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ドゥーマー市での化学兵器使用疑惑事件をめぐって利用され続けるシリアの子供たち

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリアで、またもや子供が犠牲となっている。とは言っても、シリア軍の「無差別攻撃」や包囲によって命の危険に曝され続けている訳でもなければ、反体制派によって「人間の盾」とされている訳でもない。自らの介入政策を正当化しようとするロシアや欧米諸国が、内戦で喘いできた子供たちを利用することに躍起なのだ。

米英仏が示した曖昧な状況証拠

ダマスカス郊外県東グータ地方のドゥーマー市で4月7日に発生した化学兵器(塩素ガス)使用疑惑事件は、ホワイト・ヘルメットが、インターネットを通じて被害者とされる住民の映像や画像を公開することで明るみに出た。映像や画像には、有毒物質を洗浄するとして水をかけられる子供、消毒用スプレーをかけられる子供、酸素呼吸器や携帯酸素缶を口に当てる子供、横たわって心電図の電極を取り付けられる子供などが多数映っていた。

出所:https://twitter.com/syriacivildef/status/982896553424818176
出所:https://twitter.com/syriacivildef/status/982896553424818176

事件発生を受け、米英仏はシリア軍が化学兵器を使用したと断じ、14日にシリア領内に対するミサイル攻撃に踏み切った。だが、シリア軍が関与した証拠は曖昧で、状況証拠の域を脱しなかった。

米政府高官は攻撃直後の報道関係者に対するブリーフィングで、被害者に瞳孔の収縮や中枢神経系の障害といった症状が見られたとしたうえで、塩素ガスだけでなく、サリンが使用された可能性もあると説明した。また攻撃は「樽爆弾」によるもので、事件発生時にヘリコプターが旋回、このことがシリア軍の関与を裏付けていると指摘した。だが、被害者の診断がどのように行われたのかは明らかにされず、またヘリコプターの飛来と攻撃の関係も裏づけられていなかった。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領も攻撃2日前の12日に「アサド政権が化学兵器を使用した証拠を握っている」と述べた。だが、それが何なのかは明らかにしなかった。

ホワイト・ヘルメットの不自然な言動

事件後のホワイト・ヘルメットの言説も不自然だった。

40人以上が死亡し、100人以上が負傷したとされる事件(当初は90人が死亡し、1,000人が負傷したとされていた!)をめぐっては、「遺体が存在しない」との指摘が早くからなされていた。これに関して、トルコに在住するホワイト・ヘルメット代表のラーイド・サーリフ氏は18日、ロイター通信の取材に対して、こう述べた(20日にツイッターを通じて発表された声明でも、同様に主張している)。

我々は化学兵器禁止機関(OPCW)の事実調査団に、我々が収集した化学兵器攻撃に関するすべての情報を提供した。そのなかには、犠牲者を埋葬した正確な場所も含まれている…。

遺体は、激しい爆撃が行われていたためにすぐに埋葬された。埋葬場所は証拠改ざんを防ぐために伏せられている…。遺体をできるだけ早く埋葬するのが優先事項だった。

出所:https://twitter.com/RaedAlSaleh3/status/987404812814835714
出所:https://twitter.com/RaedAlSaleh3/status/987404812814835714

だが、負傷者の救出や治療に手一杯で、身元確認する余裕すらなかったはずのホワイト・ヘルメットが、遺体の埋葬に執着するのは不自然に思えた。

ロシアの反論

対するロシア、そしてシリア政府は、事件がホワイト・ヘルメットと英国諜報機関の捏造で、化学兵器攻撃はそもそもなかったと反論した。とりわけ、ロシアは、現場検証や住民の証言といった「物的証拠」を積み重ねるかたちで、公開した映像が、「化学兵器が使用された」とのデマでパニック状態に陥った住民を撮影したものだと主張した。イスラーム軍やアル=カーイダ系組織が退去し、シリア軍の支配下に復帰した東グータ地方に憲兵隊、技術者、記者を自由に送り込むことができるようになったロシアの主張は、自信に満ちているようにさえ見えた。

加熱する報道合戦

こうしたなかで、メディアでの取材・報道合戦が過熱した。

BBCは4月16日、ホワイト・ヘルメットが公開した映像に映っていた少女にインタビュー(場所は不明)を行い、その様子を公開した。15日の母親とともに取材に応じたマーサちゃん(7歳)はこう証言した。

砲撃があったとき、お父さんと地下室にいたの…。すると突然、「樽」が落ちてきて…、爆発しないで「ピュシュー」って音がしたの…。「上に、上に、上に」って言われて…、最上階まで登ったらころんじゃったの…。そしたら、ママがおじさんに「娘が、娘が、娘が」って言って、3人のお医者さんがやって来たの…。

