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浅草に「神戸牛」の飲食店を10カ月間で6店舗出店、インバウンドの商機をつかむ

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「神戸牛ダイア」浅草1号店の店頭、18坪で月商2000万円超(筆者撮影)

インバウンドで盛り上がる東京・浅草で「神戸牛ダイア」という神戸牛の専門店が急速に店舗を増やしている。1店舗目は昨年の12月にオープンして、この9月に6店舗となり、さらに7店舗目のオープンが控えている。経営しているは神戸に本拠を置く吉祥吉グループ(代表/赤木清美)で、今年の3月に設立した株式会社神戸牛ダイア(本社/東京都中央区)がこのエリアでの展開を担っている。吉祥吉グループでは8業態50店舗(2023年9月末)を擁している。

浅草で最初にオープンした店は現在「浅草1号店」と呼んでいる店で、新仲見世通りの松屋浅草寄りにある。この店は神戸牛のステーキをレストラン業態で提供して客単価6500円。1フロア9坪で1階2階の2フロア構成。店の外から四六時中外国人客でにぎわっていて月商は2000万円を超えている。浅草6店舗のうち4店舗がこの業態で、ドン・キホーテの向かいにある楽天地ビル3階の店(楽天地ビル店)と、雷門の西側アーケード街にある店(雷門西店)は鉄板焼き業態で客単価1万5000円となっている。

インバウンドの多い観光地で神戸牛の店舗を集中出店するノウハウを築き上げた赤木清美氏(筆者撮影)
インバウンドの多い観光地で神戸牛の店舗を集中出店するノウハウを築き上げた赤木清美氏(筆者撮影)

神戸牛に感じた「無限の可能性」

浅草を散策しているとこの「神戸牛」の看板が目立つ。「あすこにも、ここにもあった」という感じで、浅草の名物が神戸牛になったようなイメージだ。振り返ると「爆買い」ブームの2016年、2017年ごろ大阪の道頓堀を訪ねたときに似たような現象に遭遇した。道頓堀が「神戸牛」に看板であふれていた。これも同グループが展開したことで、代表の赤木氏によると「道頓堀には17店舗出店していたが、コロナで11店舗に絞った」という。

赤木氏が神戸牛の商売に傾倒するようになったのは、2004年より神戸市中央区で「神戸料理」を掲げて飲食店を営んでいたとき、メディアから「神戸牛を扱っているか」と問い合わせがあったことがきっかけ。当時は神戸牛を扱っていなかったが、とっさに「扱っている」と答えた。その理由は「当時、春は天然タイ、夏はハモ、秋冬はマツタケとフグという具合に居酒屋よりちょっと上の商売をしていましていて、その品揃えに神戸牛は違和感がないと感じたから」という。

赤木氏は「神戸牛には無限の可能性がある」と言う。

「それはまず、お客様が笑顔になることが一番ですね。特に観光のお客様が。みなさんが食事を終えられたタイミングで、記念の写真を撮って差し上げていました。『神戸ギュ~!』といった感じで。するとみなさん、笑顔になるんですね。すると、スタッフは笑顔になります。売上が上がると私も笑顔になります。お取引先の方々も笑顔になります」

 自ずと神戸牛を使用する量も増えていき、神戸牛の業者から厚い信頼を得るようになった。

道頓堀、浅草の店舗展開の様子を前述したが、この手法は地元の南京町で体得した。神戸牛の店舗は2012年ごろから多店化していき、2014年に4店舗、2015年に10店舗と出店ペースは勢いを増していった。この過程で南京町では街の中央と東西南北に計10店舗を構えた。赤木氏はこう語る。

「南京町は中国料理の街ですが、これだけ店があると『神戸牛を食べてみようか』という感覚になります。観光客が集まるエリアに集中出店することによって、この視覚効果は大きな力を発揮します」

「神戸牛ダイア」はレストランと鉄板焼きの業態があるが、客単価は前者が6500円、後者が1万5000円(筆者撮影)
「神戸牛ダイア」はレストランと鉄板焼きの業態があるが、客単価は前者が6500円、後者が1万5000円(筆者撮影)

インバウンドの多さに商機を感じた

浅草に展開するようになったのは、コロナが落ち着いてきて、インバウンドが増えて「商機到来」と考えたのだろうか。しかし、赤木氏の答えは意外であった。

東京にやってきたのは、ある人から日本橋と芝大門の物件を紹介されたことがきっかけだった。これらの物件を見に行って、すぐに出店を決めたという。赤木氏は「神戸牛はどんなところでも繁盛する」と思っていたが、それがまったく駄目で、今年の4月に芝大門の店を閉めた。

