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アルメニアとアゼルバイジャンの戦闘開始に合わせるかのようにトルコは自由シリア軍を派遣:その真相は?

青山弘之東京外国語大学 教授
Twitter(@LindseySnell)、2020年9月23日

アルメニアとアゼルバイジャンで戦闘激化

カフカス地方(コーカサス地方)のアルメニアとアゼルバイジャンの間で9月27日に戦闘が発生し、少なくとも兵士16人と多数の住民が死亡、100人余りが負傷した。

戦闘が起きたのは、旧ソ連ナゴルノ・カラバフ自治州の周辺。アゼルバイジャン領だが、アルメニア人が多く住み、1991年にアルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ共和国)として独立を宣言、アルメニアがこれを実効支配している。

両国政府は、相手側の軍が先に攻撃を仕掛けたと主張、戒厳令を発令し、対決姿勢を示した。これに対して、ロシアと米国は両国に自制を促す一方、トルコはアゼルバイジャンを支持する姿勢を示した。

シリア内戦を想起させる当事者たち

アルメニアとアゼルバイジャンの関係は、7月半ばからにわかに緊張を増していた。いずれも旧ソ連に属し、ロシアの影響力が強い。アルメニアは、オスマン帝国末期のアルメニア人大虐殺の因縁もあいまってトルコと険悪である一方、シリア政府とは一貫して友好関係にある。対するアゼルバイジャンは、トルコ系のアゼリー人が国民の大半を占め、トルコと関係が深い。

ロシア、トルコ、シリア…。シリア内戦の当事者でもあるこれらの国のなかで、トルコが不穏な動きを続けてきた。

PKKの系譜を汲むPYDに近いメディアのリーク

シリアのクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)は2ヶ月前の7月29日、複数の独自筋の話として、イドリブ県で活動する反体制派戦闘員が、トルコの計画に従って、アゼルバイジャンに向かう準備を開始したと報じた。

同独自筋によると、この動きは、トルコのフルシ・アカル国防大臣が、アルメニアとアゼルバイジャンの軍事的緊張が高まるなかで、アゼルバイジャンへの支持を表明したことに伴うもの。

ANHAは、戦闘員数十人からなる第1陣が、イスラーム教の犠牲祭(イード・アドハー、7月19~23日)明けにトルコ領内に入り、そこからアゼルバイジャンに向かい、彼らには5,000米ドルが報酬として支払われると伝えた。

PYDはトルコ政府が「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む組織であるため、ANHAの報道はプロパガンダに思えた。

米国人ジャーナリストのツイート

だが、9月に入ると、今度は米国人女性ジャーナリスト・映画プロデューサーのリンジー・スネルが21日、ツイッターのアカウントで、次のように書き込んだ。

記録によると、トルコの支援を受ける自由シリア軍(TFSA:Turkish-backed Free Syrian Army)1,000人が9月27日から30日にかけてアゼルバイジャンに派遣される。複数の情報筋から、すでに何人かは現地にいると聞いている。

TFSAとは、トルコが占領するシリア北部のいわゆる「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域、「平和の泉」地域で活動を続ける国民軍のこと。2017年12月にシリア革命反体制勢力国民連立(シリア革命連合)傘下の暫定内閣国防省がアレッポ県アアザーズ市の参謀委員会本部での会合で結成を宣言した反体制武装集団の連合体である。トルコによってリビアに派遣され、国民合意政府(GNA)を支援する傭兵として戦闘に参加しているのも、国民軍に所属する部隊のメンバーである。

スネルはまた、9月23日には次のようなツイートを写真付きでアップした。

ハムザ師団(国民軍所属組織の一つ)の情報源から。おそらくハムザ師団のこれらの男たちが今日、アンカラ(トルコの首都)からバクー(アゼルバイジャンの首都)に到着した。

2016年7月にイドリブ県での取材中に、シリアのアル=カーイダであるシャームの民のヌスラ戦線(現在の名前はシャーム解放機構)によって逮捕され、同年8月に脱走した直後、今度はトルコに不法入国しようとして同国当局に逮捕されるという経験の持ち主でもあるスネルの書き込みも、プロパガンダなどではなかった。

