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新橋の「やきとん屋」がコロナ禍に中目黒出店 異例の社員大量採用が成長の鍵に

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「やきとん まこちゃん」の串はずしりと重く1本160円(筆者撮影)

この度のコロナ禍は飲食業界にさまざまな現象をもたらした、それはマイナス面のことが目立つがプラスのこともたくさんある。これはマイナスの状態を乗り超えるべくチャレンジした結果が開花したということ。ここでの話は、まさにこれからの成長の道をつかんだというものだ。

圧倒的なお値打ちのやきとん

それは東京・新橋で「やきとん まこちゃん」という居酒屋をドミナント展開するマックスフーズジャパン(本社/東京都品川区)。同社は先代の西田眞氏が1968年に創業した。桜田公園近くにある新橋本店は外観を見た目で分かるが二つの物件をつなげていてシンメトリーになっている。つまり、創業の店舗が隣に空いた物件をつなげたということだ。18時を過ぎると満席になり、2~3のグループ客が入店できるタイミングを待っている。20坪の同店は1日3~4回転するという。

新橋では3店舗が営業。どの店も入店できるタイミングを待つお客が店頭で待機している(筆者撮影)
新橋では3店舗が営業。どの店も入店できるタイミングを待つお客が店頭で待機している(筆者撮影)

同店の一番の魅力は圧倒的なコスパの高さ、「名物秘伝たれ」をうたうやきとんが1本160円(税込、以下同)であること。しかも見た目に大きい。串を持つと重さを感じる。優に50g以上ある。このたれはこの大振りのやきとんにとても良くマッチして強烈に記憶に残る。一度体験すると「また行きたい」と思わせる。

新橋本店の店内。20坪のフロアが3~4回転している。接客担当の従業員が気さくに話しかけてくれるのが楽しい(筆者撮影)
新橋本店の店内。20坪のフロアが3~4回転している。接客担当の従業員が気さくに話しかけてくれるのが楽しい(筆者撮影)

現在の代表は先代の子息の西田勇貴氏(40)。2019年に事業継承をして先代が築いた“新橋ドミナント”の路線を継続していくつもりでいたという。

しかしながら、その翌年にコロナ禍となった。「サラリーマンでにぎわう街」が定着していた新橋ではお客が極端に少なくなった。そこで同社では、将来を見据えた対策に取り組んだ。

一番に注力したことは「社員の採用」。西田氏は「大手企業が人員整理を進めたと知って、優秀な人材を確保する絶好のチャンスだと思った」と語る。こうしてマネジャークラスの人材やデザイン事業に取り組むべくデザイナーなど十数人を採用した。コロナ禍にあってこれらの人材でさまざまな事業にチャレンジした。

まず、独自にカレーパンを開発してキッチンカーを行った。そして「まこちゃん」ブランドでやきとんの催事を行った。キッチンカーはガソリン代がかさみ、売上が大きく望めないことから撤退。催事は知名度と商品力によって好調、五反田の商業施設では2週間で900万円を売った。これは事業として定着するようになった。

店舗は新橋に5店舗あったが、一本通りを隔てた2店舗を閉店して近接する3店舗に集中した。この3店舗でも新橋で5店舗当時の売上と変わらない状態になった。先代から引きついだ事業の中に貿易事業があったが、これからは撤退して飲食業に集中することにした。

ビブグルマンの料理人がメニュー監修

コロナ禍ではオフィス街近くの飲食街にはお客が少なくなったが、お客が減らないエリアがあった。それは若者が集まる街である。そこで、同社では新橋一極集中ではなく、新橋とは異なる顧客がいる新天地を求めた。そこで見つけたのが中目黒で30坪の物件。東急東横線沿いで駅から100m程度の場所にあり、平日・土日祝とも関係なく若者でにぎわうエリアだ。

中目黒店の看板は「新橋で人気の『まこちゃん』が、おしゃれになって中目黒にやってきました」といったイメージを訴求(筆者撮影)
中目黒店の看板は「新橋で人気の『まこちゃん』が、おしゃれになって中目黒にやってきました」といったイメージを訴求(筆者撮影)

店名は「まこちゃん ナカメグロ」で2022年11月にオープン。サラリーマンの街新橋の繁盛店がおしゃれになって中目黒にやってきた、というイメージだ。西田氏は「ここで営業することは、リスクヘッジであり新しい客層を発掘すること」と語り、若者をターゲットにしたデザインで食事も楽しむことができる店づくりを心掛けた。内装はおしゃれとレトロを融合した「おしゃレトロ」。エントランスをくぐると大きな円形のカウンター席があり、内側には煮込みをつくっている大きな鍋が置かれている。料理への期待が膨らむ。

