さる6月22日、東京・JR神田駅近くに「酒場ダルマ」「感動ボブン」という二つの飲食店がオープンした。「酒場ダルマ」は近年“ネオ大衆酒場”と呼ばれているタイプで昼飲みができて夜は食事もできる店。「感動ボブン」はフランスでB級グルメとして人気が定着しているベトナム発祥の汁なし麺“ボブン”をメインとしている。

この店は80坪の物件を二つに分けて構成したものだ。前者が48坪・94席、後者が17坪・38席となっている。経営するのはサントリーグループの外食企業、ダイナックである。

ダイナックにとってこのような業態はまったく初めての取り組みである。いかにしてこれらは誕生したのだろうか。

コロナ禍で得意とする顧客が激減

ダイナックは、サントリーホールディングス株式会社(本社/大阪市北区、代表/新浪剛史)の連結子会社で外食事業を展開する株式会社ダイナックホールディングス(本社/東京都港区、代表/伊藤恭裕)の事業会社であったが、ダイナックHDはコロナ禍で業績を悪化させ2020年12月期売上高196億96百万円(47.0%減)、最終赤字89億69百万円、48億69百万円の債務超過となった。そこでサントリーHDではTOB(株式公開買付け)を行ない、ダイナックHDは上場廃止となり、この6月からサントリーHDの完全子会社となった

ダイナックHDが擁する二つの外食事業会社を擁している。多業態の飲食業を展開するのが株式会社ダイナック(代表/田中政明)だ。

ダイナックがこれまで得意としていたのは、オフィス街のホワイトカラー、ビスネスマンで比較的に年齢層の高い男性客、客単価4500円~5000円程度、団体の宴会、というものだった。それがコロナ禍でこれらの顧客はリモート勤務となり、オフィス街での宴会需要はほとんど無くなった。同社では東京駅周辺、新宿駅周辺、そして大阪・梅田駅周辺にそれぞれ約30店舗を構えていて、同社のビジネスモデルをいかんなく発揮していたのだが、それがコロナ禍で方針転換を迫られた。

そこで同社では2020年に170あった店舗を整理して130に減らし筋肉質の体質で営業する体制をつくった。

この間の経営判断について、ダイナック代表の田中氏はこう語る。

「コロナ禍での当社の客数の動向はJR山手線の乗降客の動向と全く一緒でした。この電車を利用しているビジネスパーソンの動向と同じということです。そこで、コロナ禍が終わっても宴会需要の半分ぐらいは戻ってこないと考えるべきだと。そして、当社主流の店舗規模である80坪をリニューアルする時に、1業態のリニューアルで済ませるのではなく、2業態の合わせ技を使う必要も出て来るのではと考えました」

抜本的な事業領域の転換を熱く語るダイナック代表の田中政明氏。(撮影:千葉太一)
抜本的な事業領域の転換を熱く語るダイナック代表の田中政明氏。(撮影:千葉太一)

宴会に頼らない二つの業態に分ける

そこで実践の舞台となったのは東京・神田の旧「咲くら」である。海の幸、山の幸を満遍なく取り揃えた同社のコンセプトを象徴する業態である。この店が対象となったのは宴会比率が約50%と同社の中でも最も高かったからである。

業態開発を担ったのは、ダイナックの業態開発部とサントリー酒類の営業推進本部グルメ開発部(以下、グルメ開発部)の二つで、これらが共同で進めた。それぞれ主導したのは業態開発部が高屋敷純子氏、グルメ開発部が鈴木華子氏である。

キックオフは昨年の9月であった。

ダイナックがサントリーから提案されたことは、まず「ニューノーマルな酒場」をコンセプトとした「酒場ダルマ」。そしてヘルシーなアジア料理としてフランスで人気の汁なし麺を主役にした「感動ボブン」だ。

「ニューノーマルな酒場」というコンセプトについて、当初ダイナックではそのイメージをつかみかねていたという。同社がこれまで築き上げてきたオフィス街、ビジネスパーソン、宴会といったビジネスモデルからかけ離れていたからだ。一方、ボブンに関してテーマとなる東南アジアは女性に人気で、商品が完成されていることから、「これはいけるな、という手応えがあった」(高屋敷氏)ということで即採用された。

果たして「ニューノーマルな酒場」とはどのようなものか。鈴木氏はこう語る。

「テレワークをはじめ生活様式も以前とは全く変わってきている中で、さまざまな人がそれぞれのライフスタイルの中で食事をしていただくというイメージです。これまでランチは食事、ディナーはお酒という形で分かれていましたが、今回の二つの業態は共に昼飲みができるし、夜食事もできる。老舗居酒屋をベンチマークにしてイメージを練り込んでいきました」

