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同乗しているクルマが暴走! 助手席のあなたに、できることはあるか!?

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
トヨタ交通安全センター「モビリタ」での研修風景。本文とは関係ありません。

 アクセルペダルとブレーキペダルの踏み間違いや、ドライバーの体調急変による暴走事故がなくなりません。特に2019年は、4月19日に池袋で12人が死傷、6月4日には福岡市で9人が死傷するという大きな事故が発生しています。双方の事故に共通しているのは、通常通り走行している最中に暴走し始めたことと、異変が起きてから衝突するまでに数百mの距離があったこと、それに助手席に同乗者がいたことです。

 特に福岡の事故では、事故車両は1km前後、暴走していたと見られていますから、同乗されていたかたは、さぞ怖い思いをしたでしょう。発見されたときには、シートベルトを外して足元にうずくまった状態で亡くなっていたそうですから、ドライバーの足をアクセルペダルから離そうとしていたのかも知れません。

 さて、あなたが同じような状況に遭遇したとき、何かできることはあるでしょうか? 今回はそれを、みなさんと一緒に考えようというのが趣旨です。

 最初にお断りしておきますが、本稿は「どんなクルマにも当てはまるひとつの対処法を指南する」のが目的ではありません。クルマはメーカーやモデル、年式によって、装備されている機能が異なりますから、それぞれに応じて適切な対処方法は変わってきます。個別具体的な方法についてはみなさんに考えていただき、それを事前にシミュレーションしておくことで、事態に瀕した際に最善の対応が取れるようにしておきましょうというのが本稿の趣旨であり、いわば自然災害に対する避難訓練のようなものだと思って下さい。

同乗中に暴走したら、シフトを「N」にするのが有効

 前置きが長くなりましたが、ここから本題に入りましょう。各社とも最新のモデルは、衝突被害軽減ブレーキや踏み間違い防止アシスト装置が付いているものがほとんどになっていますが、すべてのドライバーが最新のクルマに乗っているわけではないし(池袋も福岡も、先進安全装置は未搭載のクルマでした)、そうしたシステムも、ハンドルを切ったりアクセルを踏み増したりすると「回避操作が行われた」と判断して、機能を停止するものも少なくありません。

 こうしたことを踏まえると、共通して言える対処方法は「それ以上の加速をやめさせる」ということ。具体的には「ギヤをN(ニュートラル)に入れる」ことです。実際、これを緊急停止対策として取扱説明書に掲載しているメーカーも少なくありません(個別に確認して下さい)。

プリウス(50型)の取扱説明書の例(傍線筆者)。車外品のフロアマットにアクセルペダルが引っかかった場合などに、ドライバーが対応することを想定したものだが、シフトレバーは助手席からでも操作できる。
プリウス(50型)の取扱説明書の例(傍線筆者)。車外品のフロアマットにアクセルペダルが引っかかった場合などに、ドライバーが対応することを想定したものだが、シフトレバーは助手席からでも操作できる。

 これはドライバーが操作することを想定したものですが、たいていのクルマのシフトレバーは、助手席から手の届くところにあります(一部輸入車を除く)。AT車ならば、パターンはたいてい「P-R-N-D」の順に並んでおり(電子スイッチ式のものはこの限りではありません)、走行中に使用する「D」レンジから「N」レンジへは、レバーを倒すだけで切り替えられます。

 こうしてそれ以上の加速をさせないようにすれば、あとは走行抵抗によって徐々に減速していくはずですから、たとえ止まりきれずに衝突してしまっても、被害の拡大を防ぐことはできます。

ホンダ「N-BOX」の取扱説明書から。「D」と「N」の移動はボタンを押さずにレバーを倒すだけで操作が可能なので、前進走行中ならレバーが止まるところまで前に押せば「N」に入る。
ホンダ「N-BOX」の取扱説明書から。「D」と「N」の移動はボタンを押さずにレバーを倒すだけで操作が可能なので、前進走行中ならレバーが止まるところまで前に押せば「N」に入る。

