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『東スポ』餃子vs『夕刊フジ』小籠包 社運を賭けた“おつまみ競争”の行方はいかに

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
『東スポ』『夕刊フジ』それぞれの強さが食品に託されている(『東スポ』提供)

『東京スポーツ』(以下、東スポ)が昨年9月に餃子を販売開始、続いて今年7月『夕刊フジ』が小籠包の販売を開始している。

『東スポ』の創刊は1960年、『夕刊フジ』は1969年、共に仕事帰りのビジネスマンをターゲットにした夕刊紙である。政治・経済・社会現象からエッチな話まで網羅し、読者にとって話題づくりの種となり、元気をもたらす紙面づくりを展開している。

これらを取り巻く環境を簡潔に述べると、いま紙媒体は部数減が続いている。新規事業に取り組むことは喫緊のテーマ。この両社とも面白半分で食品事業に着手したわけではない。社運を賭けた事業なのである。

では、『東スポ』『夕刊フジ』が、なぜ餃子なのか? なぜ小籠包なのか?

国産の食材でクオリティが高い

『東スポ』では2021年9月より「東スポ餃子」を販売。餃子を推す町の宇都宮市に本拠を置く大和フーズが製造、青森産のニンニクを同社の標準的な商品の3倍使用。食材は国産。ニンニク3倍ということで「ニンニクマシマシ」がキーワード。

商品は業務用50個入り2484円(税込)を通信販売することから始まり、自動販売機1号店が同年11月より小田急線・千歳船橋駅近くの持ち帰り餃子専門店で冷凍餃子15個1000円で発売された。その後、製造元の大和フーズのホームページで「東スポ餃子が食べられる店」が公表されている。

「東スポ餃子」が生まれた背景と展望について、東スポ餃子広報担当の佐藤浩一氏が解説してくれた。

『東スポ』が餃子販売に取り組むことになったきっかけは、同社取締役編集局長・平鍋幸治氏のひらめきという。新規事業の立ち上げで「食に行こう」と決断した。2021年夏のことである。平鍋氏は総合商社の戸田商事(本社/東京都千代田区、代表/戸田学)と接点があり、その傘下となった大和フーズの餃子に着眼した。「東スポ餃子」は名義貸しといったライセンスビジネスではなく、『東スポ』が企画した『東スポ』のオリジナル商品である。

『東スポ』の歴史に残る代表的な記事タイトルは「マドンナ痔だった?」「フセイン・インキン大作戦」「人面魚 重体脱す」。一般紙とは一線を画した独自性、意外性が本分である。その同紙が餃子を手掛けること自体、意外性以外のなにものでもない。

「50個入り」の業務用から始まり、「15個入り」の個人向けの商品も用意されるようになった(『東スポ』提供)
「50個入り」の業務用から始まり、「15個入り」の個人向けの商品も用意されるようになった(『東スポ』提供)

“マシマシ”という「東スポらしさ」

では、なぜ『東スポ』が餃子なのか。それは「酒を飲みながら『東スポ』の話題で盛り上がり、餃子はそこでのつまみ、という親和性がある」(佐藤氏)から。そこで意外性・独自性の『東スポ』らしい餃子として「ニンニクマシマシ」が充てられた。冷凍餃子はスーパーマーケットやコンビニで大手メーカーの商品やPBが「12個入り198円(税別)」で販売されている。ここで「東スポ餃子」が同じ土俵に立つと埋没してしまう。そこで「東スポ餃子」は価格訴求ではなく、使用食材が国産で安心・安全でクオリティが高いことを基本的に備えた。

では「東スポ餃子」が持つ強みとは何か。それは『東スポ』という媒体のネットワークや発信力である。さまざまなタレントや著名人のブログで発信、「全日本プロレス編」ではプロレスラーが「東スポ餃子」を愛食するシーンのYouTubeも作成した。

「東スポ餃子」に続く『東スポ』食シリーズの第二弾として「東スポからあげ」を今年4月より販売開始。「東スポからあげ」を扱うラーメン店「元祖札幌や」(東京都品川区)が日本唐揚協会主催の「第13回からあげグランプリ」東日本しょうゆダレ部門で金賞を獲得(2022年3月31日発表)して、それをパッケージにうたっている。

