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クルド民族主義勢力が主導する北・東シリア自治局支配地で新型コロナウイルス感染者が初めて確認される

青山弘之東京外国語大学 教授
Twitter(シリア人権ネットワーク)、2020年4月20日

北・東シリア自治局支配地は新型コロナウイルス感染者を確認したと初めて発表

北・東シリア自治局ジャズィーラ地域保健委員会のジュワーン・ムスタファー共同議長は4月29日に声明を出し、ジャズィーラ地域で新型コロナウイルス感染者が2人確認されたと発表した。

北・東シリア自治局はクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体。2018年9月に発足し、ユーフラテス川以東の農村・砂漠地域を実効支配する。

2012年2月に発足した暫定自治政体の西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)の後身であるジャズィーラ地域(ハサカ地区、カーミシュロー地区)、ユーフラテス地域(コバネ地区、ギレ・スピ地区)、アフリーン地域(アフリーン地区、シャフバー地区)の3つに加えて、マンビジュ民政評議会、タブカ民政評議会、ラッカ民政評議会、ダイル・ザウル民政評議会という4つの自治政体から構成され、人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が軍事、アサーイシュを主体とする内務治安部隊が治安を担当する(拙稿「シリアにおける分権制・連邦制の行方:アサド政権vs.クルド民族主義勢力PYD」を参照)。

保健委員会は保健省に相当する。

北・東シリア自治局は4月17日に、世界保健機関(WHO)がハサカ県カーミシュリー市で新型コロナウイスル感染者1人が死亡したと公表したことを批判していたが、自治局自体が感染確認を発表したのはこれが初めて。

ムスタファー共同議長によると、感染が確認されたのはハサカ県ハサカ市

ハサカ市は、政府が中心部の治安厳戒地区を統治する一方、それ以外の地域は概ね北・東シリア自治局の支配下にある。

感染が確認された2人は夫婦で、妻は政府が管理するカーミシュリー国立病院に隔離され、夫は自宅療養しているという。

カーミシュリー国立病院で感染者が隔離されていることは、政府と北・東シリア自治局が感染対策において連携を取り合っていることを示すものだ。

感染確認を受けて、ハサカ地区評議会のアブドゥルガニー・ウースー共同議長、同保健局のルーマンダー・イーサー共同議長、同健康フォローアップ委員会メンバーのダルバース・マアミー氏は共同声明を出し、感染者の自宅があるハサカ市ウムラーン地区を完全隔離、またハサカ市を部分隔離すると発表した。

また、ハサカ市内の住民に対して、拡声器を通じて、外出を控え、予防措置を徹底、またシリア政府支配下の治安厳戒地区に入らないよう呼びかけた。

ANHA、2020年4月29日
ANHA、2020年4月29日

進まない「解放区」の感染対策

シリアのアル=カーイダと目されるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を掌握するイドリブ県やトルコの占領下にあるアレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県北部の反体制派支配地域、いわゆる「解放区」では、反体制組織のホワイト・ヘルメットが4月22日に声明を出し、新型コロナウイルスと戦うための取り組みを調整し、人的物的資源を適切に投入するため「国民対応チーム」を設置したと発表した。

アルジャジーラ、2020年3月24日
アルジャジーラ、2020年3月24日

声明によると、「国民対応チーム」はトルコのガジアンテップ市にあるWHOの監督のもと、さまざまな感染防止にあたるという。

しかし、シャーム解放機構支配地では、感染予防対策の不備が指摘された。

シリア・ロシア軍の攻撃の被害を発表し続ける反体制系NGOのシリア人権ネットワークは4月26日にツイッターを通じて、イドリブ市内の複数のモスクでタラーウィーフの礼拝(ラマダーン月の夜の礼拝)が行われていたと批判した。

シリアでは4月24日からラマダーン月の断食が始められている。

シリア人権ネットワークは「イドリブ市のモスクで行われたタラーウィーフの礼拝で礼拝者が密集している状況は、新型コロナウイルス感染症COVID-19の脅威に対する配慮と社会的取り組みを欠いている…。これはCOVID-19の感染拡大と予防のために行われるべきもっとも単純な予防策に反している」と綴り、礼拝の写真を転載した。

政府支配地域では感染者が回復、予防対策が一部緩和される

保健省は4月25日に新型コロナウイルス感染者5人が、26日に3人が、27日に5人、28人に2人が回復したと発表した。

一方、26日には新たに1人の感染者が確認されたと発表した。

これにより、4月28日現在のシリア国内での感染者数は計43人、うち死亡したのは3人、回復したのは21人となった。

SANA、2020年4月28日
SANA、2020年4月28日

イマード・ハミース内閣の新型コロナウイルス対策チームは4月23日、ラマダーン月が始まったのを受けて、新型コロナウイルス感染症対策として実施している金曜日と土曜日の外出禁止時間を午後7時半から翌朝6時までに変更するとともに、商店の営業時間を午前8時から午後5時まで認める決定を下した。

イマード・ハミース内閣はまた4月26日の定例閣議で、初等・中等学校の全児童を進級させることを決定、教育省に対して、今年度行えなった授業について来年度に補講で補うための準備を行うよう指示した。

その一方で内閣は、イード・アル=フィトル(ラマダーン月の終わり)まで国立および私立の大学、研究所での授業中止期間を延長することを決定した。

さらに、ハミース内閣新型コロナウイルス対策チームは4月30日、県内の都市・農村間の移動制限について、就業者の移動を容易にするためにこれを解除することを決定した。

また、4月30日木曜日、5月1日金曜日、5月2日土曜日の3日に限り、昼間の県外への移動を認めることを決定した。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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