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シリアのアル=カーイダが逼迫する支配地の経済を立て直すための対策を披露:彼らが直面する危機とは?

青山弘之東京外国語大学 教授
Enabbaladi、2021年11月23日

ジャウラーニー指導者が洋服姿で登場

シリア北西部の反体制派支配地域、いわゆる「解放区」で、国連安保理決議第1267号(1999年10月15日採択)委員会(通称アル=カーイダ制裁委員会)が国際テロ組織にしているシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が11月23日、困窮する同地の経済への対応について協議するための「シューラー(諮問)総会」を開催した。

総会が開催されたのは、トルコのジルベギョズ国境通行所(ハタイ県)に面するイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所。国連安保理決議第2165号(2014年7月14日採択)に基づき、シリア政府の許可なく越境(クロスボーダー)人道支援を行うことができる最後の通行所である。

欧米諸国とアル=カーイダを「合法的」に結ぶ「最後の結節点」で開催された総会には、シャーム解放機構が「解放区」の自治を委託しているシリア救国内閣(アリー・カッダ首班ら)の閣僚、経済関係の専門家、メディア関係者らが参集しただけでなく、シャーム解放機構指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー・シャームが洋服姿で姿を現した。

ジャウラーニーが洋服姿で公の場所に姿を現したのは、2021年2月の米国人ジャーナリストのマーティン・スミスによるインタビュー以来2回目。

Baladi-News、2021年11月23日
Baladi-News、2021年11月23日

逼迫する「解放区」経済

シューラー総会では、シャーム解放機構が軍事・治安権限を握る「解放区」の経済状況、とりわけトルコ・リラの下落に伴う物価高騰、とりわけパンと燃料の価格上昇への対応が協議された。

Baladi-News、2021年11月23日
Baladi-News、2021年11月23日

「解放区」では、トルコ・リラの下落を受けて、シリア救国内閣は2.5トルコ・リラで販売されているパン(フブズ)1袋の目方を650グラムから段階的に450グラムにまで引き下げていた。また、「解放区」で燃料の販売を統括するワタド石油社も、家庭用プロパンガス・ボンベの価格を1本137トルコ・リラに、ガソリンを1リットル9.83トルコ・リラに、灯油を1リットル9.14トルコ・リラに値上げするなどの措置をとっていた。

このことが「解放区」の住民の生活をさらに困窮させ、10月15日には、イドリブ市で燃料、パン、野菜、水、電気などの価格引き下げを求める抗議デモが発生していた。

経済対策を披露ジャウラーニー

ジャウラーニーはシューラー総会で演説を行い、物価高騰に対応するための経済対策を披露した。ジャウラーニーの演説の骨子は以下の通りである。

人々のニーズを満たす解放区における食料安全保障が欠如していた…。だが、資源開発は加速しており、まもなく成果をあげるだろう。

経済成長は生産を必要とする。だから、我々は、国外からの輸入に代えて、国内市場をカバーするための国内生産を実現する段階に向かわねばならない。

経済成長は3年前に始められた戦略的計画の一環をなしている。第1ステップは大学教育機関、医師、エンジニアに関心を向けていた。

我々は原価の危機に対処するために段階的に資源を再分配した。これは、我々が解放区において行っているそのほかの優先課題に先んじて行われた。

解放区には豊かな農業資源があり、我々は何年にもわたって多くの農業プロジェクトに取り組み、現在のパン不足に代表されるような諸々の危機を克服しようとしてきた。

農業に適した土地を拡大するための研究や議論は終わり、そのための計画も策定された。農地が拡大されるたびに、十分な基本食料物資を得てきた。

工業における経済開発は、農業を犠牲することなく、これを維持、開発しつつ行われている。なぜなら、農業は解放区の経済の背骨だからだ。だから、工業と農業のプロジェクトは補完的に並行して行われてきた。

我々はこの地域における根本的な問題を特定し、優先順位に沿って、教育、学校・大学不足、下水道や道路の問題などを解決するべく取り組みを始めた。我々は解放区のすべての問題を解決しようとしている。

道路の舗装は重要懸案だ。なぜなら、人口が急増し、交通事故が多発しているからだ。解放区では、短期間のうちに交通事故で40人が亡くなっている。

住宅の確保や道路の舗装など、この地域での開発は進んでいる。我々の地域において、我々の計画やプロジェクトの成果が我々の祝福された革命にふさわしいかたちで目に見えるようになるには、弱化の時間が必要です。

我々は、この地域で開始された開発プロジェクトを通じて、採石場や道路などで2,500近くの雇用機会を提供した。それによって、人々は危機に対処するうえで助けとなる収入を確保している。

解放区内のパン製造所40カ所以上に対してパンの材料を支援することで、パン1袋の価格を2.5(トルコ・リラ)に設定したまま、目方を増すことになるだろう。我々はパンの材料の支援を続ける。たとえ、トルコ・リラが暴落しようと、300万米ドル以上が支援されるだろう。

解放区を襲うあらゆる危機に便乗しようとする者もいるだろう。だが、解放区の高官は賢明に自らの責任に向き合わねばならない。責任を逃れたり、背いたりしてはならない。一般大衆のように危機の前に立ちつくすのなら、我々は過ちを犯すことになる。

解放区にいる我々にアッラーが与えてくださった祝福に感謝しなければならない。解放区にいる我々には、真摯に、そして正しく建てられた建造物がある。アッラーのお許しのもと、この犯罪者体制を打倒し、シリア全土に善を広めることで、我々が希求する段階へと到達するだろう。

ジャウラーニーの公約通りパンの価格が引き下げられるかは定かでななく、緊急措置として拠出されるという300万ドルの出所も不明だ。

シャーム解放機構は、アル=カーイダとの関係を否定し、自らを「シリア革命」の旗手と位置づける一方で、「解放区」の統治に直接関与することを避けてきた。それは、国家を模した支配をめざしたイスラーム国が米主導の有志連合、ロシア、シリア、イランによる「テロとの戦い」によって弱体化させられたことから得た教訓だった。

Baladi-News、2021年11月23日
Baladi-News、2021年11月23日

経済対策を披露するジャウラーニーの姿は「国家元首」を彷彿とさせる。しかし、そのさまは、最大の支援国であるトルコの経済悪化の煽りを受けて「解放区」が困窮の度合いを増すなかでのシリアのアル=カーイダの危機感を映し出してもいる。

ジャウラーニーの公約が実現しなければ、「解放区」の反発はさらに強まり、公約が実現すれば、「解放区」の統治者としてのシャーム解放機構の存在が浮き彫りになり、ロシアやシリアが「テロとの戦い」を強める口実となるだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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