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止むところを知らない「一平スキャンダル」。アメリカでの冷めた反応とメディアの過熱

阿佐智ベースボールジャーナリスト
ソウル出発直前の水原一平氏

 今、ドジャース大谷翔平の通訳、正確には元通訳・水原一平氏の話題がメディアを席巻している。水原氏の解雇をドジャースが発表して以降、連日のようにニュース、ワイドショーがこの話題を取り上げ、また、様々な事実(どこまでが事実だか不確定な部分もあるが)が、次々と報じられている。

 私が、この事実を知ったのは、アリゾナのキャンプ取材の時だった。自身の取材日程最後の試合を取材した後、帰国前に一杯やっていこうかと入った取材地だったメサの町のバーでのことだった。

 カブスとアスレチックスの2チームが春のホームを構えているフェニックス西郊に位置するメサ。この町のメインストリートにはフェニックスから通じているライトレールが走っている。試合の行われていたアスレチックスのキャンプ地、ホホカム・スタジアムを真っすぐ南下したこの電車道との交差点辺りがメサの町の中心街で、バーやレストランが軒を連ねている。バーの中には自家醸造のビールを提供するタップハウスも多く、私は野球ファン御用達というこの町で最古を自称するタップハウスに入った。 

 店前のオープンスペースには、この日のアスレチックスの相手だったアリゾナでキャンプを行う15球団から成る「カクタスリーグ」で最も人気のあるカブスのファンがビアグラスを傾けていた。

 店内のカウンターに座り、数多あるビールからピルスナーを注文し、スマホの画面を見ると、そこに速報ニュースの知らせが入った。そこには「大谷通訳、一平解雇」の文字があった。私は、目の前のバーテンダーに「イッペイがクビになったよ」と告げたが、祖父の影響で、パイレーツのファンだというそのバーテンダーは、「イッペイって誰なんだ?」と聞き返してくる。「オオタニの通訳の男だ」と返すと、「本当か?」と自身のスマホを確認し、私の隣の席の男に、「オオタニの通訳がクビになったよ」と伝えた。目の前の大きなテレビ画面では、この日、ソウルで行われたパドレスとドジャースの開幕戦のダイジェスト映像が流れていた。その映像を見ながら、その男は、「ところでオオタニは日本人なのか、韓国人なのか?」とバーテンダーに質問していた。世界中からベースボーラーが集まるメジャーリーグを観ているアメリカ人たちは、外国からやってくる選手の国籍まではいちいち気にしないようだった。ましてやその外国人選手に通訳がついていることなどには興味がなく、一平氏の件についてもその男は興味がなさそうだった。彼らの興味は、自身のひいきチームの今シーズンに向けての調整具合であり、オープン戦を観戦後、バーでジョッキを傾けながら、ひいきチームやそのチームの選手のプレー具合を語り合って一日を終えるのが、アリゾナに集まった野球ファンというものらしかった。皮肉なことに、それまでアメリカ人の興味などさほどひいていなかった一平氏は、このあとアメリカで時の人となる。

 スマホには、次々と続報が入ってくる。その時点では、解雇の理由は「大谷の口座から現金を引き出した」というものだった。私はバーテンダーと顔を見合わせながら、「それなりの金貰ってんのになにやってんだ」とあきれた。

 少なくとも、3月20日時点でのアメリカの野球ファンの一平氏への認識はこの程度だった。

異常なほどの「新ドジャータウン」での一平人気

 私はこの時、もう少しこのスポーツバーが一平氏の話題で盛りあがるのかと思っていたので少し拍子抜けした。この一週間前に目にした光景は、「一平フィーバー」さながらのものだったからだ。

 3月13日のグレンデール。メサとはフェニックスを挟んで反対側の郊外にあるキャンプ施設は、ドジャースとホワイトソックスが共用している。メイン球場の南に広がる広大な敷地は、細長い池を挟んで西側の6面のフィールドをホワイトソックスが、東側の6面をドジャースが使用している。この日は、ドジャースがオープン戦を行う日だったせいもあるが、ドジャース側が大いににぎわっていたのに対し、ホワイトソックス側は実に閑散としていた。おそらくホワイトソックスの試合日であってもここがこれほど賑わうことはなかっただろう。

 日本人の数は目立ったが、集まった観衆の多くはアメリカ人だった。ただ共通していることは、彼らのお目当てが大谷であったことだ。そのことは、彼ら彼女らが身にまとっているTシャツやレプリカユニフォームが物語っていた。もうひとり、日本からやってきた「最強投手」、山本由伸のことは、熱心なファンは知っていても、名前まではなかなか出てこないことはファン同士の会話からうかがえた。この日の試合は、ソウルシリーズに向けて、他球団に先駆けてメジャーキャンプを打ち上げるドジャースにとっては最後の試合。しかも先発は、ソウルに向けて最後の調整となった山本と、日本人が大挙して押しかけるシチュエーションが揃っていた。

