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両論併記のない戦争報道はプロパガンダ:ロシア軍によるシリア反体制派地域への爆撃をどう理解すべきか?

青山弘之東京外国語大学 教授
Twitter (@SyriaCivilDef)、2022年9月8日

両論併記のない戦争報道はプロパガンダと同義だ。

相手の情報発信がたとえフェイクだとしても、その内容から相手が何を喧伝したいのかが推測できる。また、自分たちが発信する情報が戦意発揚や劣勢を隠蔽することにつながっていないかを冷静に見極めるためにも、異なった主張に耳目を傾けることには意味がある。

今年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻をめぐる報道に、こうしたメディア・リテラシーを見出すことは難しい。なぜなら、我々が得ることができる情報は、そのほとんどが欧米諸国からの一方的なものだからだ。

シリア情勢をめぐる報道においても、メディア・リテラシーを感じ取ることはできない。なぜなら、両論併記はおろか、一方的報道すら行われないからである。

ロシア軍による爆撃

シリア北西部のイドリブ県で、ロシア軍戦闘機が9月8日に爆撃を実施した。

シリア領内での爆撃は、9月6日にイスラエル軍が民政施設であるアレッポ国際空港をミサイル攻撃したのに続いて2件目。ロシア軍による爆撃は、8月30日深夜から31日未明にかけてヒムス県東部でイスラーム国の拠点に対して行って以来となる。

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爆撃が、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)の支配下にあり、自由と尊厳のための「シリア革命」の成就をめざす反体制派が言うところの「解放区」内のシャイフ・ユースフ村一帯を標的とし、多数の犠牲者が出たことは事実である。

だが、その詳細については、異なった政治的立場から異なった説明がなされている。

筆者作成
筆者作成

在英反体制系NGOの発表

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、ロシア軍戦闘機は正午前にシャイフ・ユースフ村とハフサルジャ村の一帯、サイジャル村、ルージュ平原のガファル村などに対して14回の爆撃を実施した。

このうちシャイフ・ユース村とハフサルジャ村の一帯に対する爆撃は、両村に近い石材加工と住宅1棟を狙ったもので、市民7人が死亡、15人が負傷した。

爆撃と合わせて、クラスター弾を装填した地対地ミサイルによる攻撃も行われた。

ロシア軍はまた、この爆撃の約10時間後にも、同地に対して爆撃を実施した。

この爆撃に報復するかたちで、シャーム解放機構とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍)などからなる武装連合体の「決戦」作戦司令室が、シリア政府の支配下にあるタッル・マルディーフ村、ハントゥーティーン村を砲撃した。

これに対して、シリア軍も反撃、「決戦」作戦司令室の支配下にあるザーウィヤ山地方のバイニーン村、シャンナーン村、アーフィス村、ダイル・サンバル村などを砲撃し、ダイル・サンバル村で女性1人が負傷した。

現地活動家の発表

イドリブ県内で活動する「第80監視団アブー・アミーン」なる活動家は、ツイッターを通じて、戦闘機4機が16回にわたって爆撃を行ったと発表した。

同活動家によると、爆撃に参加したのは、Su-24戦闘機2機、Su-34戦闘機1機、Su-35戦闘機1機。午前10時22分頃にラタキア県のフマイミーム航空航空基地を離陸し、爆撃を実施した。

また、これと合わせて、シリア軍がザーウィヤ山地方の村々を砲撃したという。

ホワイト・ヘルメットの発表

シャーム解放機構と共闘する医療救急組織のホワイト・ヘルメットもツイッターなどを通じて、ロシア軍戦闘機がハフサルジャ村、ルージュ平原のガファルを爆撃し、新たな「虐殺」を行ったと非難、子ども1人を含む市民7人が死亡し、10人以上が負傷したと発表した。

同組織によると、死傷者のほとんどは、製材加工所の労働者で、爆撃時に作業に従事していたという。

ホワイト・ヘルメットは、ロシア軍やシリア軍の爆撃によって倒壊した建物のがれきの下から血まみれになった女性や子供の写真や動画を多数公開し、欧米や日本で注目を集めていた。今回の爆撃でも、血まみれになった市民の動画を公開しているが、それは爆撃現場から多少なりとも離れた場所で撮影されたものだった。

爆撃で倒壊した建物で救出作業を行う写真や動画は、ホワイト・ヘルメット、第80監視団アブー・アミーン、そしてMMCに代表される反体制系メディアによって公開、拡散されたが、そこには犠牲者を撮影したものはほとんどなかった。

ロシアの発表

これに対して、ラタキア県のフマイミーム航空基地に設置されているシリア駐留ロシア軍司令部に所属するロシア当事者和解調整センターのオレグ・エゴロフ副センター長は声明を出し、ロシア航空宇宙軍がシャイフ・ユースフ村近郊にあるシャーム解放機構の教練キャンプを爆撃し、テロリスト120人以上を殺害したと発表した。

RIAノーヴォスチ通信によると、エゴロフ副センター長は、この爆撃で、シリアに駐留するロシア軍部隊の施設を攻撃するためにテロリストが準備していた無人航空機(ドローン)制御拠点4カ所、ドローン発射装置数ヵ所、自作ドローン約20機を無力化したことを明らかにした。

また、シャーム解放機構が、イドリブ市、タフタナーズ市、ビンニシュ市、ジスル・シュグール市、ナイラブ村、アリーハー市で活動するホワイト・ヘルメットの代表らとともに、ロシア軍とシリア軍が民間人や民間インフラを攻撃していると見せかけるためのビデオを撮影している、と付言した。

ロシア側の発表は、反体制派のような証拠写真・映像を伴うものではなく、120人以上と死者数を確認することもできない。

プロパガンダとフェイクが作られる瞬間

現時点で、断定できるのは、9月8日にロシア軍戦闘機がイドリブ県を爆撃したという事実だけである。だが、この事実は、それを解釈し、あるいは転載するメディアやSNSユーザーの正義に基づいて脚色され、彼らにとって都合の良い真実として、両論併記がないままに拡散される。

シリア内戦、そしてウクライナ侵攻をはじめとする紛争においては、こうして意識的、無意識的にプロパガンダとフェイクが日々、増産されている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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