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シリア南東部で米軍基地がドローンの攻撃を受ける:軍事的威嚇に即応し得ない米国

青山弘之東京外国語大学 教授
Twitter (@MaghaweirThowra)、2022年8月15日

シリア南西部のヒムス県のタンフ国境通行所に設置されている米軍(あるいは米主導の有志連合)の基地が所属不明の無人航空機(ドローン)の攻撃を受けた。

シリアに違法に駐留する米軍

米国は2014年8月、有志連合CJTF-OIR(「生来の決戦」作戦統合任務部隊)を主導し、「テロとの戦い」でイスラーム国を殲滅するとしてシリアでの爆撃を開始した。翌年10月頃から、地上戦を担う「協力部隊」を支援するとして地上部隊を派遣し、シリア領内に駐留させるようになった。

イラクとヨルダンに面するタンフ国境通行所は、2015年3月22日にイスラーム国がシリア政府から奪取していたが、2016年3月5日、有志連合が「新シリア軍」を名乗る反体制武装集団とともにヨルダンから進攻し、これを制圧した。制圧された通行所には、米軍が基地を設置し、約200人規模の部隊を常駐させるともに、英軍も同地に技術者など約50人を駐留させた。

米国はまた、通行所から半径約55キロの地域が、領空でのロシアとの偶発的衝突を回避するために2015年10月に交わした合意に基づいて設定された「非紛争地帯」(de-confliction zone)に含まれると主張し、実効支配下に置いた。2017年末頃から「55キロ地帯」と呼ばれるようになった同地には、現在もシリア政府の主権は及んでおらず、革命特殊任務軍、殉教者アフマド・アブドゥー軍団、カルヤタイン殉教者、東部獅子軍など「新シリア軍」(2016年8月に瓦解)を構成していた反体制武装集団が、米英軍の教練を受け活動を続けている。

Orient News、2019年1月27日
Orient News、2019年1月27日

「55キロ地帯」のヨルダン国境に面する緩衝地帯には、ルクバーン・キャンプと呼ばれる国内避難民(IDPs)の居住区も存在し、1万人強が今も身を寄せている。シリア政府とロシアはキャンプに至る「人道回廊」を設置し、人道支援と政府支配地へのIDPsの帰還を試み、4万人あまりが実際に帰還した。だが、キャンプを支配する反体制武装集団は帰還を希望するIDPsに多額の金銭を要求するなどして「軟禁状態」に置き、また国連や赤新月社の人道支援も拒否している。劣悪な環境下にあるキャンプからはIDPsが脱出を試みる事案が頻発しているが、米軍の駐留が続くなかで、事態が抜本的に改善する気配はない。

Arabi 21、2022年3月25日
Arabi 21、2022年3月25日

なお、米軍は2021年現在、55キロ地帯とクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局が実効支配するシリア北東部に27カ所(ハサカ県15カ所、ダイル・ザウル県9カ所、ラッカ県1カ所、ヒムス県2カ所)の基地を設置、600~3,000人の将兵を駐留させているとされる。だが、米軍(そして有志連合)の駐留は、シリア政府はおろか、シリアのいかなる政治主体の承諾も得ておらず、また国連安保理決議などを通じた国際社会のいかなるコンセンサスも得ていない一方的で違法なものである。

有志連合の声明

有志連合は8月15日に次のような声明(第20200815-01)を出し、タンフ国境通行所の基地が攻撃を受けたことを明らかにしたのだ。

「生来の決戦」部隊は、革命特殊任務軍の協力者と連携して、2022年8月15日6時30分頃にタンフ守備隊近くに設置されている複数の無人防空システムによって攻撃に対処した。
有志連合は無人航空機システム(UAS)1機が被害を与えるのを阻止することに成功した。2機目のUASは革命特殊任務軍の複合施設で爆発したが、犠牲者も報告された被害も0だった。別のUASが試みた特攻攻撃も成功しなかった。
CJTF-OIR司令官のジョン・フレナン少将はこの敵対行為を非難し、こうした嫌がらせの攻撃を停止するよう呼びかけた。
「こうした攻撃は無辜のシリア人市民の生命を危険に晒し、我々の協力部隊がISIS(イスラーム国)の永続的な敗北を維持しようとする重大な努力を反故にする」。ブレナン少将は「有志連合の人員は、自衛権を有し、我々は我々の部隊を保護するための適切な措置を講じるだろう」と述べた。

