Yahoo!ニュース

生酒の搾りたてを急速冷凍した「凍眠生酒」 家庭でも海外でもフレッシュな生酒を楽しめる日本酒の革命

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
5月18日のレセプションには「凍眠生酒」の蔵元が勢ぞろい(テクニカン提供)

「凍眠生酒」という商品が、5月19日より横浜市内の小売店「TOMIN FROZEN」で販売されている。これは日本酒の生酒をマイナス30度に急速冷凍したもので、これが市場に流通することによって、日本酒の存在意義が大きく変わることになりそうだ。

通常、日本酒は「火入れ」によって殺菌処理を施し、長期間保管できるようにする。火入れをしていない搾りたての「生酒」はフルーティでみずみずしい口当たりが特徴。しかし、大きな課題は鮮度保持が困難であること。そこで、生酒ファンはわざわざ酒蔵まで足を運び、搾りたての味わいに舌鼓を打つ。

生酒が日持ちしないのであれば、冷凍して保管すれば良いと思われがちだ。しかしながら、従来の冷凍技術では水とアルコール分が分離してしまい味が大幅に劣化してしまう。凍結時に水分が膨張し瓶が破損してしまう。そのために、酒蔵では「日本酒を冷凍する」という文化がなかった。

冒頭で「凍眠生酒」は画期的な商品であるように述べたが、これは「凍眠」という急速冷凍の技術で冷凍された生酒のこと。水分の膨張を抑制し、瓶が割れず、アルコールと水分の分離も非常に少ないことから、蔵で搾りたての生酒を冷凍状態で保管し、解凍した段階で搾りたての味わいを楽しむことが出来る。

「凍眠」の技術によって、生酒の瓶丸ごとマイナス30度に急速冷凍することで、搾りたての状態を半永久的に保つことが出来る(テクニカン提供)
「凍眠」の技術によって、生酒の瓶丸ごとマイナス30度に急速冷凍することで、搾りたての状態を半永久的に保つことが出来る(テクニカン提供)

「凍眠」の技術がコロナ禍で注目

この技術を開発したテクニカン(本社/横浜市都筑区、代表/山田義夫)は、代表の山田氏が「凍眠」の技術を生み出して事業をスタートした。会社設立は1989年7月である。

*テクニカンの冷凍技術「凍眠」とは

https://technican.co.jp/technology/

山田氏は家業である食肉卸業を継いでこの事業を営んでいた。外食産業が急成長する中で食肉の需要は増えていったが供給が追い付いていかない。それは食肉を冷凍させるために時間を要したから。そこで食肉を冷凍させる時間を短縮して需給バランスを保つことを日々考えるようになった。

山田氏はダイビングを趣味としていて、あるとき、海の中の「水温20度」と陸上の「気温20度」の感じ方が全く違うことから、あることをひらめいた。それは、液体の方が気体よりも早く熱を伝えることができるということ。これに関連して例を説明すると、90度の熱湯に触れると火傷をするが、サウナの90度は我慢することができる、ということだ。そこで「比重が軽くモノが沈む」「低温になっても凍結しない」「機械が腐食しにくい」等々のポイントを整理していき、この冷凍技術の液体には「アルコール」が適していることを突き止めた。

この技術開発の目的は当初「冷凍のスピードを上げる」ことであったが、解凍した際の「再現性が高い」ことが分かった。冷凍食品の需要は増える傾向にあったが、同社によると「再現性はとても良い。しかし、どこかに欠点があるのでは」と周りから訝しがられ、大きく脚光を浴びることがなかったという。

「凍眠」が注目されるようになったのがコロナ禍であった。「凍眠」が食品を扱う業界の課題”フードロス”を解決する存在として知られるようになった。同社では2019年暮れに「凍眠ミニ」の販売を開始。1時間あたりで1.5キロの食品を冷凍できる機械である。これがコロナ禍となり、倍の勢いで売れるようになった。

「凍眠」の技術はB to Bにおいて大きく二つのスキームがある。

まず、食品流通の場面。産地で採れたものを「凍眠」にかけることによって同じ鮮度感で長期保存ができる。これによって食品の相場の変動リスクが軽減される。例えば、ある漁港で名産の魚介類が大量に揚がったとする。それを生で流通させ、一方で「凍眠」にかけておくと不漁の時にも安定して流通させることができる。

次に、飲食業の場面。食材に「凍眠」をかけることで、最も品質の良い状態の長期保存が可能となり、廃棄ロスが著しく軽減される。これまで手空き時間とされていた時に調理が可能となり、得意とする料理を冷凍食品化することによって、デリバリーではなく遠距離流通によって需要者に届けることができる。

「凍眠生酒」の解凍は自然解凍ないし流水解凍で行う。解凍したての生酒には、雪解け水を飲んでいるような清々しさがある(筆者撮影)
「凍眠生酒」の解凍は自然解凍ないし流水解凍で行う。解凍したての生酒には、雪解け水を飲んでいるような清々しさがある(筆者撮影)

