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人口減少・高齢化の街でなぜもつ鍋店が繁盛するのか 大分・竹田市「陽はまたのぼる」経営の秘訣とは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「陽はまたのぼる」の氏田善宣氏。第8代居酒屋甲子園理事長も務める(筆者撮影)

地方都市では住民の高齢化と人口減少が大きな問題になっている。大分県竹田市も同様、国勢調査によると令和7年(2025年)の人口推計値は、2万人を割り込み1万8356人、老年人口(65歳以上)が50.7%となっている。この環境の中で「街を元気にしよう」と奮闘している飲食事業者がいる。それは「陽はまたのぼる」を経営する氏田善宣氏。起業したのは2012年5月。現在、竹田市内に3店舗、車で約1時間離れた大分市内で3店舗を展開している。人口が減少していく街でどのような展望を抱いているのだろうか。

「陽はまたのぼる」の3店舗が集まるエリアは竹田市内の一等地とされるが人通りがなく閑散としている(筆者撮影)
「陽はまたのぼる」の3店舗が集まるエリアは竹田市内の一等地とされるが人通りがなく閑散としている(筆者撮影)

地元がシャッター通りになっていた

氏田氏は1983年5月生まれ、大分県竹田市出身。21歳より福岡市内の飲食業で働く。同社のもつ鍋店を担当しノウハウを習熟。2009年5月WOOD HOUSE(株)を設立、飲食業勤務を続けながら福岡市内での開業を図る。28歳当時に地元竹田市を訪れたところ街がシャッター通りになっていることに愕然として、竹田市内に戻りながら福岡市内での開業準備と二重生活を過ごす。

竹田市内には氏田氏と同世代かちょっと先輩という地元の商店の後継者がたくさんいて、彼らと月に一度のペースで飲み会をするようになった。メンバーは40人50人になって、竹田の将来を語り合っていた。

しかし自分は福岡市内での開業準備を進めている。にぎやかな街でお金を稼ぎたい。かたやこっちで商売をしようとなると、人口は少ないし商売ができるのだろうかと。これから福岡で開業してしまうと、自分は竹田を捨てることになるのか。いや、この街で商売をやるというのは一つの選択肢になると。お金持ちになりたいということではなく、もっと図太く「何のために商売をするのか」と、すごく悩んだが竹田市内で生きていくことを選択した。福岡での開業はいずれこの先のことと考えて「竹田の街を元気にしよう」と決断した。

創業の物件は20坪の2階建て。氏田氏一人で始めたことから1階だけ10坪、カウンター5席、テーブル8席の店を、手元資金300万円を入れてつくった。

竹田市の人口は少ないとは言え、ブルーオーシャン的な要素を感じ取っていたという。竹田市の湧水は環境省の名水百選に選ばれていて、おいしい豆腐をつくっている人がいる。農業が盛んで名水で育った野菜を使う。店の料理は竹田市内にはない氏田氏が得意な「もつ鍋」にした。

創業店舗の「陽はまたのぼる竹田本店」、古民家を改造。20坪で家賃が5万円。後に焼き肉店「竹田タン処 かとう」をオープン(筆者撮影)
創業店舗の「陽はまたのぼる竹田本店」、古民家を改造。20坪で家賃が5万円。後に焼き肉店「竹田タン処 かとう」をオープン(筆者撮影)

テイクアウトから商売をスタート

開業してすぐは「もつ鍋セット」のテイクアウトと全国発送から始めた。店のことを知ってもらうために、地元の人にチラシをまいて、友人知人に電話して注文してもらい、さらに全国発送も行った。商品は、もつに野菜、スープ、麺をセットにして。袋から空気を抜く機械を2万円で購入。これを冷凍にして発泡スチロールの箱に入れて届けた。1セット3人前で3000円。お届け先には「こんど店を営業しますから食べに来てください」と宣伝して、初月150セットを売った。

最初に手掛けた「もつ鍋セット」のテイクアウト、全国配送はいま年間500万円の事業に育っている(筆者撮影)
最初に手掛けた「もつ鍋セット」のテイクアウト、全国配送はいま年間500万円の事業に育っている(筆者撮影)

飲食店の営業は開業翌月の6月。お客はすぐに定着しないだろうと考えて「もつ鍋セット」は飛び道具的に継続していた(これがいま通信販売として年間500万円の事業に育っている)。この年の7月下旬から突然忙しくなり、2階を改造して10月に拡張オープン。ここで社員を1人入れた。

「もつ鍋」は季節指数が高い。冬場が強いが夏に弱い。修業していた福岡では観光の要素があるので夏に減ったとしても3割程度。それが竹田の場合は3分の1くらいになってしまう。そこで、竹田本店の裏に20坪2階建ての物件を借りて2014年4月に焼き肉店を出店した。焼き肉店は夏に売上が伸びる。本店と焼き肉店が一つの店となって年間の売上を保つという仕組みをつくった。