浅草に着眼したきっかけは、同グループのスタッフが浅草にカフェをオープンしたこと。その店を手伝うために浅草に行くことになった。赤木氏が初めて浅草を訪れたとき、インバウンドがあふれかえっている様子に、絶大な有望性を感じた。

また、浅草の飲食店経営者と親しくになり、その人の仕事も手伝うようになった。その人が店の営業を継続できなくなったことから、その店の従業員を赤木氏が引き継ぐことになった。こうして浅草で神戸牛の商売をすることを考えた。

そこで浅草にあししげく通うようになり、いまの浅草1号店の物件を見つけた。元はブティックで、店の上に住んでいる大家さんが下におりてきたところに遭遇して、早速「私はこれこれしかじかで……」と直に交渉。すぐに不動産屋さんに行って、1週間後の2022年12月にオープンした。最初はプロパンガス、水回りは突貫工事で行い、その後、きちんと飲食店の設備を整えた。

赤木氏はこう語る。

「新しい大家さんに働きかけるときに『肉』を扱っていることから、煙とか脂、臭いとかがある最初は結構警戒されます。しかし、当社では昨年8月、神戸に100坪規模のセントラルキッチンをつくって、ここでお肉をきちんと掃除して、脂もとって、真空パックの状態で店舗に配送しています。店舗ではそれをカットして、タレではなく塩・コショウで焼きます。そんなことで、店では煙も脂もほとんど出ない。店に入るとお分かりいただけますが、めっちゃいい匂いがします」

そこでさまざまな大家さんには「とにかく、お店に来てください」と浅草1号店に招き。きれいな状態の店の中で「この店は、普通で月に2600人いらっしゃるんですよ」と付け加えると納得していただくことができるという。

こちらは観音通り店。店頭には商品の画像と価格をアピールして店の内容を分かりやすくしている(筆者撮影)
こちらは観音通り店。店頭には商品の画像と価格をアピールして店の内容を分かりやすくしている(筆者撮影)

「浅草には20店舗はいける」

それにしても、浅草での出店ペースはとても速い。物件探しや人材の募集はどのように進めたのだろうか。

「これはすべて私が速攻で行いました。物件については、不動産屋さん、ビールメーカーの方とか、私と関わる方々に『どこかありませんか?』と常にお声掛けしています。それが良い物件かどうかは私が判断しますから、とにかく物件があったらすぐに教えて欲しいと。人材に関しても、『どなたか紹介してください』と。そして紹介していただいたら、『とにかくうちの店に来てお肉を食べてください』と。そこで私の話を聞いていただいて『面白そうだなと』と思っていただいたら『一緒に働きませんか』と、私がビジョンを語ります」

このような形で人材を募り、今年3月に設立したばかりの神戸牛ダイアに従業員はいま約80人体制になっているという。また、従業員の4割は外国籍で流暢な英語で対応している。彼らが和装で店頭にいることから、インバウンドのお客にとって、入りやすい雰囲気を抱かせるのであろう。インバウンドのお客は9割を占めている。

雷門東店のファサード。雷門の前に立つと視界の右側にこの光景が入ってくる。注視効果は抜群(筆者撮影)
雷門東店のファサード。雷門の前に立つと視界の右側にこの光景が入ってくる。注視効果は抜群(筆者撮影)

浅草には、まだこれからも出店していくのか、と尋ねたら、赤木氏はこうと答えた。

「場所さえよければ20店舗出せるでしょう。ないしは地元の飲食店様と業務提携もしていきたい。そば屋さんとか、もんじゃ焼き屋さんにも神戸牛のメニューを入れていただくとか。これから全国に展開していきますが、この場合は現地をよく知る事業者とFCを超えたパートナーシップを結んで展開していきたい。私は、このような形で神戸牛のマーケットを広げていき、神戸牛の生産者を守って、これに関わる方々と一緒に繁栄していきたいと考えています」

いずれにしても、赤木氏の「速攻」が神戸牛のビジネスをインバウンドが集まる観光地で成功させている。インバウンドにとって、楽しみにしている日本食は「すし」「ラーメン」「天ぷら」が定説だが、これに「神戸牛」が加わる日も近いかもしれない。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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