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中東で派兵合戦が激化か?:エジプトはシリアに部隊を派遣、トルコはアゼルバイジャンへの傭兵移送を準備

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

事実かフェイクかは定かでない。

だが、リビアをめぐってトルコと対立を深めるエジプトが、シリアに派兵したと報道される一方、アルメニアとの軍事的緊張が続くアゼルバイジャンへの傭兵の移送をトルコが準備しているとの情報が流れた。

エジプトがシリアに派兵か?

トルコ国営のアナトリア通信は7月30日、複数の信頼できる消息筋の話として、エジプト政府が最近になって、イラン・イスラーム革命防衛隊(そしてロシア)と連携して、アレッポ県とイドリブ県に部隊を派遣したと伝えた。

同消息筋によると、派遣されたエジプト軍部隊の兵力は約150人。

ハマー航空基地(ハマー県ハマー市近郊)に空路で移送されたのち、アレッポ県西部のハーン・アサル村一帯やイドリブ県のサラーキブ市一帯に展開したという。

両地はいずれも、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が主力をなす反体制派の支配地域(いわゆる「解放区」)に面する前線。トルコは「解放区」に部隊を駐留させ、停戦監視の名目のもと、反体制派を支援している。

リビアで対立を深めていたエジプトとトルコ

エジプトでは7月20日、リビアのハリーファ・ハフタル将軍の要請を受けて、アブドゥルファッターフ・スィースィー大統領が議会に提出したリビアへの部隊派遣にかかる法案が承認されていた。

これに対して、シリア人傭兵(国民軍戦闘員)をリビアに派遣するなどして、リビア国民軍と対立する国民合意内閣(GNA)を支援するトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は7月24日、エジプトの介入を「違法」と非難していた。

複数の専門家によると、今回のエジプト軍のシリア派遣は、リビアをめぐって対立を深めるトルコに圧力をかける狙いがあるという。

情報元はTFSAの報道官

シリアへのエジプト派兵の情報源は、トルコの支援を受けて、同国が占領するアレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県北部で活動する国民軍のユースフ・ハンムード報道官。

国民軍は、TFSA、すなわち「トルコが支援する自由シリア軍」(Turkish-backed Free Syrian Army)として知られる武装集団。イドリブ県の「解放区」でシャーム解放機構とともに「決戦」作戦司令室を構成し、シリア・ロシア軍に対峙する国民解放戦線もこの国民軍の傘下組織。

ハンムード報道官は、エジプトの日刊ニュース・サイトのアラビー21に、シリアに派遣されたとされるエジプト軍部隊の交信を録音したとする音声データを提供し、同サイトがこれを公開した。

音声データは33秒の短いもので、エジプト軍兵士と思われる2人が、エジプト方言で通信チャンネルについて訊ね合っている様子が断片的に録音されている。

ハンムード報道官は、これに先立って7月30日にアラビー21に対して、エジプト軍派兵の詳細を暴露している。その内容は以下の通りだ。

エジプト軍士官が6月にアレッポ市でロシア、イラン側の代表と会談し、エジプト軍部隊の派遣について協議した…。これを受けて、エジプト軍特殊部隊の将兵148人が7月23日、3班に分かれて、スエズ運河に面するイスマーイーリーヤ市からハマー航空基地に入った。その後、彼らはアレッポ市に移動、同県のハーン・アサル村に展開した。

ハンムード報道官は、8月2日にもアラビー21の取材に応じ、派遣されたエジプト軍部隊148人のうち、50人がサラーキブ市近郊、98人がハーン・アサル村に配置されたと付言している。

証言内容は、7月30日のアナトリア通信の内容と完全に一致している。

シリア人権監視団は否定

これに対して、英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団は7月30日、複数の信頼できる消息筋の話として、アナトリア通信の報道は事実に反し、シリア政府支配地域にエジプト軍部隊は派遣されていないと発表した。

また、8月1日には、トルコがシリア人傭兵(TFSAの戦闘員)数百人と外国人「ジハード主義者」数十人をリビアに新たに派遣したと発表し、トルコを暗に批判した。

シリア人権監視団によると、これにより、リビアに派遣されたシリア人戦闘員の数は約17,000人(うち子供350人)、契約を終えて帰国した戦闘員は6,000人となった。

また、リビアに派遣された外国人「ジハード主義者」の数は10,000人で、うちチュニジア人が2,500人だという。

なお、リビアでの戦闘で死亡した戦闘員は481人(うち子供34人)を記録している。

トルコがシリア人傭兵のアゼルバイジャンへの派遣を準備か?

こうしたなか、シリアのクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)は7月29日、複数の独自筋の話として、イドリブ県の「解放区」で活動する反体制派の戦闘員が、トルコの計画に従って、アゼルバイジャンに向かう準備を開始したと伝えた。

同独自筋によると、この動きは、トルコのフルシ・アカル国防大臣が、7月13日から続くアルメニアとアゼルバイジャンの軍事的緊張に関して、アゼルバイジャンを支持すると表明したことに伴うもの。

戦闘員数十人からなる第1陣は、犠牲祭(イード・アドハー)明けにトルコ領内に入り、そこからアゼルバイジャンに向かう予定で、戦闘員には5,000米ドルの報酬が支払われるという。

これに関して、シリア人権監視団によると、「解放区」で軍事・治安権限を握るシャーム解放機構が、新興のアル=カーイダ系組織の一つフッラース・ディーン機構に所属する「沿岸軍」のファドル・リービーを名乗る司令官と、外国人戦闘員5人を逮捕したと発表した。

逮捕された6人は、トルコからリビアに転戦することを指示されたが、これを拒否していたという。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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