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米軍のシリア駐留における最大の口実となりつつある油田防衛:バイデン次期政権のシリア政策の布石

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア人権監視団、2020年12月7日

オバマ前政権の「燃えるがままにせよ」戦略

バラク・オバマ前政権時代の米国のシリア政策は「燃えるがままにせよ」戦略(‘let-it-burn’ strategy)などと呼ばれた。

オバマ前政権は、「アラブの春」波及に端を発して2011年3月に始まった抗議デモへのシリア政府の弾圧を人道の立場から非難し、経済制裁を科す一方で、アル=カーイダ系組織を含む反体制派を直接間接に支援した。また、シリア軍による化学兵器使用を「ゲーム・チェンジャー」と位置づけ、軍事介入を示唆した。さらに、イラクとシリアでイスラーム国が台頭すると、有志連合(生来の決戦作戦合同部隊(CJTF-OIR))を立ち上げ、両国に対する爆撃を実施、シリアでは、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)/人民防衛隊(YPG)を「支援部隊」と位置づけ、支援した。

人道、化学兵器、「テロとの戦い」などさまざまなパラダイムを提起しつつ、そのいずれも貫徹しようとすることなく、混乱を放置、ないしは再生産するマキャベリズム的な政策、それが「燃えるがままにせよ」戦略だった。

トランプ政権の「軍事的膠着」創出

これに対して、任期終了が迫るドナルド・トランプ大統領のシリア政策に関して、同政権下でシリア問題担当特使を務めたジェームズ・ジェフリーは、イスラエルのオンライン新聞「タイムズ・オブ・イスラエル」(12月5日付)のインタビューに応じ、「軍事的膠着」(military stalemate)をなんとか確保できたと振り返った。

ジェフリー前特使は、トランプ大統領について、「大統領、軍最高司令官になる資質はなかった」と批判、「中東における米国の友人やパートナーはみな、トランプ政権がなくなることを幸せだと言っている」と述べた。

そのうえで、トランプ政権がシリアにおける三つの主要な目的、すなわちシリアからのイランの部隊の完全撤退、イスラーム国の完全撲滅、そしてシリアの紛争の政治解決を達成できず、「軍事的膠着」をなんとか確保することで、シリアのバッシャール・アサド政権の勢力回復を阻止してきたと「成果」を強調した。

トランプ政権のシリア政策は、オバマ前政権に比して単純明快だった。イスラーム国に対する「テロとの戦い」を最優先に掲げ、続いて、シリアにおけるイランの影響力拡大、そしてシリア内戦の政治的解決をめざすというものだ。

この方針に沿うかたちで、米軍は有志連合が掃討作戦を行っていたユーフラテス川東岸での空爆を強化するなどし、2019年3月までにイスラーム国はシリア領内の支配地を失った。

イスラーム国が弱体化するなか、トランプ大統領は、2018年12月と2019年10月の二度にわたりシリアに駐留させていた米軍部隊の撤退を決定した。だが、いずれの決定も撤回され、米軍は現在もシリア領内の14カ所に基地を設置、違法な駐留を続けている。

筆者作成
筆者作成

その際、トランプ政権が、イスラーム国の脅威なきシリアへの部隊残留を正当化するために強調するようになったのが、ユーフラテス川東岸地域の油田防衛だった。それが、オバマ前政権と同様の多重基準であることは、誰の目からも明らかではあるが、ジェフリー前特使の発言は、そのことを再認識させるものだった。

「タイムズ・オブ・イスラエル」とのインタビューのなかで、ジェフリー前特使はこう述べている。

我々はアサドが軍事的に前進するのを食い止めてきた…。基本は軍事的膠着だ…。米国と同盟国は、イスラーム国と戦っているだけではなく、アサドの領土支配を否定している。トルコ軍はシリア北部で同じことをしているし、一方でイスラエル空軍は(シリア)領空を制圧している。

バイデン次期政権のシリア政策の行方は?

オバマ前政権時代のシリアでの「失敗」を払拭しようとしているとされるジョー・バイデン次期政権については、トランプ政権と同様の限定的な関与を継続するとの見方もあれば、アサド政権に対して再び攻勢を強め、シリア領内での軍事的プレゼンスを強めようとしているとの見方もある。

だが、「軍事的膠着」を継続するにせよ、「燃えるがままにせよ」戦略を復活させるにせよ、次期政権がシリアでの部隊駐留を正当化し続けることだけは確かだろう。

その布石になると思われるのは、トランプ政権が作り出した油田防衛という口実だ。米国が政権移行期を迎えるなかで、この口実を使い回そうとする動きが見られているからだ。

英国を拠点として活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は12月7日、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配下にあり、米軍が駐留するウマル油田に駐留していたYPGが撤退、これに代わって「石油施設防衛隊」が新たに進駐したと発表した。

「石油施設防衛隊」は、YPGを主体とし、有志連合がイスラーム国に対する「テロとの戦い」の「協力部隊」と位置づけるシリア民主軍に所属する組織で、米国が教練と装備を提供しているという。

その結成には、ダイル・ザウル県の住民(とりわけアラブ系部族)が独自の民兵組織を結成することを抑止する狙いもあるという。

ダイル・ザウル県では、8月に入って、アラブ系住民(部族)の間で、北・東シリア自治局やシリア民主軍を主導するクルド民族主義勢力(YPG、PYD)への反発が強まり、抗議デモが散発していた(「クルド民族主義勢力の支配下にあるシリア東部のアラブ人部族が住民に自治を移譲するよう最後通告」などを参照)。油田防衛は、米国が駐留する地域の不和を緩和するための口実としても利用されつつあるのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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