鶏肉は国産鶏で希少部位の「肩小肉」。これはジューシーなモモ肉とあっさりとしたムネ肉の中間の食味でからあげに向いている。ここでも青森産ニンニクをふんだんに使用して「ニンニクマシマシ」をうたっている。業務用1袋1キログラムで2484円(税込)。

紙面も食品も突っ込みどころが満載

「東スポからあげ」の飲食店でのキャンペーンも展開している。初の試みは8月3日から3日間、居酒屋チェーンの「筑前屋」神田店で開催。筑前屋のからあげと「ニンニクマシマシ」の「東スポからあげ」の食べ比べセットを販売、お客とミス東スポ2022グランプリとのジャンケンゲームで盛り上がった。この催しを「東スポからあげが筑前屋に殴り込みだ~‼」と『東スポ』紙面でアピールした。

「東スポからあげ」と居酒屋チェーンの「筑前屋からあげ」の食べ比べを期間限定で行った(筆者撮影)
「東スポからあげ」と居酒屋チェーンの「筑前屋からあげ」の食べ比べを期間限定で行った(筆者撮影)

『東スポ』食シリーズを展開する中で総合食品商社の日本アクセス(伊藤忠商事100%子会社)との関係性が生まれ、販売網が拡充するとともに新商品の企画も立ち上がっている。7月4日から「東スポ餃子」の小売り用(15個入り、税込645円)を発売。さらに食シリーズの第三弾として「東スポポテトチップ」が11月下旬より発売される。こちらは炭火焼鶏味で「タレマシマシ」。

前述の「マドンナ」「フセイン」「人面魚」が象徴するように、『東スポ』は突っ込みどころが満載である。「東スポ餃子」「東スポからあげ」も同様。「なぜ東スポが餃子なのか?からあげなのか?」は仕掛け方によってはSNSでバズることになるだろう。商品は「安心・安全」で「クオリティが高い」。『東スポ』という媒体になじみがなかった人にとっても、商品を手にしてリピーターとなる可能性は高い。

食品・居酒屋で読者に寄り添う

一方『夕刊フジ』の小籠包はこうだ。

正式名称は「夕刊フジ飯店・生姜小籠包」。製造しているのは台湾食品のメーカーで販売店も展開するBull Pulu。具材に入れる生姜は高知県産で、その使用量はBull Pulu既存商品の量の10倍にしている。これによって小籠包の中のスープはマイルドな辛味があり香りがたっているのが特徴。これらを横浜中華街の上海焼き小籠包の有名店「鵬天閣」が監修している。

商品は冷凍の小籠包30個入りに、特製黒酢タレとBull Puluで人気の台湾茶16杯分をセットにして3456円(送料・税込)。これを「夕刊フジ飯店」シリーズの第一弾として、7月29日からBull Pulu通販、Amazon、産経iDの各通販サイトで販売している。

『夕刊フジ』ではこれらの商品を今後「夕刊フジ飯店」としてシリーズ化していく(筆者撮影)
『夕刊フジ』ではこれらの商品を今後「夕刊フジ飯店」としてシリーズ化していく(筆者撮影)

この販売に際して、「孤独のグルメ」の原作者であり『夕刊フジ』で毎週金曜日にコラム「するりベント酒」を連載している久住昌之氏が「夕刊フジ飯店・生姜小籠包を食べての感想」を語るYouTube動画が公開された。ここで久住氏は「生姜が効いて、爽やかでうまい」とコメントを寄せている。

『夕刊フジ』が食品の販売を手掛けるのは今回が初めてではない。2006年から2015年まで駅弁の「夕刊フジおつまみ弁当」を販売(NRE大増が製造)。2014年にファミリーマートで「のり巻きカレーおむすび」を1カ月限定で販売。同年居酒屋チェーンに協力してもらい「オレンジ世代酒場」を期間限定で数店舗展開した。

『夕刊フジ』代表の佐々木浩二氏はこう語る。

「おつまみ弁当は新幹線を利用するビジネスマンが『夕刊フジ』を手に取る感覚で新幹線の中で食事をするイメージ。おむすびは、かつて帰宅途上の電車で『夕刊フジ』を読んでいてリタイアした人が自宅近くのコンビニで『夕刊フジのおにぎり』を買って“現役感”を思い起こしてもらう。新聞を売っているコーナーで『夕刊フジのおにぎりを売っています』というPOPを添えたところ、おにぎりが大層売れた」