有志連合はまた、声明を合わせて撃破したドローンの残骸と思われる写真数点を公開した。

革命特殊任務軍の声明

「55キロ地帯」で活動する反体制武装集団の主力をなす革命特殊任務軍も、ツイッターを通じて以下の通り発表し、ドローンによる攻撃の跡と見られる画像を公開した。

今朝、タンフは、我々の兵士を殺害しようとして、爆発物を装備した敵のドローンによって攻撃された。革命特殊任務軍と米軍が勇敢に対応し、被害者はなかった。我々は「55キロ(地帯)」を防衛し、自由なシリアのために戦う用意がある。

革命特殊任務軍は数時間後にもツイッターで以下の通り発表し、被害が軽微であることを強調した。

今朝の無差別攻撃の後、少年を慰める米軍兵士。危険に直面しても、我々の思いやりは揺らがない。

「イランの民兵」の報復か?

米国のアラビア語ニュース・テレビのフッラ・チャンネルなどによると、革命特殊任務軍のムハンナド・タラーア司令官は、以下の通り述べ、イランの関与を疑った。

シリア南東部のタンフの米軍基地に対する攻撃は月曜日(15日)の明け方に、3機のドローンによって行われた。
最初の1機は空き地で爆発、2機目は迎撃され、被害は未然に防がれた。一方、3機目は迎撃され、標的に至ることなく撃墜された。
イランと、シリア東部を拠点とするその民兵が基地を狙った攻撃の背後にいると思われる。
計画や情報を与えるのはイランだ…。なぜなら、基地は体制とイランにとって最大の問題だからだ。

「イランの民兵」は2020年1月にイラクのバグダード国際空港で、イラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団のガーセム・ソレイマーニー司令官とイラクの人民動員隊のアブー・マフディー・ムハンディス副司令官が米軍のドローンによる攻撃で殺害されて以降、シリア南東部で米軍(有志連合)と攻撃の応酬を繰り返してきた。

「イランの民兵」とは、シーア派(12イマーム派)宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘する外国人(非シリア人)民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などがこれに含まれる。

「55キロ地帯」では、2021年10月20日には、タンフ国境通行所の米軍基地に対してドローンとロケット弾で複合的な攻撃が行われ、食堂施設、モスク、食料庫が被害を受けた。誰が攻撃を行ったかを特定することはできなかったが、イランやレバノンのメディアは、イスラエル軍のシリアへの爆撃に対する「抵抗枢軸」(イラン、シリア、レバノン、パレスチナ諸派)の報復だと伝え、「イランの民兵」の関与を暗に認めた。

ドローンによる同様の攻撃は、同年11月18日にも行われたが、攻撃の応酬は、イスラエルがシリア領内の「イランの民兵」を狙って爆撃・ミサイル攻撃する度に、「イランの民兵」は、イスラエルではなく、シリア領内の米軍(有志連合)の施設を狙って報復を行っていると見られた。

今回のタンフ国境通行所の基地に対するドローンの攻撃も、その前日の8月14日に、イスラエル軍戦闘機がレバノンを領空侵犯し、タルトゥース県とダマスカス郊外県にある「イランの民兵」が駐留するシリア軍の施設を爆撃した直後に行われているがゆえに、「イランの民兵」による報復の可能性が強い。

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ロシアによる威嚇の可能性も

だが、最近の「55キロ地帯」への攻撃は、実はいずれもロシア軍によって行われている。

6月15日には革命特殊任務軍の拠点がロシア軍によって爆撃され、8月4日にも、カルヤタイン殉教者旅団の武装グループが狙われた。

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このうち6月15日の爆撃は、当初は「イランの民兵」が保有するドローンの攻撃と見られていたが、その後ロシア国防省が関与を認めたものだ。

今回のタンフ国境通行所によるドローン攻撃にロシア軍が関与しているか、あるいはその背後にイランだけでなく、ロシアが存在するかは定かではない。だが、誰が攻撃を行ったにせよ、それが、自国の部隊への軍事的な威嚇に対して即応し得ない米国の実態を白日のもとに晒していることだけは確かである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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