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新型コロナの影響でシリア難民の帰還が止まる一方、イドリブの反体制派を除く各勢力は対応に追われる

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウィルスの影響でシリアへの難民の帰還止まる

シリアの難民と国内避難民(IDPs)の帰還を調整しているロシア合同調整センター所轄の難民受入移送居住センターは15日に帰還した難民はいなかったと発表した。

シリアおよび周辺諸国が新型コロナウィルスの感染拡大を阻止するため、出入国規制を強化しているのが理由。

レバノン政府は15日からシリアとの国境を閉鎖することを決定していた。

難民の帰還状況

難民受入移送居住センターによると、シリア南部(ダルアー県、クナイトラ県、スワイダー県)での戦闘がほぼ収束した2018年7月18日以降に帰国したシリア難民は577,144人。

内訳は、レバノンからの帰国者が181,896人(うち女性54,966人、子ども93,064)、ヨルダンからの帰国者395,248人(うち女性118,618人、子ども201,569人)。

また、ロシアがシリア領内で航空作戦を開始した2015年9月30日以降に帰国した難民は806,424人(うち女性242,242人、子供411,555人)。

なお、UNCHRによると、2020年3月5日現在、難民登録したシリア人は5,565,109人。内訳はトルコでの登録者が3,589,289人、レバノンが910,256人、ヨルダンが656,103人、イラクが248,162人、エジプトが129,642人、その他の国が31,657人。

この数字はロシアの難民受入移送居住センターが確認している難民の数(6,581,051人、うち女性1,974,315人、子供3,356,336人)よりも少ない。

IDPsの帰還状況

一方、IDPsは、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する北・東シリア自治局支配下のダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸からシリア政府支配地域への帰還が増加傾向にある。

難民受入移送居住センターによると、2020年1月1日から3月16日までの約2ヶ月半の間に、ダイル・ザウル県サーリヒーヤ村の通行所を経由してシリア政府支配地域に帰還したIDPsは13,002人で、同じ時期に帰還したIDPs(65,697人)の約20%を占める。

なお、2015年9月30日以降に帰還したIDPsは1,334,293人。

シリア政府による新型コロナウィルス感染予防対策:国会選挙の投票延期

バッシャール・アサド大統領は14日、2020年政令第86号を施行し、新型コロナウィルス感染予防策の一環として、4月13日に予定されていた第3期人民議会(国会)の投票を5月20日に延期することを決定した。

また、イマード・ハミース内閣は13日の閣議で、3月14日から4月2日までの約3週間、公立および私立の大学、小中高等学校、専門学校での授業を中止し、大学寮の殺菌を実施するとともに、公共の行政機関での就業者数を40%削減することを決定した。

SANA、2020年3月13日
SANA、2020年3月13日

この閣議を受けて、文化省は15日、同省が所轄する文盲撲滅活動、祭典、展示・展覧会、ブックフェア、講演会、セミナー、演劇・音楽・映画上演、博物館展示、文化関連の集会を開催しないことを決定した。

「イランの民兵」への感染拡大か?

シリア保健省によると、政府支配地域内で新型コロナウィルス感染者はいまだ確認されていないという。

しかし、反体制系サイトのダイル・ザウル24は16日、複数の情報筋の話として、ダイル・ザウル県ユーフラテス川西岸のマヤーディーン市内の病院で6人が新型コロナウィルスに感染していることが確認されたと伝えた。

6人のうち4人はイラク人、2人はイラン人で、市内にある「イランの民兵」専用の病院に隔離されているという。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団も14日、政府支配地内の複数の医療筋から得た情報として、ダマスカス県、タルトゥース県、ラタキア県、ヒムス県で新型コロナウィルスへの感染が疑われ、隔離されている患者が113人にのぼっていると発表した。

北・東シリア自治局の対応

北・東シリア自治局は14日、決定第23号を施行し、自治局内の学校、大学、専門学校での授業の中止と、集会の開催中止を決定した。

同自治局はまた15日、決定第28号を施行し、16日から19日までの4日間、自治局内のすべての公共機関を閉鎖することを決定した。

これを受け、同自治局保健委員会(保健省に相当)は、政府との共同統治下にあるハサカ県ハサカ市、カーミシュリー市、アレッポ県アイン・アラブ(コバネ)市、マンビジュ市、アレッポ市シャイフ・マクスード地区およびアシュラフィーヤ地区などで感染予防対策を重点的に開始した。

これらの都市では、行政機関、教育機関、病院などの施設での消毒作業を行うとともに、住民に当局の感染防止策に従うよう呼びかけている。

ANHA、2020年3月16日
ANHA、2020年3月16日

このほか、北・東シリア自治局傘下のイスラーム民主社会大会は15日、自治局支配地域内のモスクでの金曜日午後の集団礼拝を中止することを決定した。

また、ハサカ県北東部のチグリス川西岸に位置するスィーマルカー国境通行所の管理局は14日、通行所を閉鎖し、旅行者の往来を禁止するとともに、イラクからの人道支援物資の搬入と国連関連機関職員の往来は1週間に1度(火曜日)に制限すると発表した。

トルコおよびその占領地の対応

CNN Turkは12日、トルコ当局がアレッポ県バーブ・サラーマ国境通行所に通じるオンジュプナル国境通行所(キリス県)からのシリア人の入国を禁止することが決定したと伝えた。

決定はシリア側で新型コロナウィルス感染者が確認されたとの情報を受けたもの。

また、トルコ占領地域(「ユーフラテスの盾」、「オリーブの枝」、「平和の盾」地域)で活動する国民軍は報道向け声明を出し、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるアレッポ県マンビジュ市北のアウン・ダーダート村およびバーブ市近郊のアブー・ザンディーン村の通行所を閉鎖すると発表した。

一方、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構、新興のアル=カーイダ系組織のフッラース・ディーン機構、中国新疆ウィグル自治区出身者を主体とするトルキスタン・イスラーム党、トルコの支援を受ける国民解放戦線(国民軍)が活動を続けるイドリブ県の反体制派支配地では、シリア人権監視団などがIDPsなどへの新型コロナウィルス感染拡大の脅威を指摘するなか、具体策が講じられているとの報道はない。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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