冷凍のカツオに生との違いが全くない

「凍眠」の技術をもって生酒を凍結する「凍眠生酒」のアイデアを考えたのは日本酒メーカー・南部美人(本部/岩手県二戸市)の代表、久慈浩介氏である。

久慈氏は高知に行く機会があり、日本料理店で大好物のカツオの刺し身を食べたところ「とてつもなくおいしかった」という。しかし、ここの店主は「このカツオは冷凍だよ」という。そして店主から「生のカツオもありますが食べてみますか」と尋ねられた。久慈氏は「冷凍より生の方が絶対うまいはずだ」と思い、生のカツオを食べてみたところ、そのおいしさは先ほどの冷凍品と全く違いがなかったという。

「凍眠」とはアルコールによってマイナス30度に急速凍結する技術で、これを解凍した際の「再現性が高い」と前述した。つまり、久慈氏の「冷凍カツオ体験」は「『凍眠』の再現性の高さ」に他ならない。

この技術を知った久慈氏は「生酒」を「凍眠」によって急速冷凍して保管しておくと、解凍した時に急速冷凍する前の、搾りたての生酒の味わいを再現することが出来るのではないかと考えた。

レセプションでは「凍眠生酒」商品化のきっかけをつくった南部美人代表の久慈浩介氏とフリーアナウンサーのあおい有紀氏によるトークセッションで「凍眠生酒」の世界を深めた(筆者撮影)
レセプションでは「凍眠生酒」商品化のきっかけをつくった南部美人代表の久慈浩介氏とフリーアナウンサーのあおい有紀氏によるトークセッションで「凍眠生酒」の世界を深めた(筆者撮影)

これまで瓶に入れた日本酒を冷凍すると「瓶が割れる」というリスクがあった。しかし「凍眠」の急速冷凍では瓶が割れない。解凍して飲んでみると急速冷凍する前と同じ状態。生酒を冷凍することのネガティブな要素が全く存在しなかった。

そこで久慈氏は「凍眠生酒」のプロジェクトを立ち上げた。それがコロナ禍の真っただ中で、日本酒への見識の高いメンバーを集めて約1年半の間「凍眠生酒」の商品化とそれを公開するタイミングを計った。

「凍眠生酒」についての久慈氏の見解はこうだ。

「これは“時を止めた酒”。半永久的に時を止めておくことが出来る。タイムカプセルのように、解凍した段階から改めて時が動き出す」

「レジェントたちが醸した伝説の酒を、口伝ではなく五感で伝えることが出来る」

まさに「凍眠」によって、生酒の搾りたての瞬間が止まり、「解凍」は搾りたての瞬間となる。

“フレッシュ”で世界と戦う日本酒

久慈氏は「凍眠生酒」とは”搾りたて”が時空を超えて、一般家庭でも生酒を楽しむことが出来ることに加えて、「日本酒の世界戦略においても意義が高い」と訴える。久慈氏の南部美人の日本酒は同社生産量の40%が世界58か国に輸出されているということから説得力がある。

「当社の蔵から日本酒が海外に行くとなると、当社から出て6カ月から8カ月たって現地の消費者の口に入る。この間冷たいコンテナで運ぶなど日本酒が劣化しないように力を尽くしている。しかし、日本で急速冷凍した『凍眠生酒』は、その瞬間から輸送期間ゼロの状態になる。そこで世界中にフレッシュな生酒を届けることが出来る」

久慈氏はこのように語り、さらに世界市場における日本酒のポジションを変える存在であることを訴えた。

「これから日本酒が世界で戦うときには白ワインとの戦いになる。白ワインに対して日本酒がとれるイニシアチブとは“フレッシュ”ということ。『凍眠生酒』であれば“フレッシュ”で世界と戦うことが出来る」

レセプションに参加した人々は改めて「生酒」のおいしさを認識して「凍眠生酒」のポテンシャルの高さを確信した(筆者撮影)
レセプションに参加した人々は改めて「生酒」のおいしさを認識して「凍眠生酒」のポテンシャルの高さを確信した(筆者撮影)

現状、輸出コストの平準化を図るためには一度にまとめて輸出する必要がある。物流量の観点から酒蔵一社では負担が大きいが、複数の酒蔵で一緒に輸出することが出来れば、海外進出のハードルを下げることができ、結果、日本酒業界全体の輸出機会の創出に寄与することが出来る。

「凍眠生酒」はコロナ禍の間に”日本酒革命プロジェクト”として着々と進められた。そして、いま人々が活発に動き出したタイミングで商品化された。「凍眠生酒」は、これから日本酒の存在感を大きく変えることになるだろう。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

千葉哲幸の最近の記事