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大阪郊外の焼き鳥居酒屋が“鶏の総合商社”へ 攻め続ける創業者が描く未来とは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
野乃鳥の創業社長の野網厚詞氏。東京・日本橋の店で自ら焼き場に立つ(筆者撮影)

昨年11月、東京・日本橋にある飲食ビル・GEMSの6階に「野乃鳥」という焼き鳥居酒屋がオープンした。焼き鳥居酒屋と表記すると“大衆”をイメージさせるが、同店の場合は趣が異なる。店内の大部分を占めるロングカウンターがオブジェのようで、トーンを落とした照明がディナーレストランの雰囲気を醸し出す。客単価は8000円前後。

オープンして間もなく予約が必要な店となり、いまでは平日、週末共にまんべんなく満席になっている。この店は今日の焼き鳥居酒屋のトレンドと言えるが、その背景には同社が焼き鳥事業に臨む盤石な体制をつくってきたことが挙げられる。

ロングカウンターと照度を抑えた照明がディナーレストランとしても趣を感じさせる(筆者撮影)
ロングカウンターと照度を抑えた照明がディナーレストランとしても趣を感じさせる(筆者撮影)

生産者とつながり鶏肉卸を買い取る

この店を経営するのは野乃鳥(本社/大阪府池田市、代表/野網厚詞)。代表の野網氏(49)は1998年5月、25歳のときに大阪・池田市に7坪の焼き鳥居酒屋をオープンしたことに始まる。大衆路線で地元客から愛されてよく繁盛した。現在は、関西に10店舗、昨年4月東京に進出して新宿三丁目に出店、日本橋の店は東京2店目にあたる。

野網氏は1号店を出店した後、急ピッチで展開して、経営的に大変な時期を2~3年経験したという。しかし、そのような状況にあってもよい食材を仕入れたいと常日頃思っていて、飲食業は生産者と一緒になって取り組むことが重要だと考えるようになった。

現在使用している鶏肉は「播州百日どり」「ひょうご味どり」「丹波黒どり」「丹波赤どり・播州赤どり」の4種類。野網氏は創業以来農協がつくっていた「播州百日どり」を仕入れて、セントラルキッチンでさばいて各店舗に配送していた。それが10年くらい前にこの鶏がなくなる可能性があることを耳にする。そこで農協に「何か協力できることがあったら私にやらせてください」と申し出たところ、野網氏は養鶏事業所の業務コンサルタントに任命された。焼き鳥居酒屋の経営をする一方で、コンサルタントとして生産と向き合いながら、その広げ方について日々考え活動をしていった。

さらに農業高校の教師と交流するようになった。あるとき「授業で鶏を育てているが、それを買ってくれる先がない」と打ち明けられる。そこで野網氏はこのようにひらめいた。

当時、兵庫県の研究センターには名古屋種と、薩摩鶏をかけ合わせて、26年くらいかけて品種改良を重ねているというマニアックな研究者がいた。この「ひょうご味どり」の食味は評判が高かったがコストがかかることから生産を止めるらしい。であれば、農業高校の授業で育ててもらって、それを野乃鳥が買い上げてお客に広げていけばみんなウィンウィンではないかと。この仕組みを9年前につくり上げた。いまではこの農業高校から年間800羽を買い入れている。

そしてコロナ禍を迎えた。野乃鳥では2020年3月にアイユー食品という鶏肉卸の会社を事業継承した。同社は大阪のキタから神戸・三宮の阪神間の小さな焼き鳥居酒屋、給食センターなどと取引をして年商2億円程度。野網氏はこの3年前あたりから事業継承をして最初は雇われ社長であったが、買い取ることにした。

野乃鳥としてはそれまで鶏肉の生産に取り組んできて、そこに鶏肉卸の会社が直営で入った。そこで野乃鳥では「鳥、まるごと。」という理念を打ち出し、生産者から消費まで一貫して行うことができるようになった。

客単価別、客層別に業態を展開

野乃鳥では現在、展開している業態がざっと3つに分かれている。

まず創業の店舗は「本店」となりカウンター6席の完全予約制で、客単価は1万2000円くらい。東京・日本橋の「野乃鳥」は36坪30席で8000円前後。これらは「THE野乃鳥」に位置づけている。

次は「野乃鳥スタンダード」というカテゴリー。大阪のなんば、梅田といった繁華街や茨木、千里丘といった住宅街で展開していて3500円から4500円前後。

さらに、コロナ禍にあってオープンした「KOBE YAKITORI STAND」という若者向けの業態がある。この店をつくったきっかけは同社が兵庫の鶏肉にこだわって営業していることから、神戸・三宮駅高架下の商業施設に出店するオファーがあった。そこで、若い人たちに気軽に焼き鳥とワインを楽しんでいただこうとビストロ風にした。2021年1月オープン。客単価2500円。同じバージョンで昨年4月東京・新宿三丁目にオープン。同店の客単価は3500円。