中目黒店の串は1本181円。串を持つとずしりと重さを感じることや「名物秘伝たれ」との絶妙な相性は変わらない。提供する皿が「おしゃれでレトロ」になっている(筆者撮影)
中目黒店の串は1本181円。串を持つとずしりと重さを感じることや「名物秘伝たれ」との絶妙な相性は変わらない。提供する皿が「おしゃれでレトロ」になっている(筆者撮影)

フードメニューはビブグルマン(ミシュランの評価で5000円以下の優れた店)を取得した料理人が監修。新橋の店と同様にやきとんが看板商品で1本181円、さらにこちらの店はでフードメニューのバラエティを充実させて「食事ができる店」のイメージをもたらしている。中でも“〆の逸品”と称している「まこちゃん鉄板もつ焼きそば」803円は印象深い。麺はこしのある太麺で茹で上げで250g、ホルモン60gとキャベツで やきとんの「名物秘伝たれ」をベースにしたソースを絡めている。

中目黒店は「食事ができる店」としてフードメニューに力を入れている。中でも〆の「まこちゃん鉄板もつ焼きそば」は「やきとん屋」ならではの特徴が際立っている(筆者撮影)
中目黒店は「食事ができる店」としてフードメニューに力を入れている。中でも〆の「まこちゃん鉄板もつ焼きそば」は「やきとん屋」ならではの特徴が際立っている(筆者撮影)

ドリンクは「名物 まこレモンサワー」616円と「瀬戸田レモンサワー」583円が印象深い。前者は店内仕込みの特製シロップにつけこんだ角切りレモンと少量のオレンジを配合。後者は広島県瀬戸田町産の無農薬レモンを低速ジューサーで絞ったもの。

客単価は3500円を目指したが、現状は2000~3000円という状態。お酒の杯数は新橋エリアが3.5杯であるのに対し、中目黒は2.5杯程度となっている。これは中目黒の特徴と言えることで、顧客は中目黒の飲食店のはしごを楽しみにしていることから。お酒の杯数や客単価も低めになる模様。狙い通りに20代のお客や新橋の「まこちゃん」を知る中高年など、さまざまな客層から愛される店となった。客単価が低めとは言え、昨年11月にオープンして以来、月商は1000万円を超えている。

伝統の「お客本位」は変わらない

「まこちゃん ナカメグロ」を利用して驚くことは、接客する女性従業員が20代そこそこと若いながらも、お客に積極的に語り掛けること。還暦越えの筆者が一人で飲食をしていたところ「うちのお店のことを楽しんでいますか」と語りかけてきた。それに対して私が「なんか楽しんでいないように見えましたか」と切り返したところ「いえいえ、当店ではお客様に元気になっていただきたくて、コミュニケーションを取るようにしているのです」と言ってくれた。

中目黒店はエントランスを過ぎると大きな円形のカウンター席が印象的。お一人様やカップルにとって使い勝手がよく席効率も高い(筆者撮影)
中目黒店はエントランスを過ぎると大きな円形のカウンター席が印象的。お一人様やカップルにとって使い勝手がよく席効率も高い(筆者撮影)

代表の西田氏も「新橋では当店を利用してくれたお客様に『明日も頑張ろう』と思っていただけるような対応を伝統的に行なっている」と語る。新橋一極集中から脱して、新天地で新しい客層を発掘することを志すようになっても、お客本位の文化は継承されている。

マックスフーズジャパンでは、これから直営で店舗展開を推進していくのではなく、ステルスFCに力を入れていくという。これは加盟するオーナーが自由に屋号を決めることができて、原材料の仕入れを本部から行うという仕組みのもの。具体的には、まこちゃんオンリーワンの「名物秘伝たれ」や食材のもつを同業者に卸すビジネスを準備中だ。既存の居酒屋が商品力を高めるためにこの仕組みを活用するということも考えられる。また、飲食店経営の経験が浅くても、この仕組みによって高い商品力を持って飲食業をスタートすることができる。

さらに依頼があっては同業者のコンサルティングも受け入れるようにしている。デザイン事業を整えたことから、ロゴやメニューの製作を受け入れることもができる。このように同社では、コロナ禍にあって“選択と集中”に徹し、コロナ禍が落ち着いてきたいま、それが大きく開花しようとしている。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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