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イスラエルが震災に喘ぐシリアをミサイル攻撃:トルコ、米国、「イランの民兵」の「火遊び」が疎外する支援

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2023年2月19日

2月6日に発生したトルコを震源とする地震(トルコ・シリア地震)で、シリアは甚大な被害を受けた。日本をはじめとする諸外国は緊急救援活動や人道支援に全力を注いでいる。そんななか、イスラエルは19日、首都ダマスカスおよびその周辺に対してミサイル攻撃を行った。

イスラエル軍のミサイル攻撃

シリア国防省は、2月19日午前2時過ぎ(現地時間)に声明を出し、同日午前0時22分、イスラエル軍が占領下のゴラン高原(シリア領クナイトラ県)上空から首都ダマスカス(ダマスカス県)およびその周辺(ダマスカス郊外県)に向けて多数のミサイルを発射、攻撃は市民が居住する住宅地区にも及んだと発表した。

声明によると、シリア軍防空部隊がミサイルを迎撃し、ほとんどを撃破したが、軍人1人を含む5人が死亡、市民15人が重軽症を負い、首都ダマスカスおよびその周辺の市民の住宅多数が被害を受けた。

首都ダマスカスにあるムジュタヒド病院のアフマド・アッバース院長は、日刊紙『ワタン』に対して、死者3人と負傷者2人が搬送されたことを明らかにした。アッバース院長によると、負傷者2人の容態は安定しているという。

SANA、2023年2月19日
SANA、2023年2月19日

SANA、2023年2月19日
SANA、2023年2月19日

SANA、2023年2月19日
SANA、2023年2月19日

SANA、2023年2月19日
SANA、2023年2月19日

SANA、2023年2月19日
SANA、2023年2月19日

また、ロシアのRIAノーヴォスチ通信が、首都ダマスカスの警察筋の話として伝えたところによると、ダマスカス県カフルスーサ区にある住宅少なくとも1棟がミサイル攻撃で被害を受けた。

被害はさらに、UNESCO世界文化遺産に指定されているダマスカス旧市街のダマスカス城の事務所、城内に設置されている応用芸術技術研究所と遺跡博物館中等研究所、カフルスーサ区のアラブ文化センターにも及んだ。

イスラエルは、これまでにもシリアに対して爆撃やミサイル攻撃などといった侵犯行為を繰り返している。レバノンのヒズブッラーに代表される「イランの民兵」、パレスチナ諸派を封じ込めるというのが、イスラエルが攻撃を正当化する根拠となっている。だが、こうした攻撃は、明白な国際法違反であるだけでなく、トルコ・シリア地震の被害への対応に尽力するシリア、さらにはそれを支援する諸外国の努力に逆行している。

攻撃を再開していたトルコ

とはいえ、こうした行為は、イスラエルに限られたことではない。地震の被害者であるトルコも地震発生の翌日から、同国が「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)の支配地域への攻撃を再開した。12日には、地震の被害に喘ぐアレッポ県北部のアイン・アラブ(コバネ)市近郊のマナーズ村の街道で車1台を無人攻撃機(ドローン)で攻撃した。

これに関して、PYDの民兵組織である人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍の広報センターは声明を出し、兵士1人がミサイル攻撃で殺害されたと発表した。

米軍と「イランの民兵」の鍔迫り合い

2月15日には、米中央軍(CENTCOM)は声明を出し、14日の午後2:30頃、米軍(有志連合)が違法に駐留するダイル・ザウル県CONOCOガス田上空で偵察活動を行おうとしていたイラン製のドローンと交戦、これを撃墜したと発表した。

その3日後の2月18日、SANAや反体制系NGOのシリア人権監視団は、同じく米軍(有志連合)が違法に駐留するグリーン・ヴィレッジ基地を擁するウマル油田が、ロケット弾による攻撃を受けたと伝えた。

攻撃はダイル・ザウル県で活動する「イランの民兵」(イラク人民動員隊などイラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受ける諸派)によるものと見られる。

SANA、2023年2月19日
SANA、2023年2月19日

このほか、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)とシリア軍も2月5日、9日、16日、18日にアレッポ県西部、ラタキア県北部、イドリブ県東部で、トルコの支援を受けるシリア国民軍(通称Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)とシリア軍も散発的ながらも交戦している。

外国の「火遊び」も支援阻害の主因

国際社会においては、シリア、とりわけシャーム解放機構が支配するシリア北西部への支援の遅れが問題視され、メディアではその原因としてシリア内戦、つまりシリア政府、シャーム解放機構が主導する反体制派、PYDによる領土分断の弊害が着目されている。

その一方で、米国(そして西側諸国)がシリアに対して科してきた経済制裁は、人道支援は制裁の対象外だという主張とは異なり、例えば日本からシリアへの義援金や支援物資をきわめて困難(あるいは不可能)にするなど、シリアに救いの手を差し伸べるうえで大きな障害となってきた。米財務省は2月10日にシリアに対する制裁を180日に限って中止すると発表、西側諸国からも支援の動きは活発になりつつある。

だが、イスラエル、トルコ、米国、そして「イランの民兵」が執拗に続ける「火遊び」もまた、シリアへの支援を阻害する主因の一つだと言える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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