2019年10月これら店の斜め向かい側にスナックを開店。本店、焼き肉店で食事をしたらスナックに行く。スナックにはこの二つの店から出前もできる。こんな形で、街のニーズをきちんとつかみ取っていった。

その街初の商売は値決めができる

大分市内での商売も意欲的だ。大分への出店は竹田市内の創業店が軌道に乗った翌年、2013年4月「陽はまたのぼる府内店」で25席くらい。ここから社員が3人増えて多店化していった。府内店の近くに大箱の物件があってここも押さえた。現在の「陽はまたのぼる竹田はなれ店」でこの年の10月オープン。30坪からスタートし、後に府内店を閉店して、現在の70坪100席に整えた。同店はいま大分を代表する繁盛店となっている。

さらにチャレンジを展開。大分市内には駅前からのびるアーケード通りがあってにぎわっている。これが大分市内の一等地。しかし、氏田氏は別の動線をつくろうと考えた。それは駅前の左側でアーケード通りよりも駅に近いのだが飲食店がない。そこで、その新しい動線の足掛かりになる店として4.5坪の「せんべろお町」を2019年5月に出店した。ここで手応えを得たことから、その裏手の路地に小さなビジネスホテルを1棟購入。

ここの1階に2022年4月「愛心包(アイシンバオ)」という四川小皿料理の店を出店した。そして7月、2階にプライベートサウナ「竹」をオープンした。サウナで汗を流すと食事がおいしくなる。そこでサウナに入って下にある中華を食べてもらいお一人様8000円のレジャーという流れになることを想定している。

氏田氏に業種・業態を決定するポイントについて聞いた。

「それは商圏300mの圏内に同じ店がないこと。その街にとって初めての業種・業態となれば自分たちで値決めができる。そこで中国料理歴35年の職人を招いてクオリティの高い専門店にした。メニューの価格は他に比べる店がなく、例えば麻婆豆腐は居酒屋にあるものとはまったく異なることから1180円にした」

圧倒的に固定費が低いことの魅力

居酒屋業界には「居酒屋甲子園」という全国組織の勉強会が存在している。氏田氏のチーム「陽はまたのぼる府内店」は2014年の第9回全国大会に登壇するチャンスを得て、初エントリーながら日本一になった。発表したテーマは「地方創生」。この内容の熱さが審査投票する会場の5000人(パシフィコ横浜国立大ホール)から大いに賛同を得た。

2014年の第9回居酒屋甲子園では「地方創生」をアピールして初エントリーながら「日本一」に輝いた(NPO法人居酒屋甲子園提供)
2014年の第9回居酒屋甲子園では「地方創生」をアピールして初エントリーながら「日本一」に輝いた(NPO法人居酒屋甲子園提供)

居酒屋甲子園で日本一となり何か変化はあったのか。氏田氏はこう語る。

「これと出合う前は、陽はまたのぼるというブランドでチェーン展開をしようと思っていて、大分の後は福岡、そして最終的に東京に行こうと考えていた。それが居酒屋でこの街を元気にしたいという発想に切り替わった。当社の商売は季節指数が高いことで悩んでいたこともあり、地域の人に必要とされるものをつくっていかないといけないと。これが私たちの街づくりであり、当社が目指す方向性になった」

とは言え、人口が減って高齢化していく街の中にあって、ここで商売を続けていくことに不安はないのだろうか。

「かつて『坪月商幾ら』ということを考えたことがあるが、それは東京の渋谷、新宿の店とはまったく比べものにならない。しかし、ある時、竹田での数字の取り方が渋谷、新宿とまったく違うということに気が付いた。すると、これはビジネスとしてやっていけるなと確信した」

そのポイントは竹田市内での商売は圧倒的に固定費が低いこと。例えば、竹田本店の20坪のもつ鍋屋がある場所は竹田市内の一等地。ここの家賃は5万円。隣の焼き肉屋は40坪で家賃が4万円。これらの店は月に200万、250万円を売っていて家賃比率は1.5〜2%。それぞれ社員1人、ほかアルバイト5~6人で営業。各店が重ならないように月に6~7日休業している。このような状況にあって月に50万〜80万のお金を残すことができる。

「『陽はまたのぼる』の立ち上がりは『水』ということからスタートしている。水とは資源でありその街にしかないもの。例えば、ここでワサビをつくったとする。その横にそば屋をつくった、その隣にゲストハウスをつくった、という形で広げていきたい。こういう流れをつくっていくと、若い子たちもやってみたいと思ってくれるのではないか」

竹田市内には近年クラフトマンシップの工芸家たちたが移住してきている。ウェブ社会が充実していることから、作品の販路は竹田市内にいながら全国ネットで広がっている。このような情報は都会にいては埋没しがちであるが、竹田市内においては大きくクローズアップされる。

飲食業界には「店づくりは街づくり」という表現がある。氏田氏が竹田市内で商売に真摯に取り組んでいる姿勢が、人口減少問題を超える世界を構築しつつあるように感じられる。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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