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スウェーデンとフィンランドのNATO加盟が合意される中、シリアでドローン攻撃を黙認し合う米国とトルコ

青山弘之東京外国語大学 教授
ABC News、2022年6月28日

NATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は6月28日、スウェーデンとフィンランドの加盟に難色を示していたトルコが支持に転じたと発表した。

トルコの軟化は、同国が「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織のクルディスタン労働者党(PKK)とつながりのある活動家の引き渡しについて折衝を行うことをスウェーデンとフィンランドが承諾したのを受けたもので、ウクライナへの侵攻を続けるロシアへの包囲網を強めようとしている米国の意向にも沿ったものだ。

こうしたトルコとアメリカの歩み寄りは、シリアでも両国の結託を促そうとしているかのようである。

米軍ドローンによるイドリブ県攻撃

シリア北西部のイドリブ県では6月27日晩、米軍が無人航空機(ドローン)によるミサイル攻撃を実施し、新興のアル=カーイダ系組織の一つであるフッラース・ディーン機構の幹部を殺害した。

米中央軍(CENTCOM)が声明を通じて明らかにした。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、ドローンによるミサイル攻撃は、シリアのアル=カーイダと目されるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握るイドリブ市とクマイナース村を結ぶ街道を走行中のオートバイに対して行われ、乗っていたイエメン人幹部の1人アブー・ハムザ・ヤマニーが死亡、遺体はイドリブ市内の病院に搬送された。

アル=カーイダ系組織とトルコが実効支配する「解放区」

イドリブ市を中心とするシリア北西部は、「シリア革命」の支持者らが「解放区」と呼ぶ地域で、独裁体制の支配を脱した革命家や市民が、自由や尊厳を謳歌していることになっている。だが、内実は、シャーム解放機構、フッラース・ディーン機構、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党といったアル=カーイダ系組織、トルコの全面支援を受ける国民解放戦線(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)の温床だ。

加えて、同地は、ロシア、トルコ、イランを保証国とする停戦プロセスであるアスタナ会議での諸決定により、トルコが停戦を監視する地域に指定されている。トルコは、各地に基地や拠点を設置し部隊を駐留させるとともに、国内避難民(IDPs)を収容する集合住宅を次々と建設している。

「解放区」とは名ばかりで、アル=カーイダ系組織とトルコによって実効支配されている地域だ。

「テロとの戦い」の標的は厄介者

この地域に対する米国の爆撃は、トルコ(そして同地の停戦プロセスを担うロシア)の暗黙の了解、ないしは索敵情報の提供のもとに行われているであろうことは容易に想像がつく。

なお、トルコとシャーム解放機構は2020年半ば以降、連携を強化し、停戦に応じようとしないフッラース・ディーン機構をはじめとする主戦派への締め付けを強化してきた。今年2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始すると、「解放区」内の主戦派をウクライナに傭兵として移送することにも合意したともされている。

今回の米軍によるフッラース・ディーン機構のイエメン人司令官の殺害は、「テロとの戦い」の旗手としての成果を誇示し続けたい米国にとっても、「解放区」内の厄介者を排除したいトルコ、そして国際テロ組織であるシャーム解放機構にとっても、理にかなったものだった。

シリア北東部でもドローン攻撃

シリア北東部でもテロリストに対するドローン攻撃は行われた。だが、攻撃を行ったのは、米国ではなく、トルコで、標的もアル=カーイダではなく、「分離主義テロリスト」だった。

PKKの系譜を汲むシリアのクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、トルコ軍は6月27日、ハサカ県タッル・タムル町近郊のタッル・ラバン村をドローンで爆撃し、民間人1人を負傷させた。シリア人権監視団によると、ドローンが爆撃したのは、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍に所属するタッル・タムル軍事評議会の拠点で、負傷したのは同評議会の戦闘員だった。

トルコ軍はまた、6月28日にもハサカ県マーリキーヤ市近郊のハーン・ジャバル(ハーナ・セレー)村でシリア民主軍の車1台と、堀を掘削する労働者を乗せた車1台をドローンで攻撃した。反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤが複数の地元筋の話として伝えたところによると、この攻撃でシリア民主軍の兵士4人が負傷した。

ドゥラル・シャーミーヤ、2022年6月28日
ドゥラル・シャーミーヤ、2022年6月28日

トルコ軍は28日、アレッポ県のタッル・リフアト市にある民家1棟に対してもドローンで攻撃を加えた。

ANHA、2022年6月28日
ANHA、2022年6月28日

トルコ軍がドローンで攻撃を行ったのは、いずれもPYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配地である。PYD(あるいはYPG、シリア民主軍、北・東シリア自治局)は、米国がイスラーム国に対する「テロとの戦い」の「協力部隊」として2010年代半ばから全面支援を行っている組織で、シリア北西部の広範な地域を実効支配している。しかし、このことがトルコにとって安全保障上の懸念を強めていた。

新たな軍事作戦の実施を示唆するトルコ

スウェーデンとフィンランドがNATO加盟に向けて動き出したのに合わせるかのように、トルコは、PYDの軍事的後ろ盾となっている米国に陰に陽に圧力をかけていた。

5月23日には、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が、シリア北部の国境地帯に幅30キロの「安全地帯」を整備し、トルコ国内のシリア難民100万人を「自発的」に帰還させるための新たな軍事作戦を実施する意思を表明した。

米国が違法に基地を設置しているハサカ県のタッル・バイダル村、ハイムー村、カフターニーヤ市、ルーバルヤー空港、ルマイラーン町、ルマイラーン空港、ハッラーブ・ジール村を含むシリア北東部にも「安全地帯」を拡大しようとするこの軍事作戦に対しては、米国だけでなく、ロシア、イラン、シリア政府も拒否の姿勢を示している。だが、トルコは、イブラヒム・カリン大統領報道官が6月27日に、「軍事作戦の準備は完了し、いつでも開始できる」と述べるなど、一向にひく気配はなかった。

アナトリア通信、2022年5月23日
アナトリア通信、2022年5月23日

だが、ここに来て、トルコはスウェーデンとフィンランドのNATO加盟に前向きな姿勢を示し、米国とシリア領内でのドローン攻撃を黙認し合うようになっている。

こうした歩み寄りの先に何が起きるのかはまだ分からない。

だが、イランのホセイン・エミール・アブドゥッラフヤーン外務大臣は6月28日、トルコの首都アンカラでのメブリュト・チャヴシュオール外務大臣との会談後の共同記者会見で、「トルコがシリア北部における軍事作戦の実施を必要だと考えていること、PYDがトルコの安全保障にとってどれほど脅威であるかを理解している」と述べ、トルコの新たな軍事作戦を黙認するとも読み取れる発言を行った。

トルコは、イランとの親密な関係を見せつけることで、米国、そしてロシアに軍事作戦の実施を認めるよう促しているようにも見える。

ウクライナは代理戦争における新たなコマ

トルコ、米国、ロシア、さらにはイランのこうした駆け引きが、今日の国際政治を動かしていることは今更言うまでもない。そして、シリアの政府、アル=カーイダ系組織、PYDはいずれもこれら強国にとって、取捨選択可能なコマ、あるいは「代理」(proxy)に過ぎない。ウクライナ侵攻が長期化の様相を見せるなかで、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟をめぐって、トルコがクルド民族主義勢力の処遇を取引材料として、米国との歩み寄りを画策していることからは、こうした代理戦争におけるコマの一つとしてウクライナが翻弄されていることを見て取ることができる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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