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自己肯定感がない人に多い「自分の写真の顔が嫌い」という現象の正体

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:イメージマート)

「自分の写真の顔」どう思う?

前回の記事(→幸福感も低いが、自己肯定感もない独身男女が陥りやすい「思考の罠」)の続き、自己肯定感のない人がそれを感じられるようになる鍵とは何か?の話である。

突然だが、みなさんは自撮りの写真を撮るだろうか?

撮る人、撮らない人、様々だと思うが、女性と男性のインスタグラムを比較すると、おもしろい違いが見える。

女性のインスタには、どこに行ったとしても、何を食べたとしても、必ず自分が写っているものが多い。それは、顔とは限らず、手や足だけの場合もあるが、どこかに必ず自分をフレームの中に写しこむ傾向がある。

一方、男性はどうだろうか?ラーメン二郎のメガ盛り写真のような自分が食べた物や、神社や城郭、廃墟など自分が行った場所、車やバイクなど自分の趣味や愛用品の写真が多いが、一切自分の姿が入っていない。

写真:イメージマート

笑顔でピースサインしている写真はほぼなく、もっと言えば、人を写した写真も少ないのが特徴だ。おじさんはフェイスブックで空港の写真ばかりあげている。

承認欲求の男女差

これは、女性は「写真の中にいる自分」を承認してほしいのに対し、男性は、「自分の行動」を認めてほしいからだ。つまり、女性が承認してほしいのは自分そのものであり、男性が承認してほしいのは自分の成し遂げた仕事であるということである。

これはある意味、男性が特に「自己有能感」に支配されていて、「何かを成し遂げていない自分は否定しがち」という自己肯定感のなさとも合致する。何かを成し遂げた自分は誇らしげに自慢したい反面、何も成し遂げていない、単なる日常の自分自身は無意識に卑下してしまうのだ。

そのためか、男性の多くは、何か特別な達成でもない限り写真に自分の姿を入れたがらない。また、女性に比べて自撮りもしない。人知れず自撮りをしているかもしれないが、そもそも、自撮りに限らず、自分の写真の顔があまり好きではない。

写真の顔が嫌いなワケ

なぜ、自分の顔なのに写真の自分の顔が嫌いなのだろう?

実は、「自分の写真が嫌い」ということと自己肯定感とは相関がある。

自己肯定感が「あり」群と「なし」群とで分けて、「自分の写真が嫌い」かどうかを比較したものが以下のグラフである。

(C)ソロ経済・無難化研究所 荒川和久
(C)ソロ経済・無難化研究所 荒川和久

単純に未既婚の比較では自己肯定感は既婚の方が「あり」が多いのだが、自己肯定の高い群に限れば、大体50%で未既婚年代に違いはない。つまり「好き」という割合が半分いることになる。一方で、自己肯定低い群では全体的に「嫌い」の割合が高くなる。

既婚男女でも、自己肯定感「なし」群に限ると未婚者と同等に「自分の写真が嫌い」が多くなる。

これは別に、男性の容姿の造作の問題ではない。傍から見て「イケメン」の部類に入る男性の中にも「自分の顔が嫌い」という人はいるし、逆に「そうでもない」容姿でも「自分の顔が嫌いではない」人も多数いる。「自分の写真が嫌い」と感じるのは、容姿の良し悪しではなく、「自分の写真の顔にあなたが慣れていない」からだ。

そうはいっても、自分の顔なんだから、毎日見ているはずである。男であっても、歯磨きや髭剃り時に鏡で確認するだろう。

しかし、鏡に映った自分の顔は左右反対だ。人間の顔は左右対称ではないため、写真の顔とは微妙に違う。見慣れた鏡の顔とは、左右反転しているため違和感を生じるのだ。「写真の前の自分はそこそこだと思うのに、なんで写真の自分はイケてないのだろう」と感じている人もいるのではないだろうか。これは、より見慣れた鏡の自分の顔の方に好意を感じてしまう心理効果である。

これをザイオンス効果(単純接触効果)と言う。

ザイオンス効果の効用

ザイオンス効果とは、1968年に、アメリカの心理学者ロバート・ザイオンスの論文で発表された心理現象のことである。同じ人や物に接する回数が増えるほど、その対象に対して好印象を持つようになる効果のことである。

これは、音楽にも当てはまる。「音楽は聞かせれば聞かせるほど好きになる」と言われる。だから、かつて音楽CD全盛期は、新曲のプロモーションとしてCMのタイアップが盛んだった。接触機会が増えれば、無意識に好きになってしまうためだ。

当然、恋愛感情にもザイオンス効果はある。最初、なんとも思っていない相手でも職場などで毎日顔を合わせているうちに好きになってしまうのもそのひとつである。

写真:イメージマート

このザイオンス効果を自分の顔にもあてはめてみればいい。

私は以前より独身男女の方々に「90日自撮りチャレンジ」というものを推奨している。毎日必ず1枚自分の顔写真をスマホで撮って、それを90日間続けるというものだ。別にSNSにアップする必要はない。自分のスマホのタイムラインに並べて、たまに見るだけでいい。

90日という日数に意味があるわけではない。ある一定期間、毎日継続して習慣化をすることが大事なのである。

一定期間継続実行し、その写真を眺めていくうちに、少なくとも自分の写真が嫌いという意識は薄れていくはずである。

だからといって、それは別に顔の造作が劇的に変わったわけではない。ただ、やっているうちに写真の撮り方も工夫をするようになり、上手にはなるだろう。最初は仏頂面だった表情もやがては豊かになり、笑顔も増えていくだろう。

しかし、一番大きな理由は、自分の顔を見慣れるからである。「まあ、こんなもんだ」と認められるようになるからである。

理屈より行動

自己肯定感などというものはその程度のもので少しは感じられるようになる。

有能である必要もないし、「俺ってすげえ」「私ってかわいい」などと思わないと得られないものでもない。「自己受容」などと難しい概念なんか理解しなくていいし、「自分を愛するようになる」とかいうわけのわからない話をわかったふりする必要もない。自分に慣れればいいだけなのだ。

前回の繰り返しになるが、自己肯定とは、自分のことを肯定も否定もしない。ただただそのままの自分に寄り添うことなのである。それこそが実は自己の客観視=メタ認知にも結果的につながっていくのである。

次回、ラーメン二郎に行った際には、麺だけではなく自分の顔も一緒に撮ってみてはどうだろうか?

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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