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元バンドマン経営の「豚丼屋」 コロナ禍創業、急速なチェーン拡大を実現したアイデアとは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
ジューシーな豚肉がボリュームたっぷりの「豚バラ丼」メガ(ワンズトライン提供)

いま「元祖豚丼屋TONTON」(以下、豚丼屋)という飲食店が続々と店舗を増やしている。商品はいわゆる「北海道・帯広名物の豚丼」である。基本は「ロース豚丼」と「バラ豚丼」(どちらも税込、858円)で、ボリュームや肉の皿盛などでバリエーションをつくっている。トップの画像は最も大きなサイズの「メガ」で1848円。1号店は2020年6月、大阪・南船場で、以来FCを主力に急ピッチで展開している。この7月、8月ともに4店舗を出店し50店舗を超えた。最新店は福島矢野目店(福島)で9月15日にオープンしている。店舗規模は15坪から20坪程度、ロードサイドの店ではもう一回り大きな店舗があるが、ほとんどは私鉄沿線やローカル立地で、損益分岐点が低くなっていると拝察できる。

この急ピッチな店舗展開で注目されるのは、コロナ禍にあって業態を生み出しチェーンを拡大したということである。では、どのような経緯でこのような路線を築き上げているのか、順を追って解説していこう。

海外展開を意識した飲食業に着手

同店を展開しているのはワンズトライン株式会社(本社/大阪市北区、代表/山内仁)。英語の綴りは「ONE’S TRYIN」で「個の挑戦」を意味している。文学的な社名ではないか。代表の山内氏(40)は高校生時代にバンドを結成し、19歳でプロデビューを果たし、ニューヨークやロスアンゼルスでも活動した。

代表の山内氏はバンドマン当時の外食経験を生かしてコロナ禍にありながら飲食事業を切り拓いた(筆者撮影)
代表の山内氏はバンドマン当時の外食経験を生かしてコロナ禍にありながら飲食事業を切り拓いた(筆者撮影)

山内氏はかねて起業家を志して、バンド活動の傍らミュージシャンの芸能プロダクションを運営していた。バンドを解散してから、27歳でカラオケ店の経営を始めて27店舗まで拡大したが、この事業からは撤退した。

次に着手したのは飲食業であった。山内氏は「ミュージシャンと飲食業は密接に関連している」と語る。それは、音楽活動に没頭するミュージシャンにとって、音楽活動以外は食事の時間となる。事業を起こそうと考えるときに「飲食業」を想定するのは当然の成り行きだったという。

この頃、山内氏の地元・大阪では特に中国からのインバウンドでにぎわっていた。「爆買い」ブームである。そこで「なぜ中国から大阪を目指してやってくるのか」を考えた。

「それは、大阪の“食”だろう」とあたりを付けた。当時は、唐揚げブームが盛り上がり、飲食店では「大衆居酒屋」が人気を博していた。

そこで、大阪名物の串カツを中心として、当時流行っていた唐揚げなどをメニューに盛り込み、揚げ物の“総合デパート”として 「大衆酒場あげもんや」を立ち上げた。

新しい事業での目標は「上場」である。店名もストレートに「大衆居酒屋あげもんや」(以下、あげもんや)と命名して、2017年に蒲生4丁目(大阪市城東区)に1号店を出店した。串カツ、とんかつ、唐揚げ、天ぷらに加えて、刺し身やサラダでメニューを構成した。

”コテコテ感”が満載の創業の業態「あげもんや」は再び出店攻勢に入っている(筆者撮影)
”コテコテ感”が満載の創業の業態「あげもんや」は再び出店攻勢に入っている(筆者撮影)

客層は若者に加えてファミリーを狙って、駄菓子コーナーや射的コーナーを設けるなど店内に「縁日」の雰囲気を盛り上げた。こうして、曜日に関係なく繁盛する大衆居酒屋として評判となった。これを聞きつけて、全国そして世界の事業家たちが同店に視察で訪れるようになった。「FCで全国と海外に展開するチャンス」(山内氏)と、飲食業を一気に拡大するための態勢を整えた。