 試合前のドジャースベンチのある3塁側スタンド最前列には、ポール際からベンチ横まで大谷や山本を一目見よう、あわよくばサインをもらおうというファンが並んでいた。この一団における日本人の「純度」は、球場外よりはるかに高かった。

 この日、一平氏は、大谷ではなく、山本とともにファンの前に姿を現した。外野でキャッチボールなどの調整を行い、先発マウンドに向けてベンチに向かう山本と並んで歩く一平氏に山本はなにやらレクチャーを受けているようだった。大谷を長らくサポートしてきた彼の存在は、山本にとっても良きアドバイザーだったように見えた。

山本と話しながらベンチへ向かう一平氏
山本と話しながらベンチへ向かう一平氏

 フェンス沿いを歩く二人には、日本語の歓声が投げかけられ、山本の名を呼ぶ声と同じくらいに一平氏の名を呼ぶ声が聞こえたが、その歓声が次々とベンチに向かってくる主力選手に投げかけられることはなかった。今にして思えば、ドジャース、おそらくその前はエンゼルスをとりまく環境は、メジャーリーグ、あるいはアメリカ球界のそれとは明らかに異質なものだったのだろう。この空気は、一平氏の感覚をある意味麻痺させたかもしれない。

 メジャーのオープン戦は、5回あたりから空気が変わる。フィールドに向けられていた「ザワザワ感」が外に向けられるのだ。主力選手は出番を終えると次々にファールゾーンからクラブハウスに向かい、招待選手やマイナーからの挑戦者には興味のないファンの多くは球場出口へ向かう。山本の登板後、大谷は彼と同時にクラブハウスへ向かった。報道陣には、山本への囲みインタビューのためにクラブハウスが公開されたが、この日は大谷への会見はなかった。山本のインタビューの横で、キャンプ打ち上げのため荷物をまとめる大谷の姿の横には一平氏の姿があったが、このとき我々には、1週間後を予想させるような雰囲気は感じられなかった。

あまりに順調なキャリアが狂わせた大谷と一平氏の感覚

 この「一平スキャンダル」は、違法賭博や多額の金銭の引き出し、振り込みにとどまらず、一平氏の経歴詐称疑惑など騒動は収まる気配がない。一方で、ことの真相はいまだ明らかにはなっていない。

 しかし、一平氏がカリフォルニア州で違法とされているスポーツ賭博に金をつぎ込み一般人の常識では考えられないような金額の負けを背負い、その穴埋めに大谷の私有財産が使われたことは間違いなさそうだ。結局のところ、このような事態に陥ったのは、大谷というひとりの青年と、その大谷という不世出のアスリートと一蓮托生の関係になってしまった一平氏がともに自らも自覚せぬ間に肥大化してしまったことに遠因があるように思う。

 一平氏の年収は、最高で7500万円と報道がある。別の報道では球団からの報酬の他、大谷個人からもギャラを貰い億単位を稼いでいたという話もある。通訳という職業にしては貰いすぎと言ってもいいだろう。無論、氏は単なる通訳に留まらず、練習相手や運転手もし、大谷のアメリカでのプレーを全面的にサポートしていたのだが、それにしても、日本ではプロ野球選手でもなかなか稼ぎ出せないほど報酬を手にし、億万長者のメジャーリーガーたちに囲まれ、さらには主力選手並みの声援をスタンドから送られれば、様々な部分で自分を見失うこともあるだろう。邦貨にして6億円を超える負けを博打でつくってしまうというのは、金銭感覚が麻痺していたとしか言いようがない。

 一方の大谷も、仮に一平氏に泣きつかれて博打の負債を肩代わりしたというなら、一流アスリートとしてあまりにも軽率と言えるし、知らぬ間に自らの銀行口座から一平氏に金を抜かれていたというなら、30歳を迎える大人としてあまりにも幼いと言えるだろう。確かに、高卒でプロ入りし、以後、その才能故、常に特別扱いで現在に至っていることを考えれば、自身の給与、財産の管理など、社会人として身につけるべきスキルを習得するチャンスがなかったかもしれない。

 ただ起こってしまったことの重大性を考えると、一度自身の口からなんらかの言葉を発する必要はあるように思う。

 とにかくも、大谷には早くプレーに専念できる環境を与えてやって欲しいが、それを与えることができるのは大谷本人でしかない。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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