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「塚田農場」の外食企業が“二毛作”営業を開始 家庭料理デリバリーに大きな手応え

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
エー・ピーホールディングスの「キッチンクラウド」は配送を自社で行う。(筆者撮影)

飲食店の営業に加えて料理デリバリーを行なう

飲食業ではコロナ禍にあってデリバリーに参入する事例が続々と増えている。この背景にはUber Eats、出前館といった「委託デリバリー」が発展してきたこともある。こうして飲食業界のデリバリーは一気に参入が進み競争が激化したことで「いきなりレッドオーシャン」と言われるようになった。

このトレンドには今差別化の傾向が見られて、新しいサービスを行うブランドが現れてきている。その象徴的な存在と言えるのが、10月22日に横浜の綱島駅近くにオープンした「キッチンクラウド」である。

同店は、全国に居酒屋「塚田農場」など約200拠点を展開する株式会社エー・ピーホールディングス(本社・東京都豊島区、以下APHD)が運営する宅配・デリバリー専門店。

APHDはコロナ禍のため4~5月に全店休業するなど今期は厳しい立ち上がりとなった。しかし、食材生産者とのつながりや従来の中食事業を生かし、食品の宅配、おつまみの通信販売「家飲み便」などでデリバリーやECを推進してきた。

「キッチンクラウド」はこれらの実験的に手掛けてきたノウハウを束ねて、業績を落としているイートイン店舗にデリバリー機能を加えたAP流「二毛作」中食モデルある。デリバリーは作り手の顔や想い、食材が持つストーリーの「おいしい理由」が利用者に届きにくいサービスとみなされてきたが、「キッチンクラウド」はAPが企画・調達・開発・受注・製造・配送・回収の業務を一貫して担い、生産者と食卓をつなげるというサービスである。これまでキッチンクラウド専業モデル2店舗とFC展開検証モデル5店舗を展開しているが、綱島店はこれらの旗艦店ということだ。

路面店で店内の調理風景が外から見えるという安心感がポイント。(筆者撮影)
路面店で店内の調理風景が外から見えるという安心感がポイント。(筆者撮影)

「個」の消費者ではなく「家庭の食卓」に届ける

「キッチンクラウド」は料理をデリバリーする店であるが、コロナ禍で急増した「弁当を委託デリバリーでお客に届ける」ということとは一線を画している。最大のポイントは「第二の家庭のキッチン」というコンセプトだ。そのポイントは以下の4点。

1. デリバリーのイメージを変えていく

2. 単においしい料理を届けるのではなく、新しいライフスタイルを提案

3. 「利便性」と「願望」の両方のニーズをキャッチする

4. 「委託デリバリー」と「食材宅配」の間のポジションを狙う

具体的には、デリバリー需要はコロナ禍で一気に増えたが「満足」よりも「ネガティブ」なイメージが増えてきていて、新しい利用シーン、ライフスタイルからの提案によりこのイメージを変える。「スーパーやコンビニの弁当・惣菜にはないおいしい料理を食べたい」「レストランの味を食べたい」「家庭のレパートリーにはない料理を食べたい」という願望に応える。デリバリーの「利便性」「手間の解決」「頼んですぐ届く」というプラスの部分に加え、食材宅配が放つ「安心安全」「健康」「ファミリー感」を狙う、ということだ。

「自社デリバリー」でホスピタリティを表現

既存の委託デリバリーの役割とは「個」の消費者に届けるものであるが、「キッチンクラウド」は「家庭の食卓」に届けることを標榜している。そこで、既存のデリバリーとの差別化のポイントとして以下のことを掲げている。

・出来立て、あつあつの皿で届ける(土鍋やポットに入れて届け、後にこれらを回収する)

・キッチンから「自社デリバリー」で届ける(ホスピタリティ豊かに愛着を込めて料理を手渡す)

・生産者の顔が見える食材を届ける(ここに、APHDが培ってきた「生販直結モデル」が生かされる)

APHDを語る時には同社が独自に作り上げてきたこの「生販直結モデル」を説明しておく必要がある。APHDでは「食のあるべき姿を追求する」というミッションを打ち立て、食品の生産(一次産業)から流通(二次産業)、販売(三次産業)に至るまでのすべてを一貫して手掛ける独自の六次産業化ビジネスモデルを展開するようになった。これが「生販直結モデル」である。