プッシュ式エンジンスタート/ストップスイッチには緊急停止機能も

 もうひとつ、プッシュ式のエンジンスタート/ストップスイッチを装備しているクルマには、エンジン(ハイブリッドやEVシステム含む)を緊急停止させる機能が付いているものがほとんどです。スタート/ストップスイッチを長押しするか、短時間に3回以上、連打すれば、エンジンやハイブリッドシステムを停止することができるのです(自車がどうであるかは、取扱説明書やディーラー、お客様相談室などで確認して下さい)。

 助手席から手の届くところにスタート/ストップスイッチがあれば、これを作動させてエンジンやモーターのパワーをシャットダウンさせることができます。

 ただしエンジンが停止すると、パワーステアリングやブレーキブースター(真空倍力装置)が働かなくなるモデルも少なくありませんので、ハンドル操作が重くなったり、ブレーキの利きが弱くなったりするので注意が必要です。シフトが「N」にならなかった場合のつぎの策として考えておくのが良いでしょう。

(ヤリス以降のトヨタの新型車、ダイハツ車、マツダ車は、エンジン停止後も一定時間、パワステとブレーキブースターは作動するとのことです)

マツダCX-30のウェブ版マニュアルから。ブレーキの利きが悪くなり、パワーステアリングが重くなる旨が記載されているが、実際には安全に停止できるよう、短時間ならどちらのアシスト機能も作動し続けるそうだ。
マツダCX-30のウェブ版マニュアルから。ブレーキの利きが悪くなり、パワーステアリングが重くなる旨が記載されているが、実際には安全に停止できるよう、短時間ならどちらのアシスト機能も作動し続けるそうだ。

 注意する必要があるのは、キーを刺す方式のクルマです。この方式はキーを「OFF」位置にすると機械的なハンドルロックがかかるものがほとんどです。「ACC」位置で止めることができないと、ハンドルが利かなくなって危険ですから、緊急時の使用は考えないほうが良いのではないかと思います(助手席からでは手も届きませんね)。

スズキ「ワゴンR」の取扱説明書の例。キーシリンダー式の場合、「LOCK」位置まで回すとハンドルがロックされてハンドルが利かなくなる(スズキ車以外も同様)。
スズキ「ワゴンR」の取扱説明書の例。キーシリンダー式の場合、「LOCK」位置まで回すとハンドルがロックされてハンドルが利かなくなる(スズキ車以外も同様)。

 もっと積極的に減速させようと思ったら、サイドブレーキを使用することも考えられます。「スピンするから危険」という人もいますが、そもそもドライバーが運転不能に陥っているのが前提ですから、スピンしてでも運動エネルギーを下げることを優先させた方が良いのではないかと思います。それに、スピンしない程度にコントロールしながらサイドブレーキを引ける人もいるかも知れません。たとえば急な坂道に停車して、サイドブレーキを引いてもギリギリ動き出してしまう力加減を確認しておけば、とっさの場合でも適切に操作できる可能性は高まります。

 いずれにしても、マニュアル的に「○か×か」で考えるのではなく、使えるかも知れない手段をたくさん想定しておき、自身の能力やクルマの性能を考慮して最適な手段を選択するほうが、事故を回避できる可能性は確実に高まります。

電動パーキングブレーキの緊急停止機能は活用する価値あり

 また、電動パーキングブレーキを装備しているクルマの中には、緊急停止機能を備えているものも少なくありません。たとえばトヨタの中上級車種とダイハツ車、スバル車、ホンダ車、マツダ車と三菱車には、走行中に電動パーキングブレーキのスイッチを引き続けると、エンジン出力を落とし、ABS(アンチロックブレーキ)やESC(電子制御姿勢安定化装置)の油圧ブースターを使って、姿勢を乱さずクルマを停止させる機能が搭載されています。こうしたクルマなら、何よりもまず、これを使うのが有効な緊急停止手段でしょう。

 特にマツダの第7世代商品群(マツダ3/CX-30/MX-30)は、電動パーキングブレーキの緊急停止機能作動中はストップランプが点灯し、減速することを周囲に伝えながらクルマを止めることができます。該当するクルマにお乗りのかたは、何はさておき電動パーキングブレーキスイッチを引き続けるのが最善の緊急停止方法と言えます。

