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ロシアの意向に沿って縮小を続けるシリアへの越境人道支援(解説)

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

国際連合安全保障理事会は7月7日、周辺国からシリアへの越境(クロス・ボーダー)人道支援をさらに1年延長する決議案の採決を行ったが、ロシアと中国が拒否権を行使し、廃案に追い込んだ。

ロシアと中国以外の13カ国は決議案に賛成していた。

廃案となった決議案とは?

決議案は、今年1月11日に採択された国連安保理決議第2504号(S/RES/2504 (2020))が定めた越境人道支援の終了期間である7月10日が迫るなかで、ドイツとベルギーが共同で提出した。

その内容は、アレッポ県のバーブ・サラーマ国境通行所とイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所の2カ所を経由する支援の仕組みを維持したまま、その期間を2021年7月10日までの1年間延長するというものだった。

バーブ・サラーマ国境通行所は、トルコが占領する「オリーブの枝」地域とトルコのキリス県オンジュプナル国境通行所に面している。一方、バーブ・ハワー国境通行所は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が主導する反体制派が支配するいわゆる「解放区」とトルコのハタイ県チルヴェギョズ国境通行所に面している。

Liveuamapの地図をもとに筆者作成。
Liveuamapの地図をもとに筆者作成。

しかし、ロシアのワシーリー・ネベンジャ国連大使は「通行所の数を1つに制限するかたちで、現行の支援の仕組みを半年延長する我々の決議案を提出する」としたうえで、「テロリストの支配下にあるイドリブ県の残りの地域に人道支援を搬入し、そこでの市民の必要に対応するには通行所は1つで充分だと考えている」と付言、決議案に反対の意思を示した。

ロシアは、トルコ占領地に設置されているバーブ・サラーマ国境通行所を除外し、バーブ・ハワー国境通行所のみの使用を定めた決議案を提出するものと思われる。

また、中国の張軍国連大使は「一方的な強制措置が解除されない限り、シリアの人道状況の本質的な改善にはならない…。シリアの市民の苦難に懸念を主張する国があるが、その国がシリアに一方的に強制措置を科し、シリア国民の暮らしを締め付けている」と非難し、シリアに対する制裁の解除を求めた。

越境人道支援の経緯

シリアへの越境人道支援は、2014年12月17日に採択された国連安保理決議第2191号(S/RES/2191 (2014))に基づいて開始された。

同決議は、周辺諸国から同意を得て、シリア政府に通告が行われれば、反体制派が管理するバーブ・サラーマ国境通行所、バーブ・ハワー国境通行所、ラムサー国境通行所(ダルアー県)、そしてクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する暫定自治政体の西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)が管理するヤアルビーヤ国境通行所(ハサカ県)を経由して人道支援を行うことができると定めていた。

シリア政府への通告は求められてはいたが、同意は不要とされており、反体制派を支援する欧米諸国、トルコ、アラブ湾岸諸国にとって有利な内容となっていた。

国連安保理決議第2191号は、支援期間を2016年1月10日までと定めていたが、これまで4回にわたって期間は延長されている。

1度目は2016年12月21日に採択された安保理決議第2332号(S/RES/2332 (2016))によって2018年1月10日まで延長された。

2度目は2017年12月19日に採択された国連安保理決議第2393号(S/RES/2393 (2017))によって2019年1月10日まで延長された。

3度目は2018年12月14日に採択された国連安保理決議第2449号(S/RES/2449 (2018))で2020年1月10日まで延長された。

そして、4度目は2020年1月10日に採択された国連安保理決議第2504号(S/RES/2504 (2020))で同年7月10日まで延長されていた。

ロシアの意向に沿った改変

なお、国連安保理決議第2504号の採決時には、越境人道支援を許可する通行所とその期間をめぐって対立が表面化していた。

ベルギー、ドイツ、クウェートが提出した決議案では、シリア政府の支配下に復帰したラムサー国境通行所を除く3つの通行所を通じた支援を1年間延長するとされていた。

だが、ロシアは、ラムサー国境通行所に加えて、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の管理下にあるヤアルビーヤ国境通行所を閉鎖し、残るバーブ・サラーマ国境通行所とバーブ・ハワー国境通行所を通じた支援期間についても1年ではなく、6ヶ月のみ延長することを主張した。

いずれの決議案も2019年12月20日の採決で否決された。だが、2020年1月11日、ロシアの主張に沿った内容の国連安保理決議第2191号が採択され、越境人道支援の継続が辛うじて維持された経緯がある。

維持される違法な国境通行所

このように、越境人道支援が可能な国境通行所は減少傾向にある。だが、シリア政府の支配が及ばない地域と周辺国は、トルコや米国が違法に設置した国境通行所によって結ばれている。

イドリブ県のカフル・ルースィーン村に設置された国境通行所からは、トルコ軍が連日兵站物資を積んだ車輌をシリア領内に進入させている。

また、こうした違法な通行所のほかにも、アレッポ県ジャラーブルス市の国境通行所、ラッカ県タッル・アブヤド市の国境通行所、ハサカ県ラアス・アイン市の国境通行所といったトルコ占領地の通行所は稼働している。

一方、北・東シリア自治局が設置したスィーマルカー国境通行所、ワリード国境通行所、そしてヤアルビーヤ国境通行所は、米軍の兵站物資を含むヒトとモノの移動に利用されている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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