これまで同社の店の客層は男性7割、女性3割であったが、このバージョンは女性7割、男性3割。同社ではこれまで中高年向けの店をつくっていたが、これからの経営環境を考えるとMZ世代(20代から30代半ば)に向けた取り込みは的を射たものと言えるだろう。

同社では三宮の店の繁盛がきっかけとなり東京で出店するオファーを得た。時代はコロナ禍であるが、野網氏は「これからは東京から発信することがチャンスになる」と考えた。今年は人形町と虎ノ門ステーションタワーに出店する計画があり、これから東京をベースに考え、代表である野網氏が活発に動けるように本社や関西の仕組みをつくり込んでいるという。

鶏卵のスイーツを商品化

野乃鳥の強さとはどのようなものか。野網氏はこのように語る。

「私は飲食店の現場に入っていて、目の前のお客様と触れ合って『このような商品をお出ししたい』ということを常に考えている。このような目線で生産者に提案できることが当社の強み」

先にコロナ禍にあって、卸の会社を買い入れたことを述べたが、野乃鳥ではこの間「鳥、まるごと。」の理念に基づいた六次化の企業集団を形成している。

鶏や鶏卵の生産者として「ヤマモト」と「加味鳥」、さらに本拠地・池田市で食を通じた街づくりを推進する「IRC」があり、卸業の「アイユー食品」、飲食業の「野乃鳥」が存在する。

これらの中で加味鳥の最近の動きにこのようなものがある。かつて農協がつくっていた有精卵の「播州地卵」事業を地元の農林公社が引き継いだが、それを止めるというタイミングで同社が法人化して、その生産を引き受けることになった。そして事業再構築補助金を元に2022年6月「トリマルシェ多可町(たかちょう)」(兵庫)を野乃鳥プロデュースでオープンした。物販に飲食を併設した直売所である。

野乃鳥プロデュースで昨年6月にオープンした「トリマルシェ多可町(たかちょう)」は物販に飲食を併設した直売所(野乃鳥提供)
野乃鳥プロデュースで昨年6月にオープンした「トリマルシェ多可町(たかちょう)」は物販に飲食を併設した直売所(野乃鳥提供)

また、この卵を使用した「ファーブルトン」というスイーツを開発した。これはフランスの焼き菓子でカスタードプディングのような食感が特徴。当社の企業集団のマルシェや、百貨店での催事で販売し、野乃鳥の飲食店でもスイーツとしてメニューに入れている。

鶏卵で商品化した焼き菓子「ファーブルトン」は百貨店の催事で人気となっている(野乃鳥提供)
鶏卵で商品化した焼き菓子「ファーブルトン」は百貨店の催事で人気となっている(野乃鳥提供)

若い従業員が活躍するステージ

野乃鳥ではコロナ禍にあったこの間、社員を約20人採用した。特に三宮店を出店したことで若い従業員が増えた。

若い従業員の働くフィールドを増やすということについて、まず今の店舗の状況で効率的な体制をつくっていく。アイユー食品の兵庫県伊丹市にあるセントラルキッチンはその大きな役割となって品質を安定化させるとともに現場負担も減らしていく。野網氏はこう語る。

「これから店数を増やすことを一番に考えていない。これまで整えてきた企業集団によって、鶏の総合商社としてのポジションをつくっていく」

「飲食で独立したい社員にはそれを支援したり、ライセンス契約で相手の会社を応援したり。当社が持つ流通とマネジメントノウハウで協力していく。このような姿勢の企業であることを、当社の本部長は面接に来た若い人たちに伝えている」

「東京のお客様にいいものを体験していただき感動していただく、こういうことを私たちのスタンスでできれば評価していただける。このようなことを積み重ねていく。これが成功体験となるとどんな場所でも営業できる力になるはず」

これらの野乃鳥のストーリーはさまざま教訓をもたらしている。まず、どんなときも「攻めの姿勢を取っていく」ということ。食に関わる事業を推進するものは生産とつながることが重要。ここに流通が加わることで、さらに効率よく充実した商品を提供できる。飲食業は、客単価、客層別の業態設計とさらにMZ世代に向けた取り組みが重要。野網氏は自社の取り組みについて「鶏の総合商社」を標榜して、さらなる事業の広がりを描いている。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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