1人のお医者さんが私を抱っこして…、救助の場所で下ろして、水をかけたの…。それから中に入って、スプレーと注射をされたの…。

寝ようとしたら飛行機が爆撃して、ほこりだらけになったの…。そのあと、地下室に戻って、死んだ人たちを運ぶのを見たの。

出所:BBC(2018年4月16日)
出所:BBC(2018年4月16日)
出所:BBC(2018年4月16日)
出所:BBC(2018年4月16日)

これに対し「ロシア24」も23日、ホワイト・ヘルメットが公開した映像の映っていた少年にインタビューを行い、対抗した。ドゥーマー市でインタビューに応じたハサン・ディヤーブくん(11歳)は、次のように証言した。

ボクたちは地下室にいました…。お母さんは食べる物がないって言っていました…。「病院に行け!」と誰かが通りで叫んでいるのが聞こえました…。病院に走って行きました。病院に着くと、そこにいた人たちがボクを掴んで、水をかけてきました…。

彼らはこのホースでボクに水をかけてから、ソファに座らせました…。怖かったです…。

そのあと、彼らは、ここ(指を指して)に座るように言って、ボクにナツメヤシ、クッキー、ごはんをくれました。

出所:ロシア24(2018年4月23日)
出所:ロシア24(2018年4月23日)
出所:ロシア24(2018年4月23日)
出所:ロシア24(2018年4月23日)

同じ現場にいたにもかかわらず、二人の発言は、それぞれ米英仏とロシア・シリア政府の主張を忠実になぞったものだった。

OPCWでの説明会

被害者による証言は続いた。26日、化学兵器禁止機関(OPCW)のシリアとロシアの代表が、事件現場に居合わせたとする住民や医師をオランダのハーグにあるOPCW本部に証人として招待し、加盟国に対する説明会を開いたのだ。招待された17人のなかには、ハサンくんも含まれていた。

出所:SANA(2018年4月26日)
出所:SANA(2018年4月26日)

説明会の後に行われた共同記者会見で、ハサンくんの父親のウマル・ディヤーブ氏は次のように述べ、息子の証言をサポートした。

子供や妻は、地下室にいた。そのとき、「ポイント1」、つまり病院に逃げろ、という声が聞こえた。地下室を出ると、炎に包まれた建物の骨組みや煙が立ちこめており、テロリストが、息子のハサンを含む子供達を病院に連れて行った。それから彼らは息子達、そして妻に水を掛け始めた。私も病院にはいたが、子供たちを連れ帰ることは許されなかった。

また、救急医師のハッサーン・ウユーン氏はこう証言した。

事件当日、15~20人が軽い呼吸困難に陥り、病院に搬送された。症状は軽度のものから、中程度のものだった。我々は臨床検査を行ったが、そのときには非通常兵器の使用を示す症状は見られなかった。

外科医のヤースィル・アブドゥルマジード氏も、次のように述べた。

病院の手術室に入ってきた1人が、2歳くらいの幼児を連れてきて、「毒ガスか化学兵器に曝された」と主張した…。だが、診察しても、有毒ガスの症状は見られなかった。

さらに、医師のムムターズ・ハンシュ氏は、以下のように述べ、ホワイト・ヘルメットの関与を疑った。

ホワイト・ヘルメットが配信したビデオが撮影される直前に、地元の医療チームと連携せずに活動していると思われる、訓練を受けていないボランティア複数人が救急センターに入ってきて、化学兵器が使われたと大声で叫んだ。

結果ありきの主張を裏打ちさせられる子供たち

OPCWの英国代表は説明会に関して「OPCWは劇場ではない」と批判、その内容についてはロシアの「プロパガンダ」だと一蹴した。「劇場」という言葉は、ロシアやシリア政府が、化学兵器使用疑惑事件を自作自演だと非難する際の常套句だ。

事件の真相をめぐっては、OPCWが現地でのサンプル採取を完了しており、化学兵器の使用の有無、そして使用された場合の成分についての検証結果の開示が待たれる。だが、どのような検証結果が出ようと、シリア内戦の当時者たちの対応が変化することはないだろう。

化学兵器の使用の事実が確認できないとの結果が出れば、ロシアとシリア政府は、事件がホワイト・ヘルメットと英国諜報機関によるフェイクだったとの批判を強め、米英仏の政府は、ロシアとシリア政府が現場を洗浄し、証拠を隠滅したとの主張を繰り返すだけだ。また化学兵器の使用が確認された場合、米英仏はシリア軍の攻撃だと改めて断じ、ミサイル攻撃の正当性を強調し、ロシアとシリア政府は、反体制派の犯行だと反論するだけだろう。

真実が明らかにされても、何も変わらない!

内戦で苦しんできた子供たちは、結果ありきのこうした主張に説得力を与えるためだけに利用され、メディアに曝されている。ドゥーマー市での戦闘の終わりは、子供たちにとって見れば、別の苦難の始まりでしかない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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