しかしながら、2020年に入りコロナ禍となった。日本も海外も出店の準備が進められていた構想はすべてなくなった。

豊富な「ご当地外食経験」を活かす

そこで、山内氏は深く考えを巡らした。「『あげもんや』の出店の話が進んでいた事業家たちは、なぜ出店から手を引いたのだろうか」と。

出した結論は「規模が大きいから」であった。「あげもんや」はコロナ前に標準モデルが定まるようになっていて「40坪程度で月商800万円を目指す」というもの。この売上規模では先行き不安な状態で尻込みするのは当然ではないか。また、当時、同社では弁当・惣菜の店を営業していて、コロナ禍にあっても売上は安定していた。そこで「小規模な店で、テイクアウト、デリバリーにも対応できる業態」ということで「丼物」の店を開発することを想定するようになった。

ここで、山内氏がミュージシャンだった当時の「ご当地外食経験」が大いに生かされるようになった。山内氏のバンドは月に25回ほどライブを行っていて、年がら年中全国を巡っていた。そしてライブが終わると現地のプロモーターがご当地名物料理の名店に連れて行ってくれた。例えば、宮崎の焼き鳥、広島のお好み焼き、青森のマグロ丼といった具合である。

山内氏には「ご当地=名物料理」という特徴のはっきりとした“おいしいコンテンツ”が数多くインプットされている。これらの中から「北海道・帯広名物の豚丼」がひらめいた。

また、同社では約25業態を擁していて、業態づくりのアイデアや食材の仕入れでこれらそれぞれの長所を取り入れることができることが奏功した。肉は信頼を厚くしている既存の業者から仕入れて、遠距離にある加盟店には、この業者と提携しているところに同じスペックの肉を指定している。タレは北海道のメーカーと共同で開発した。豚丼の肉の盛り付けはバラの花びらのようになっているが、これは同社がオリジナルで考えたものだ。基本の858円の豚丼で肉は120gが盛り付けられている。

メニューの特徴がはっきりとしていることから、一般の和風ファストフードと比べると目的来店が多い。コロナ禍が落ち着いてきて、リピーターが定着している店ではアルコールが出るようになり、おつまみメニューをラインアップして営業のチャンスを広げている。

8月7日にオープンした「九学研都市店」(福岡)で50号店を迎えた(ワンズトライン提供)
8月7日にオープンした「九学研都市店」(福岡)で50号店を迎えた(ワンズトライン提供)

低コストで売上を手堅く安定させる

山内氏はこれまでの飲食業経験で、FC本部として独自の経営哲学を抱いている。それは、低コストで店をつくり、売上を手堅い状態で安定させていくということ。「豚丼屋」の場合は15坪から20坪で初期投資は400万円から500万円。これで月商300万円から400万円を想定している。「原価率は30~31%、FLコストは券売機を使用している店もあるために一様には語れないが、60%を下回る。300万円を売っていると40万円から50万円は残ります」と山内氏は語る。

「これが月商800万円を維持する必要があるとなるとストレスが溜まる。モチベーションがいったん崩れると売上は一気に下がります。400万円、500万円で出店したら、6カ月から7カ月程度で回収できる。オーナーさんにとって、そこからがスタートとなります」

「われわれはオーナーさんに『10年頑張りましょう』とは言いません。これまでリーマンショックや東日本大震災があって5、6年で何か大変な事態が起きることを経験してきました。そこで、早く投資を回収して、次の商売に備えるべきだと考えています」

ほぼ半年間で投資回収が可能で、ほかに次々と展開可能な業態を擁しているのがワンズトラインの特徴だ(ワンズトライン提供)
ほぼ半年間で投資回収が可能で、ほかに次々と展開可能な業態を擁しているのがワンズトラインの特徴だ(ワンズトライン提供)

ちなみに「豚丼屋」の店内を彩る業態のキャッチフレーズや画像はパネルで構成されている。同社には豚丼と同程度の規模で営業できる業態が数多く存在する。そこで「豚丼屋」から別の業態に変更しようと考えた場合は、このパネルを新しい業態のものに変更するだけでよい。このようなパターンによって100万円以下で業態変更が可能となる。

コロナ禍が落ち着いてきて、「豚丼屋」の出店に拍車がかかっている。海外からの問い合わせも増えてきて、再び「上場」を意識した事業展開を進めている。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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