お通しが『夕刊フジ』の居酒屋

「オレンジ世代酒場」の一例では、おすすめとして「オレンジ世代セット」(2時間2000円)をラインアップ。トロホルモンロール、ジャンボ串カツ、煮込み、レバニラ炒め、酢もつ、食べ放題のキャベツ、飲み放題のハイボール付き、そして“お通し”として『夕刊フジ』を1部付けた。

これらの企画は“働き盛りのホワイトカラー”といった『夕刊フジ』の読者に寄り添っている。出張の新幹線、“現場感”を思い起こす、仕事帰りの居酒屋といった読者の生活シーンの中に『夕刊フジ』の存在感をアピールしている。

この度の「夕刊フジ飯店・生姜小籠包」のベースとなるのは“健康”である。『夕刊フジ』では毎号“健康”テーマの記事を2ページにわたって掲載、これのスピンアウトで2017年より年間5回『健活手帳』を発行している。この読者は既存の『夕刊フジ』のものに加えて、新しく女性を取り込んでいる。佐々木氏はこう語る。

「小籠包の発売を思い立った直接的な理由は『東スポ』が突然餃子を販売したから。しかし夕刊紙で食を扱うのは『夕刊フジ』の方が先だったので、ここで『東スポ』に負けられないという思いがあった」

そこで『東スポ』の餃子に対抗して『夕刊フジ』では同じ点心の小籠包を打ち出した。ここに“生姜”をアピールすることで『夕刊フジ』が育ててきた「健康」テーマを刷り込んで女性にも訴求する。『東スポ』が“マシマシ”路線で行くのであれば『夕刊フジ』は“健康”ということだ。

「点心を売るということでは強敵はたくさんいるが、われわれ『夕刊フジ』は『東スポ』と競いたい。新聞販売ではお互いコンビニやキオスクで競っていて、食品も同様に競いたい。こういうことを消費者に面白がってもらうことが望ましい」と佐々木氏は語る。

『夕刊フジ』の小籠包では”生姜”によって”健康”をアピールしている(『夕刊フジ』提供)
『夕刊フジ』の小籠包では”生姜”によって”健康”をアピールしている(『夕刊フジ』提供)

新規事業を同じ土俵で争う意義

『東スポ』『夕刊フジ』がいま手掛けていることは「本業が縮小する中で、新規事業をつくり上げる」ということだ。このような事例の象徴として富士フイルムが挙げられるだろう。

フィルムカメラが当たり前の時代、「お正月を写そう」で一世を風靡していた富士フイルムは、カメラのデジタル化が進むことによって主力商品の需要は急激に落ち込んでいった。しかし同社は、フィルム製造の技術を生かし化粧品、医薬品の世界を開拓していった。

隆盛している産業は新しい技術が登場することによって衰退する局面を迎える。新しい技術やトレンドと戦う術をなくしたところは、マーケットから消え去り消費者から「ああ、そういうのもあったね」と言われることが落ちであろう。

『東スポ』の佐藤氏、『夕刊フジ』の佐々木氏ともにこのように語る。「食品事業を手掛けていても、ベースは夕刊紙」だと。『東スポ』『夕刊フジ』ともにそれぞれの“らしさ”と“強さ”を食品事業に託し、一過性のものではなく、「永く続けていく」と断言する。そして「お互い新聞で競っているが、食品でも競っていく」という。

“らしさ”と“強さ”を極めることは、新規事業の可能性を引き出す。そして、同じ夕刊紙が新規事業を立ち上げ、同じ土俵で競うことによって、既存の読者の興味をつなぎ、新しい顧客を生み出す。『東スポ』『夕刊フジ』は新しい形でのマーケット創造にチャレンジしている。

両社ともに「食品で戦っていても、ベースは夕刊紙」と語る(『夕刊フジ』提供)
両社ともに「食品で戦っていても、ベースは夕刊紙」と語る(『夕刊フジ』提供)

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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