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イスラエル軍機がシリアを再びミサイル攻撃:ウクライナをいずれ襲う欧米諸国や日本の無関心

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2022年7月2日

イスラエル軍は7月2日午前6時30分頃、地中海上空からシリアのタルトゥース県南部のハミーディーヤ町一帯に対してミサイル多数を発射した。

狙われた民生用施設

イスラエル軍がシリアに対して爆撃・ミサイル攻撃を行ったのは今月に入って初めて。2022年に入ってからは26回目。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、ミサイル攻撃は養畜所を狙ったもので、女性1人を含む民間人2人が負傷、若干の物的被害が出たと伝え、写真や映像を公開した。

また、タルトゥース県水資源局のムハンマド・マフラズ局長は、SANAなどの取材に対して、ミサイル攻撃では3本の用水路も狙われ、長さ500メートルにわたって破壊されたほか、給水設備、コンクリート製の建物、水管なども破壊されたことを明らかにした。

攻撃によって、約100ヘクタールの農地への農業用水の提供ができなくなり、復旧作業が行われたが、被害総額は5000万シリア・ポンドに達するという。

またタルトゥース県電力公社のアブドゥルハミード・マンスール局長によると、ミサイル攻撃により電柱などが破壊され、電力網にも被害が出た。

農業施設や電力網といった民生用の施設への被害は、6月10日にイスラエル軍戦闘機のミサイル攻撃によってダマスカス国際空港が利用不能になった時にも発生していた(「イスラエルがシリアのダマスカス国際空港を爆撃で破壊:黙殺する欧米諸国と日本、非難するロシアとイラン」を参照)。

標的は「イランの民兵」

だが、こうした被害は「イランの民兵」を標的としたとの理由でうやむやにされた。

「イランの民兵」とは、12イマーム派(シーア派)宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘する外国人(非シリア人)民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などがこれに含まれる。

英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、標的になったのが、「畜産用に使用されていた格納庫」だとしたうえで、この格納庫はヒズブッラーが軍事目的、商業目的で使用していたと発表した。

また、サウジアラビアの衛星テレビ局のアラビーヤ(アルアラビア)も、シリアの複数の人権筋の話として、ヒズブッラーが武器弾薬庫として使用していた施設が狙われたと伝えた。

シリア人権監視団は、シリア軍、あるいはシリアに駐留するロシア軍が対空ミサイルで迎撃した音は確認できなかったとしたが、その理由としてアラビーヤは、シリア政府がこの武器庫の存在を承知していなかったと説明した。

なお、施設に貯蔵されていた武器は、数日前にレバノンに移送されたという。

一方、イスラエルのチャンネル12は、貯蔵されていた武器に関して、「海路、おそらくは先週(タルトゥース港)に停泊したイランの複数の船舶によって輸送された兵器が標的となったことを示している」としたうえで、「シリアのイラン人が自らの軍事的利益を守るために、防空システムを持ち込もうとする新たな動き」を阻止するのがミサイル攻撃の狙いだったと伝えた。

イラン外相の訪問に合わせた苛立ちに満ちた攻撃

ミサイル攻撃の数時間後、イランのホセイン・エミール・アブドゥッラフヤーン外務大臣がシリアを訪問し、バッシャール・アサド大統領、アリー・マムルーク国民安全保障会議議長、ファイサル・ミクダード外務在外居住者大臣とそれぞれ会談した。

SANA、2022年7月2日
SANA、2022年7月2日

今回のイスラエル軍機によるミサイル攻撃は、アブドゥッラフヤーン外務大臣の訪問に合わせるかたちで行われ、シリア領内に対する度重なる攻撃にもかかわらず、脅しに屈しないシリアとイランへの苛立ちを示すような侵犯行為だった。

こうした苛立ちを逆撫でするかのように、6月23日に復旧したばかりのダマスカス国際空港に専用機で到着したアブドゥッラフヤーン外務大臣は、アサド大統領やミクダード外務在外居住者大臣との会談で、シリアとイランの戦略的関係の強化を強調し、欧米諸国による両国への一方的な制裁に対抗すると述べた。

SANA、2022年7月2日
SANA、2022年7月2日

また、イスラエルによるシリア領内への度重なる侵犯行為に対しては、シリアとイランが一致団結して対処し、国際法や国連憲章が保障する報復権を行使すると表明した。

今日のシリアへの無関心は、明日のウクライナへの無関心

イスラエルによる今回のミサイル攻撃の6日前の6月26日朝、ロシア軍がウクライナの首都キーウに対して、また27日には中部ポルタヴァ州クレメンチュークのショッピングモール「アムストル」へのミサイル攻撃を実施、19人が死亡した。

ドイツ南部エルマウで首脳会議を開いていたG7各国首脳は、こうした攻撃を「忌まわしい」「戦争犯罪」と非難した。しかし、同盟国であるイスラエルがシリアの民生用施設に対して行う侵犯行為に、欧米諸国や日本が同じような非難を行うことは当然ない。それだけでなく、「イランの民兵」に対する攻撃がもたらした「コラテラル・ダメージ」だといった弁明すらない。

10年以上にわたり混乱が続いているシリアで今も非道が繰り返されていることに飽きてしまった、あるいは繰り返される非道にはニュース性がないのであれば、こうした無視、忘却、そして無関心は、ロシアの侵攻と欧米諸国の介入で混乱が長期化するウクライナをいずれは襲うことになるだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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