「酒場ダルマ」は昭和レトロを感じさせる「ネオ酒場」。(筆者撮影)
「酒場ダルマ」は昭和レトロを感じさせる「ネオ酒場」。(筆者撮影)

「酒場ダルマ」メニューの一例。左「トラフグてっさ」490円(税込、以下同)、「刺身三点盛り」690円。右は「氷柱角ハイボール」一杯目500円(ニ杯目300円、三杯目以降200円)。(筆者撮影)
「酒場ダルマ」メニューの一例。左「トラフグてっさ」490円(税込、以下同)、「刺身三点盛り」690円。右は「氷柱角ハイボール」一杯目500円(ニ杯目300円、三杯目以降200円)。(筆者撮影)

開発に関わる全ての人々が共感する

ダイナックの代表、田中氏はこう語る。

「『酒場ダルマ』の取り組み方は当社にとってまったく初めてことでした。会議室で説明を聞いたり企画書を見ているだけでは『?』が付きまとっていました。ただ、世の中では『ネオ酒場』というものがでてきています。昼となく夜となく、一人と言わず、二~三人と言わず、家族と言わず、さまざまな客層と利用動機を取り込んでいる様子を見てきて、これは当社でもできるかな、と想いを巡らしていました」

田中氏は店が引き渡されてから店を何度か訪れてきたが、回を重ねるたびにダイナック担当者、サントリー酒類担当者、そして店舗の調理長、店長共に、同店のコンセプトに対するそれぞれの理解が整ってきたと確信するようになった。

「『酒場ダルマ』を見ていて感じたことは、ひたすら『お客様の使い勝手に対応しましょう』という考え方で店づくりを行っているということ。フードメニューを見ていて、どのメニューもお客様にとってつまみにもなるしご飯も食べることができると腑に落ちました。またポーションがみな個食対応です。当社ではこれまでメニューのポーションを大体二名様くらいを想定していて、お一人様というものを想定していなかった。しかし、この店のメニューには、お一人様に対して全時間帯で自分の好みの楽しみ方をしてください、というメッセージがあります」(田中氏)

業態開発部の高屋敷氏もこう語る。

「『酒場ダルマ』の料理や酒の試作を重ねていくうちに、だんだんとイメージが見えてきました。ダルマは特にお酒の出し方にこだわりがあるのですね。純氷を使用した氷柱ハイボール、グレーンウイスキーの『知多』のお湯割り、サントリーオールド『だるま』の水割りの前割りとか。こういうことを広めていくことに期待が膨らんでいます。『感動ボブン』はインフルエンサーで浸透していくことでしょう。デリバリーの店を含めて小さな店で、全国の至るところに出店をしていきたい。日本初のボブン専門店ということで一気に展開して日本を制覇したいですね」

二つの新業態のさまざまな可能性を語るダイナック業態開発部課長の高屋敷純子氏。(撮影:千葉太一)
二つの新業態のさまざまな可能性を語るダイナック業態開発部課長の高屋敷純子氏。(撮影:千葉太一)

二つのプロがタッグを組む強さ

「感動ボブン」は、いち早く展開してくことが課題とされている。3月末からダイナックのセントラルキッチン(東京都千代田区神田錦町二丁目)でデリバリーを行っているが、月商100万円で推移していてゴーストレストランやバーチャルレストランとしての手応えを得ている。また、都心の小型物件や住宅街寄りの店舗、さらにテイクアウト商品としてのポテンシャルが高い。これらもコロナ禍以前の同社にはなかった領域である。

想定する客単価は「酒場ダルマ」が2780円(税別、以下同)、「感動ボブン」が2200円。これまで同社の主流だった4500~5000円よりも低いが営業時間は長く、多様な売り方を切り拓いていく。

ベトナムの庶民的な店をイメージした「感動ボブン」。(筆者撮影)
ベトナムの庶民的な店をイメージした「感動ボブン」。(筆者撮影)

たっぷりのトッピングと平らな米麺をよく混ぜて食べる「感動ボブン」990円。(筆者撮影)
たっぷりのトッピングと平らな米麺をよく混ぜて食べる「感動ボブン」990円。(筆者撮影)

この二つの業態は、コロナ禍がもたらした企業再編と新事業に挑戦することが形となったものだが、酒のサプライヤー(サントリー)とプレーヤー(ダイナック)という二つのプロがタッグを組んだことによるポテンシャルの高さが感じられた。