同社の成長を牽引したブランドは「塚田農場」だ。これは2003年、代表の米山久氏が「ありきたりじゃない新・外食」を追求している過程で、宮崎県日南市の地鶏「みやざき地頭鶏(じとっこ)」と巡り合ったことに端を発する。

この地鶏は増体効率が高く、食味に適度な歯ごたえがあって旨味があることが大きな特徴だ。これを主要食材として育てていくために、現地の生産者と協調して生産拠点をつくり、東京などの居酒屋「塚田農場」に届けるという仕組みをつくった。このモデルは鮮魚分野でも開拓した。

「キッチンクラウド」のビジョンには「生産から家庭の食卓まで美味しいをつなぐ」とある。このようにAPHDの成長を牽引してきたミッションは新規事業にも一貫して生かされている。

1way3job、サブスクリプションで効率化と売上の安定を図る

「キッチンクラウド」はコストバランスを考慮してオペレーションに落とし込んでいる。既存の委託デリバリーでは委託料金が概ね商品価格の35~40%と高いレベルにあるが、それは「1way1job」だからとAPHDは指摘する。「キッチンクラウド」では配送コストを削減する方法として自社便による「1way3job」の定着を目指している。具体的には1回で1食の配送で終わらせるのではなく、1回で3~4食を、そして3~4家庭に運ぶことを目指している。さらに、配送の途中では、食器の回収やチラシ配布も行う。

従業員は、調理、配送、回収とさまざまな業務を行う。(筆者撮影)
従業員は、調理、配送、回収とさまざまな業務を行う。(筆者撮影)

料理はレストランクオリティで、常時100種類程度の「おかずメニュー」をラインアップ。家族の各々が食べたいものを注文できるようにした。客単価は4000円台と、既存の一般的なデリバリーの客単価2000円に対して2倍に上る。メニューの一例として「贅沢3層重ねの濃厚チーズハンバーグ」1500円(税込、以下同)、「麻婆豆腐」1200円、「国産丸鶏のサムゲタン」3000円、「大人のお子様ランチ」1500円を挙げている。オーダーは「電話注文」だけでなく「ネット注文」も可能な店舗もあり、決済は現状現金のみであるが、順次QRコード決済などを整えていく。

 デリバリーする商品は料理だけでなく、ミールキットや食材も想定している。

日常的な料理から、ハレの日の料理にも対応する。(APHD提供)
日常的な料理から、ハレの日の料理にも対応する。(APHD提供)

店舗段階で売上の安定した基盤をつくるために、サブスクリプションも検討している。

「1世帯当たり月額2万円のサブスクリプションを1拠点で200~300家庭、つまり2万円×200で400万円、2万円×300で600万円を狙っていきたい」(米山氏)としている。

「キッチンクラウド」のターゲットは地方・郊外ファミリーである。APHDの店舗は3割が都心エリア、7割が地方・郊外なっていて、この7割のエリアで二毛作の立ち上げを行う一方で、都心では「つかだ食堂」やすし店といった食事性の高い業態に転換していく意向だ。

コロナ禍によって変化に早く取り組むチャンスが訪れた

「キッチンクラウド」は今後フランチャイズ(FC)展開につなげていく方針だ。これまで居酒屋にとって大きな売上を占めた宴会需要が今後も戻りづらいと想定して、このスペースに500万円ほど厨房を拡張するための投資を行い、上記のサブスクリプションで経営を安定させるというものだ。

「キッチンクラウド」という新しいブランドを認知してもらうまでには大きなエネルギーが必要となるが、今後邁進することによって「食のあるべき姿を追求する」APHDの企業体がより豊かになっていくことであろう。

「キッチンクラウド事業は4~5年をかけてじっくりと立ち上げていこうと考えていたが、コロナ禍が来たことで、たった1年で立ち上げることができるチャンスをもらえた」と語る米山氏は、逆風の中にあってもポジティブな姿勢を崩さない。

ポジティブにビジョンを語るエー・ピーホールディングス代表の米山久氏(APHD提供)
ポジティブにビジョンを語るエー・ピーホールディングス代表の米山久氏(APHD提供)

飲食業のパラダイムシフトは、このような俊敏な行動力を持つ企業がけん引する形で著しく早く進展していくことであろう。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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