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独立リーガーがあっさりとドジャースをクビになった理由(わけ)

阿佐智ベースボールジャーナリスト
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 前茨城アストロプラネッツ(ルートインBCリーグ)で今シーズン、ドジャース傘下のルーキーリーグに所属していた松田康甫(こうすけ)投手が、先日リリースされた。

 石川県出身の松田には甲子園出場経験はない。東都大学リーグ2部の拓殖大学に進学したが、ここでも1年時に肩の故障で手術をし、公式戦にはわずか4年間で1試合しか登板していない。大学卒業後に独立リーグに進んだが、茨城でも昨シーズンは、2試合でアウトを2つとった記録が残っているだけで、7月にトミージョン手術を受けている。

 それでもドジャースが獲得を決めたのは、193センチという堂々たる体躯と、独立リーグ入りしてから増したというMAX155キロという球速ゆえなのだろうが、当面投球ができない投手を獲得しながら、その故障が癒えるのを待つまでもなくリリースしてしまうのはいかにもメジャーリーグと感じてしまう。

 ドジャースにとって、松田にかけるコストなど微々たるものであろう。トップ選手に数十億の年俸を支払うMLB球団にとってルーキークラスの選手に支払う報酬など、ちょっとした必要経費にしか過ぎない。だから松田をもうワンシーズン置いても、ドジャースにとってなんの負担にもならないはずだ。

 手術明けの松田が所属したアリゾナ・コンプレックス・リーグの公式記録に彼の名はない。彼は、結局アメリカでマウンドに立つことなく、ドジャースを去ることになった。せっかく契約したのだから、故障が癒えるのを待てばいいのにという素朴な疑問が湧くのは当然のことである。しかし、「それがメジャーリーグ」なのも事実である。

 MLBには他国のプロリーグのような「外国人枠」はない。しかし、だからといって北米(アメリカとカナダ)以外の国から無制限に選手を獲得できるわけではない。ビザの制限があるからだ。各球団に割り振られた数以上の選手を獲得することはできないのだ。だから、各球団は、中南米やヨーロッパ出身の選手で素材はいいが野球経験そのものが不足している、つまり育成に時間がかかるとみなされた選手はドミニカ共和国に設置しているアカデミーに送る。ここでふるいにかけられて、MLB球団と契約を結んだものの、アメリカの地を踏むことなく終わる選手も多数いる。

 そして、MLBが世界中から選手を獲得する時の基準は、徹頭徹尾「素材重視」だ。松田にドジャースが目をつけたのもその基準にかなったからなのだろう。しかしその一方で、そのような「素材」を世界中から探し出してくるのもMLBだ。

 もう10年も前になるだろうか。イタリアにあるMLBヨーロッパアカデミーを取材したことがある。このアカデミーはドミニカのそれのような恒久的なものではなく、イタリア野球連盟のアカデミー施設内で、夏の間の2週間ほど開催されるトライアウトイベントである。イタリアのアカデミー生の他、欧州各地から招待された少年たちが連日試合を行い、スカウトのお眼鏡にかなったものがMLB球団との契約にこぎつける。ただし、この段階までの「スカウト」は選手の技量まで見極めることはほとんどない。そもそも彼らのほとんどはプロのスカウトでもなく、現地在住のアメリカ人のアルバイトだ。彼らはストップウォッチとスピードガンを片手にひたすら選手たちの走力と球速を記録する。これとゲームのスコアを照らし合わせて、球団が獲得を決定するのだ。極端な話をすればプレーの巧拙はさほど問題ではない。

 そして彼らは先述のドミニカやアリゾナ、フロリダに送られるのだが、そこでコーチ陣に手取り足取り教えられるわけではない。見学用の桟敷席しかない練習用フィールドで(ルーキークラスのマイナーリーグは興行試合を行わない)ひたすらゲームを繰りかえすのだ。ここでは、勝利よりも育成が優先され、監督は「マネージャー」の言葉どおり各選手に振り分けられた出場機会を調整する役割を担わされる。各選手に与えられる出場機会は決して均等というわけではなく、「素材重視」の原則は貫かれる。かつてフロリダのルーキーリーグでプレーしていた日本人選手と話をしたことがあるが、彼は自分より拙い中南米出身の選手の方が出場機会を多く与えられていたことに不満を述べていたが、これはある意味当然のことで、そもそもルーキーリーグとは野球経験の浅い好素材を「プロ野球選手」に仕立て上げる場なのである。酷な言い方をすれば、日本で高校まで野球漬けの日々を送りある程度完成された選手は、彼らを育成するための「かませ犬」でしかない。

 さらに、ここでは選手の出場機会について、「契約」というフィルターも存在する。このフィルターは、このクラスだけでなくマイナー各段階に横たわっている。

 MLB球団にとって選手の獲得は「投資」である。その投資はそれに要した額が大きいほど回収の必要性も大きくなる。つまり入団時の契約金が高い選手ほど、出場機会が多く与えられ、上位リーグへの昇格もある程度保証されている。中には、入団時に必ず一度はメジャーに昇格させる旨、契約事項に盛り込まれている者もいるという。彼らはそのレベルに達していなくとも、9月のベンチ登録枠拡大時の「セプテンバー・コールアップ」で必ず一度はメジャーの舞台を経験することができる。

 ここでふるいにかけられたものが上位リーグに昇格していくのだが、松田はそのふるいにすらかけられることなく去ることになった。結局のところ、松田の投球を観るまでもなく、同等と思われる素材を世界のどこかしらから獲得するめどが立ったので、リリースしたということだろう。

 MLBの間口は日本のNPBよりはるかに広い。しかしその現実は、トップチームの戦力となる見込みがないと判断されれば、簡単に「プロ野球選手」の地位を追われる厳しい世界なのである。

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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