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「本物の日本食」定着のパイオニア カナダ「ZENジャパングループ」が日本料理人を手厚く支援する理由

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
カナダで本物の日本料理を定着させた柏原清一氏(ZENジャパングループ提供)

日本料理人として海外で働こうとする人が増えている。その理由は、海外で日本料理の需要が増えていくこと。それにもかかわらず本格的な日本料理店が少ないこと。このような背景から、海外では技術を持った日本料理人が求められ日本で働く以上に高い報酬が得られるからだ。そして、競争が激しい日本の飲食業界と比べると、海外では成功する可能性が高いと言える。

このようなキャリアを自ら実践し、そしていま日本からの日本料理人の受け入れに熱心な飲食業がある。それはカナダの「ZENジャパングループ」。同グループの中心となるレストランは「Zen Japanese Restaurant」。この代表を務める柏原清一氏の談話から、柏原氏のカナダにおける足跡と、日本料理人を受け入れることについての考え方を紹介しよう。

カナダにおけるすしの発展・成熟を体得

柏原氏は1958年8月東京生まれ、神奈川県逗子市で育つ。横浜の調理師専門学校を卒業後、すし職人として修業を積む。米国シカゴで駐在員をしていた父の影響で、海外で働くことを夢見るようになった。

時代は「カリフォルニア・ロール」が流行していた1970年代後半から80年代前半、ハワイですし職人をしていた先輩の影響を受けて海外で働くことを確信。父の友人から「カナダ・オタワですし店を営んでいる人がすし職人を探している」と紹介され、その従業員としてオタワに渡る。1983年、25歳であった。柏原氏はこう語る。

「当初、魚が全然なかった。獲れたてで生け簀に入った魚を見て喜んでいる夢を見たほど」

「しかし、この頃すしはカナダで『low fish』と言われていて、食文化としては早すぎたようだ」

このような環境にあって、一緒に働きだした人は次々と辞めていった。柏原氏は父の友人の紹介だったことからなかなか辞めることができず3年ほどここで働いた。

「もっと稼ぎたい」とカナダ一番の都会・トロントに移った。そして、すし職人としていくつかの日本料理店を渡り歩いた。

中でも高級日本料理店の「Masa」では10年間勤務しヘッドシェフを任されていた。しかしながら、同店のオーナーがリタイアするという。ヘッドシェフをしていたことからなかなか転職先が見つからない。そのときトロントのスカバロー地区で飲食店を営んでいた日本人経営者から「リタイアしたいが、仕事ができる人に任せたい」という話をいただいた。これが「ZENジャパングループ」の原点となる店である。1999年にこの店に入り、2000年に同店を引き継いで独立を果たした。

「本物の日本料理」を提供する「ZENジャパングループ」の各店舗はおもに中国人の富裕層からの人気が高く根強いファンが存在する(ZENジャパングループ提供)
「本物の日本料理」を提供する「ZENジャパングループ」の各店舗はおもに中国人の富裕層からの人気が高く根強いファンが存在する(ZENジャパングループ提供)

「Zen」のブランドでグループを形成

カナダの鮮魚流通は2010年ごろから画期的に進化するようになり、すしは憧れの食事となっていった。また、2013年に日本料理人としての実績を積んでいた佐藤健志氏が「Zen Japanese Restaurant」に入り総料理長に就任(後述)、同店は高級日本料理店の風格を身に付けるようになった。この頃、中国の富裕層がトロントに移住するようになった。特に、郊外の住宅地であるマーカム市でこのような事例が多く、「Zen Japanese Restaurant」はこの街に移転する。2015年のこと。この狙いは的中し、同店は常連客に中国人富裕層が多い高級日本料理店として評判を呼ぶようになった。

2022年にカナダで初めて発表されたトロント版『ミシュランガイド 2022』で一つ星を獲得した12店舗が紹介されていて、この中に中国系カナダ人で高校生の時からすし職人を志して「Zen Japanese Restaurant」で修業、独立開業した「匠心(Shoushin)」が入っている。このようにカナダ国内においても「Zen Japanese Restaurant」はすし職人にとっての登竜門となっている。

また、柏原氏はトロントに本格的なうどん店を紹介しようと日本国産の小麦粉と天然出汁の讃岐うどんの研究を進め、2019年に「Zen Japanese Restaurant」の発祥の地であるスカバロー地区に「Zen Sanuki Udon」を出店した。

「Zen Japanese Restaurant」の店舗規模は90坪で従業員は14人。メニューは「おまかせコース」で客単価は日本円で2万3000円程度。トロントのあるカナダ・オンタリオ州は消費税が13%でチップの相場は15%になっている。チップの金額は上がる傾向をみせている。ちなみに「Zen Japanese Restaurant」ではチップの分配ルールを設けていて、キッチンが40%、ホールが60%となっている。一方の「Zen Sanuki Udon」は60坪、従業員12人で客単価3500円程度となっている。

「Zen Japanese Restaurant」「Zen Sanuki Udon」、そして「Zen Japanese Restaurant」の元総料理長、佐藤健志氏が独立開業した「割烹佐藤」(後述)を含めて3店舗で「ZENジャパングループ」を形成している。「ZENジャパングループ」の店舗には「Zen Japanese Restaurant」が培ってきた店の運営ノウハウを提供したり、資金援助も行う。トロントで「Zen」のブランドは良く知られるようになり、これを店舗の告知に活用することによって顧客から絶大な信頼を獲得することができる。「ZENジャパングループ」への加盟期間は10年が上限で、それを過ぎると完全なる独立店となる。

