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シリアのイドリブ県でアル=カーイダと自由シリア軍が完全統合に向けた連携を強化か?

青山弘之東京外国語大学 教授
Al-Akhbar、2020年7月2日

「シリア革命」最後の牙城とされるイドリブ県の「解放区」。この地で軍事・治安権限を掌握するシリアのアル=カーイダのシャーム解放機構と、トルコの支援を受ける国民解放戦線が統合軍の結成に向けた連携を強めているとするニュースがインターネットで話題となった。

特別教練キャンプ

最初に報じたのは、米ワシントンDCでアラブ諸国の民主化を支援するための中立的な報道をめざしているというStep Newsだった。

同サイトは7月1日、複数の軍事筋から独自に得た情報だとして、国民解放戦線の司令部が、所属諸派のメンバー全員に対して、来週土曜日(7月4日)から開始される40日間の特別教練キャンプに参加する準備を行うよう告知したと伝えたのだ。

この軍事筋によると、特別教練キャンプは、イドリブ県北部のカフルタハーリーム町とハーリム市に設置されており、前者は、シャーム解放機構が、後者は国民解放戦線を傘下に置き、シリア北部のトルコ占領地で活動する国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)の支配下にある。

トルコが諸派の解体を指示

国民解放戦線を主導するシリア・ムスリム同胞団系の武装集団であるシャーム軍団のアブー・アリー・ジャバリーを名乗る司令官は、Step Newsに対してこう述べている。

トルコが、イドリブ県で活動する諸派に対して、メンバー全員をキャンプで教練し、シャームの鷹、自由イドリブ軍、ナスル軍などを名乗る組織を廃するよう通告してきた…。こうした名の組織は、国民軍のもとに解体され、組織ごとではなく、メンバーが受ける教練内容に応じて編成される。

トルコとロシアは、国際幹線道路(M4高速道路)の安全を確保し、運輸通商活動を再開させるために合同の治安部隊を派遣することを合意している。

アル=カーイダが自由シリア軍を教練

ジャバリー司令官の発言で注目すべきは、こうした動きがシャーム解放機構と連携して行われていると述べた点だ。彼は次のように続けている。

シャーム解放機構はこれらのことすべてを事前に承知している。現地で行われていることはいずれも、彼らとの連携のもとに行われている。とりわけ、教練キャンプについての問題がそうで、それは各地域で彼らの監督のもとに行われている。

アル=カーイダを懐柔しようとするトルコ

この発言が事実だとすると、シリアのアル=カーイダが自由シリア軍を教練していることになる。ジャバリー司令官はさらに次のように述べ、トルコがシャーム解放機構を懐柔する動きを強めていると主張する。

シャーム解放機構は最近、この地域にかかるあらゆる国際社会の合意に抗ってきた過激派からなる「堅固に持せよ」作戦司令室と戦い、これを解体した。このことがシャーム解放機構に対するトルコの姿勢を大きく変化させたのだ。

シャーム解放機構がトルコに送ったメッセージは、みなにも届いている。彼らは、組織された強力な組織で、この地域に影響力を持っている。これまで以上に穏健化している。今後交わされるだろういかなる合意、あるいは現在協議中のいかなる合意も、シャーム解放機構と連携して進められねばならない。彼らは、合意を守り、保証できるからだ。

国民解放戦線は否定

しかし、当の国民解放戦線は、ジャバリー司令官の発言内容を否定した。

国民解放戦線の公式報道官を務めるナージー・ムスタファー大尉は報道声明を出し、特別教練キャンプに関して「国民解放戦線諸派にとって通常どおり続けられている集中キャンプ」に過ぎないと述べた。

声明によると「キャンプは戦闘員の…戦闘能力を向上させ、軍事的な枢軸を再設定し、想定し得るすべての戦況に対処する訓練を受けた特殊部隊にこれを提供する準備を推し進めるためのものだ」という。

また、反体制系サイトのNedaa-syは、サイフ・アブー・ウマルを名乗る国民解放戦線広報責任者の話として、ジャバリーなる人物は実在せず、Step Newsへの情報提供者によるでっち上げだと伝えた。

シャーム解放機構と国民解放戦線は、「決戦」作戦司令室を結成し、イドリブ県の「解放区」で共闘を続けている。それゆえ、両組織が統合軍の結成に向けて連携を強めていたとしても不思議ではない。事実、こうした動きはこれまでにもたびたび報じられてきた。

だが、仮に両者の完全統合が実現すれば、それはシャーム解放機構がアル=カーイダから自由シリア軍への「変態」を完了し、ロシアとトルコが主導するイドリブ県の秩序再編の動きのなかで、生存の場を得たことを意味するだろう。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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