何にする」と話しかける。

ゴリゴリの営業会社で鍛えられる

同店を経営するのは株式会社KIWAMI(本社/川崎市中原区、代表/阿波耕平)。代表の阿波氏は1986年5月生まれ、札幌で育つ。高校卒業後、地元の調理士専門学校に進み、中国料理を専攻した。卒業後は「札幌四川飯店」で働く機会があり、ここで四川料理のスターシェフであった陳建一氏の指導を受ける。このときに習得した麻婆豆腐を、現在のKIWAMIの店で「鉄人‼陳建築一直伝! 陳麻婆豆腐」(ハーフ580円、フル780円)としてラインアップしている。

「鉄人‼陳健一直伝! 陳麻婆豆腐」780円は商品名の通り満足度の高い一品(筆者撮影)
「鉄人‼陳健一直伝! 陳麻婆豆腐」780円は商品名の通り満足度の高い一品(筆者撮影)

その後、東京に出て京王プラザホテルの中国料理店「南園」で働く。当時の「南園」では、周富徳氏や譚彦彬氏といった中国料理のスターシェフが在籍し、中国料理を志す人たちにとっては憧れのステージであった。

「南園」では4年間修業を重ねるが、職場の先輩のレベルが高く、自分の中国料理人としての技術習得に限界を感じたという。やがてその先輩たちは独立をするが、その全員が失敗した。「飲食業として成功するためには“おいしい料理”だけではない、何か別の能力が必要なのでは」と考えるようになった。

そこで訪ねたのが、当時話題となっていた「転職相談バー」。ここでは「いまコックさんが不在だから」と、料理人として採用される。

ここのオーナーから「飲食の営業をしたいのであれは、グルメサイトに進むべきでは」とアドバイスを受けた。そこで同店の顧客の人材紹介コンサルティングの会社で営業アシスタントの経験を積んだ。グルメサイトの営業職に就職する機を窺い、めでたくこの分野の会社の営業職に就くことができた。

しかしながら、そこは「ゴリゴリの営業会社」(阿波氏談)であった。「一日の訪問先200件はマスト」と指示をされ、「飛び込み」「テレアポ」など追い込まれるように仕事に励んだという。阿波氏は「ここに在籍した2年間は厳しい毎日だったが、ここで自分の人格の8割が形成された」と振り返る。

同社での2年目は、年間目標を達成して、昇格も目前にしてさらなる活躍が期待されていたが「自分の店を持つ夢」を実現するために同社を退社。営業マン時代にお世話になった飲食店の料理人として勤務して、調理の感覚を取り戻した。

原価率30%の世界に縛られない

飲食業で起業したのは2014年のこと。武蔵小杉の10坪16席の店舗である(その後、元店長に店舗を譲渡)。

武蔵小杉に出店したのは、グルメサイトの営業職当時に南武線エリアを担当していて「出店すると確実に繁盛する場所」と確信していたからだ。物件に空きが出たことから料理人として勤務していた居酒屋を辞めて、独立起業した。このもつを主力にした大衆居酒屋はたちまち大ヒットを飛ばす。

2店目は2016年同じ武蔵小杉に「鮮度の極み 魚もつ 武蔵小杉」(20坪45席)をオープン。ここでは、もつに加えて鮮魚もメニューに取り入れた。看板メニューは「豪華刺身12点‼」をうたった「極み盛り」2580円、もつと鮮魚が盛り合わせとなっている。

「鮮度の極み 魚もつ 武蔵小杉」ではメニューを説明するときに朱の筆でマーキングしながら丁寧に説明をしていく(筆者撮影)
「鮮度の極み 魚もつ 武蔵小杉」ではメニューを説明するときに朱の筆でマーキングしながら丁寧に説明をしていく(筆者撮影)