「Zen Japanese Restaurant」の店内には凛とした上質の空気が漂っている(ZENジャパングループ提供)
「Zen Japanese Restaurant」の店内には凛とした上質の空気が漂っている(ZENジャパングループ提供)

ワークビザ、永住権獲得を支援

「ZENジャパングループ」では冒頭で述べたように日本からの就労希望者を歓迎している。これは国籍が異なると考え方も異なり高級日本料理店として束ねていくことが困難になるからだ。

また、柏原氏は「高度な調理技術がなくても大丈夫」という。その理由は、日本とカナダでは嗜好が異なるからだ。同店の常連客である中国人の場合は、すしタネでは、ウニ、トロ、ハマチ、サーモンといった味がはっきりとした魚を好む傾向がある。そこで、日本料理の調理技術で実績を積んだ人も、同店で現地の顧客の嗜好に合わせた調理を体得してもらう。

カナダではワーキングホリデー(ワーホリ)があることから、日本人でワーホリを利用して同店で就労した人がワーホリ期間終了後に同店での就労を希望した場合、同店ではワークビザを取得するための保証人になる。また、永住権を希望する場合はそれを取得するための支援を行う。また、日本からカナダにやってきてワークビザを取得する場合は日本での調理師経験が必要となる。

■「ZENジャパングループ」でキャリアを磨く料理人たち(一部)

・佐藤健志氏/「なだ万」「うかい亭」などで日本料理人の経験を積んだ後、2011年カナダで公邸料理人となる。この当時柏原氏と出会い、柏原氏の「フュージョンではない純粋な日本食、すし会席をやりたい」というビジョンに共感、2013年「Zen Japanese Restaurant」に入る。「ZENジャパングループ」が現在日本料理のコースで定評を得ているのは佐藤氏の功績が大だ。2022年に独立し「割烹佐藤」をトロントに開業。客単価3万円。

・卞(べん)麻琴氏/2017年にワーキングホリデーによってカナダで就労。ワークビザで居酒屋やカナダ系のフュージョン日本食レストランなどで4年間働いた後「Zen Japanese Restaurant」に入る。使用している食材が高級で、料理の一つ一つが繊細で高いレベルにあることに感銘を受け、誇りとしている。女性に対して丁寧な環境にあり「女性が働きやすい職場」の中で自身の技術向上に努めている。

・関雅志氏/「つきじ植むら」「うかい亭」などで働くなど日本料理人として10年以上のキャリアを積む。2018年「Zen Japanese Restaurant」で働くためカナダに移住。同社のサポートによってワークビザを得て永住権も取得。現在キッチン部門の責任者を務めていて、同社がグループという体制で事業を拡大していくことで、自分に求められる役割が大きくなることを認識して業務に励んでいる。

■「ZENジャパングループ」の待遇(飲食業界の一般事例も含めて)*日本円換算

・一般社員で400万円+チップ

・料理人で5年以上の経験者は650万円+チップ

・店長は750万円+チップ

*ベテランウエイトレスとなるとチップはもっと高くなる(ただし基本給は低い)

*「すしバー」の業態ではチップは300万円以上となる

このように待遇はいいが、トロントでは物価が高い(特に家賃)。「ルーム」と言って、一軒家の中の部屋を借りるだけで最低6万円。日本でいうマンション、ダイニングとベッドルームが一緒になった小さい部屋で10万円。一軒家となると20万円程度となる。

■カナダの基礎知識(トロント、カナダの生活情報サイト『TORJA』より)

(1)女性が働きやすい街、世界第1位

『Bloomberg』の2021年調査で、トロントが「世界で一番女性が働きやすい街」と認定された。世界の15都市(シドニー、シンガポール、パリ、ロンドン、ニューヨーク、ソウル、東京など)を安全、産休制度、収入、平等、通勤のしやすさを重視して比べたところ、トロントは平等さ、産休制度、収入の高さで高いポイントを得た。

カナダで平等さや産休制度が重視されているのは移民の受け入れに理由があるという。20代から50代の働き盛りの女性の移民が年々増えてきており、カナダでは移民女性に手厚いサポートをする制度に力を入れている。

(2)安全な都市、世界第2位

経済誌『The Economist』の「Safe Cities Index 2021」でトロントが世界2番目に安全な場所だとランキングされた。この調査では身の回りの安全だけではなく、デジタル・セキュリティ(オンライン環境においての安全性)、ビルなど建造物の安全性、市民の健康、自然災害などからの安全性も分析されている。1位のコペンハーゲンとのポイントの差はわずかに0.2%。

ちなみに、柏原氏はカナダの日本レストラン協会(JRAC)トップのプレジデントを務めていて、日本食普及に努めている。柏原氏はこう語る。

「ZENジャパングループはカナダにおける日本食振興・普及のパイオニアであることを目指しています。その心は海外で日本食を広められてこられた先人・先輩たちへの感謝の気持ちと、日本のために貢献したいという思いによるものです。カナダで働きたいという人材にもその心と目指す目標と夢が一緒である同志を求めています」

 カナダで本物の日本料理を定着させた開拓者の真摯な感慨である。

ZENジャパングループは、カナダにおける日本食振興・普及のパイオニアであることを目指して「本物の日本料理」を伝えている(ZENジャパングループ提供)
ZENジャパングループは、カナダにおける日本食振興・普及のパイオニアであることを目指して「本物の日本料理」を伝えている(ZENジャパングループ提供)

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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