シリア人傭兵300人以上がアゼルバイジャンに

英国を拠点とするNGOのシリア人権監視団は9月27日、シリア人傭兵300人以上がアゼルバイジャンに到着したことを確認したと発表した。

到着したのは、トルコが派遣を予定している傭兵の第1陣で、「オリーブの枝」地域(アレッポ県アフリーン郡)で活動する国民軍所属のスルターン・ムラード師団、アムシャート師団のメンバー。毎月1,500~2,000米ドルの報酬を与えられるという。

彼らは、数日前に「オリーブの枝」地域を出発し、アンカラを経由して、空路でアゼルバイジャン入り、近々第2陣もアゼルバイジャンに派遣されるという。

アルメニアとアゼルバイジャンの両軍の戦闘が始まった当日のことだった。

投稿された2本の映像

SNSではまた、アゼルバイジャンに派遣されたシリア人戦闘員を撮影したとされるビデオが2本投稿された。

1本目の投稿は、シリア人傭兵数百人を乗せた四輪駆動車の車列がアゼルバイジャン国内の基地を出発し、アルメニアとの国境地帯に向かっているとされる映像で、住民がアゼリー語で車列に声援を送る音も収録されている。

2本目の投稿は、アゼルバイジャンで負傷したとされるシリア人戦闘員が次のように訴える映像である。

若者よ、君たち、そして君たちよ、アゼルバイジャンを見てみろ。若者よ、君たち、そして君たちよ、戦闘地域を離れるな。我々の喉元に目的があり、我々の喉元に拘束されている女たちがいる。

「革命家」の悲痛なメッセージ

シリア人傭兵にアゼルバイジャンに来ないよう警告するこの映像はしかしフェイクだった。

シリアの反体制系検証サイトのタアッキド(Verify-sy)が9月27日に明らかにしたところによると、映像はイドリブ県内で撮影されたもの。男性の名前はアスアド・アブドゥルハミード・イブラーヒーム(通称アブー・マスアブ・シャンナーン)で、シャーム解放機構とともに「決戦」作戦司令室を結成し、イドリブ県でシリア軍と戦闘を続ける国民軍傘下の国民解放戦線に所属するシャームの鷹の大隊メンバーだという。映像は、イブラーヒームがイドリブ県ザーウィヤ山地方での最近の戦闘で負傷し、イドリブ市内のハヤート病院で治療を受けている際に撮影されたもので、現在はイドリブ県ラアス・ヒスン村近郊にいるという。

Verify-sy、2020年9月27日
Verify-sy、2020年9月27日

イドリブ県では、2月から3月にかけて、シリア・ロシア軍とトルコ軍・「決戦」作戦司令室が激しく交戦し、前者が同県南部を制圧した。これを受けて、3月5日、トルコとロシアは停戦合意を交わし、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路の安全を確保するための連携を強め、これに抗う勢力への締め付けを強化している。

最近では、トルコとロシアがM4高速道路以南の反体制派支配地をシリア政府の支配下に復帰させることに合意したとの情報もあり、トルコにとって反体制派の利用価値は低下している。

これまでたびたび報じられてきたリビアへのシリア人傭兵の派遣は、不要となった反体制派をシリアから排除するための一石二鳥の策だったとも言える。イドリブ県に続いて、リビアでも戦闘が収束に向かおうとしているなか、今度はアゼルバイジャンがカネで雇われた反体制派の「捨て場所」になっているかのようだ。

イブラーヒームのフェイク画像は、シリア政府やレバノンのヒズブッラーに近いマヤーディーン・チャンネルのレポーターなどが拡散したとされる。だが、そのフェイクのなかには、「自由」と「尊厳」の実現をめざす「シリア革命」の「革命家」たちの悲痛なメッセージが込められている。

追記(2020年9月29日)

「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」の以下の記事も合わせてご覧下さい。

「国民軍はトルコがアゼルバイジャンにシリア人傭兵を派遣していることを認める(2020年9月28日)」

「アルメニア政府はトルコによってアゼルバイジャンにシリア人傭兵4,000人が派遣され、うち81人を殺害したと発表(2020年9月28日)」

「アゼルバイジャン、トルコはシリア人傭兵の派遣を否定:「アルメニア側からの新たな挑発」(2020年9月28日)」

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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