加えて、同店の特徴は「粗利重視」であること。たくさん利益を稼ぐということではなく、分かりやすい高級食材を破格の価格で提供するということ。阿波氏はこう語る。

「例えば、タラバガニを1000円で仕入れました。それを3倍の2980円で売るのではなく、1980円で売る。和牛すしを500円で仕入れて1500円で売るのではなく980円でいいんです。お客様はうちの店でいろんなメニューを食べてみたいのだから、原価率30%の世界に縛られることはないんです」

これは、従業員にもプラスの効果をもたらす。仕入れに行くときに「今日はどんな高級食材でお客様に喜んでいただこうか」とワクワクしながら考える。このワクワク感が店の雰囲気を明るくする。

同店は「現在月商900万円から1100万円に伸びるフェーズにある」(阿波氏)ということだが、それはこの高級食材を使用した粗利重視にシフトしたことがきっかけとなった。客単価は5200円。客単価3800円からスタートして、1500円近くがオンしながら16時からオープンでも予約が取りづらい店となっている。

「会社が好き」「店舗が好き」「仲間が好き」

KIWAMIでは2023年9月にもつの卸業をM&Aした。その会社は元々同社のもつの仕入先であった。オーナーは60代の半ばで一人で仕事をこなしていた。

コロナ禍にあってこちらの会社では売上が立たなくなった。KIWAMIでは同社を支援する意味を含めて仕入れを継続した。2021年に冒頭で紹介した「炭火串焼と旬野菜 きわみ」をオープンして、もつの取引を増やした。オーナーは高齢に近づき商売を畳む懸念もある。とはいえ、もつの卸業に新規に参入するのは難しい、さらに近年は急速に「もつ居酒屋」が増えて、仕入れが困難になってきている。

そこで「そろそろ私たちと一緒に商売をしませんか」とオーナーに働きかけてM&Aに至った。ハッピーな事業継承である。お通しの「もつ煮こみ」食べ放題は、このストーリーがバックボーンにある。

豊富なもつの仕入れが支える「もつ煮こみ」食べ放題は、看板メニューとして絶大な効果をもたらしている。阿波氏はこう語る。

「以前の『もつ煮こみ』の仕込みはもつ1キロでしたが、いまは12キロになっている。これくらいの量になるとここに入れる水の量が膨大になって、もつから出てくる旨味が圧倒的。これがおいしさを強烈に引き立ている」

KIWAMIにとっては主力食材のもつの供給を安定させて、かつもつのサプライヤーとして事業を拡げるとともに業界動向を察知することに役立つ。店舗展開は、もつの卸業がある横浜・大黒町を拠点として、朝引きのもつを1日以内で使い切ることができる新橋、新宿あたりまでのエリアに30店舗程度を想定している。

同社の企業理念は「飲食で幸せを」で、これを4年前に掲げた。阿波氏は労務について研さんを重ねてきて「会社が好き」「店舗が好き」「仲間が好き」というフィロソフィーを掲げている。

「この3つの『好き』を集めると、みんなで給料を上げるために売上を上げたい、休みが欲しいから利益が増えるようにしよう、という文化が定着し『売上が上がる』『原価が下がる』『人件費が下がる』ということが同時にかなう」(阿波氏)

KIWAMIの阿波代表は「従業員満足を高めることが、経営を安定させる」ということを自ら実践し、それを実証している(筆者撮影)
KIWAMIの阿波代表は「従業員満足を高めることが、経営を安定させる」ということを自ら実践し、それを実証している(筆者撮影)

同社の労働時間は年々短縮化している。創業当初は1日13時間労働で週1休み。いまは1日9時間労働で月7日休み。2024年から月7.5日休み、2025年には月8日休みを定着していく意向だ。給与も厚遇し、30代のマネージャークラスで年収600万円程度となっている。

昭和の飲食店通りを抜けて、空を見上げると林立するタワマン。昭和と未来が同居しているような街に、従業員満足と顧客満足を著しく高めている繁盛店の秘訣を学んだ。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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