ホンダ「N-WGN」の取扱説明書から(赤丸筆者)。表記はこれだけだが、スイッチを2秒以上引き続けると、4輪の油圧ブレーキを使って緊急停止させる機能が働く。もっと積極的にアピールしても良いのではないか。
ホンダ「N-WGN」の取扱説明書から(赤丸筆者)。表記はこれだけだが、スイッチを2秒以上引き続けると、4輪の油圧ブレーキを使って緊急停止させる機能が働く。もっと積極的にアピールしても良いのではないか。

※緊急停止機能は絶対に試さないで下さい。

今後15年間は、高齢ドライバーが急増するとの予測が

 令和元年の交通安全白書によれば、2018年末における80歳以上の運転免許保有率は20.5%ですが、65歳〜69歳では78.3%に達しています(グラフは男女別なので、総人口比で計算し直しています)。このことから考えると、今後15年程度の間に、加齢による運転ミスや突然の体調不良による暴走事故は、ますます増えることが予想されます。

 取り返しのつかない事故を起こさないためにも、ユーザーが備えられることは、ユーザーの責任において備えておくべきでしょう。

令和元年交通安全白書(総務省)から引用。この先20年は高齢ドライバーが急増すると予想されます。
令和元年交通安全白書(総務省)から引用。この先20年は高齢ドライバーが急増すると予想されます。

緊急停止機能を共通化するよう提案したい

 さて、ここまではユーザーのみなさんに考えていただきたいことを書いてきましたが、ここからは自動車技術会や自動車工業会などの業界団体や自動車メーカー、国土交通省など関係省庁のかたに考えていただきたいお話をします。結論から書いてしまいますが、「緊急停止機能を統一化できないか」ということです。

 電動パーキングブレーキを使用した緊急停止機能を採用するクルマは増えてきていますが、ほとんどは誤操作防止のため、2〜3秒引き続けないと作動しません。たとえば時速50kmで走っていると、3秒間に約42m進んでしまいます。その間にアクセルが全開にされると、作動するまでの距離はもっと長くなります。たとえば緊急停止機能が作動するまでの間に70km/hまで加速してしまったとすると、ブレーキが作動してから停止するまでの距離は60m程度必要です。すなわち、異変に気付いてスイッチを引いた後、停止するまで約100mを走行してしまうことになります。これをもう少し早く作動するようにはできないでしょうか。

 時間的な余裕を持たせているのが誤操作防止のためならば、誤操作を起こさない操作ロジックを考えれば良いはずです。たとえばハザードランプスイッチとスタート/ストップボタンを同時に押すなど、両手を使わないとできないような操作ロジックにしておけば、誤操作は防げるはずです。特にトヨタは近年、助手席からもエンジンを緊急停止できるよう、スタート/ストップスイッチを運転席より左側にレイアウトするよう見直しを進めているとのこと。ハザードランプスイッチは、すでに大抵のクルマが運転席より左に配置していますから、こうしたレイアウトを義務化してしまえば、緊急停止機能もディレイタイムを置かずに作動させられるようになるはずです。

 また、現在の電動パーキングブレーキによる緊急停止機能は、ブレーキがかかるだけのものがほとんどですが、同時にハザードランプを点滅させたりホーンを吹鳴させたりすれば、周囲の人が異変に気付いて回避行動を起こせるようになるはずです。自動車メーカーや業界団体、関連省庁には、こうした装置の可能性を、ぜひ検討していただきたいと思います。

 最後にもう一度、ユーザーのみなさんへ。クルマの安全に関しては、マニュアル的な○×情報を誰かから与えられることを期待するのではなく、個別の事情に応じて自分の頭で考え、対策を準備しておくことが肝要であり、それが運転を免許されたものの責務でもあります。お持ちのクルマに装備されている機能をご自分で調べ、万が一暴走したときにどうすれば良いか、ご家族で取り決めをしておくことをお勧めいたします。

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年間勤務した後、地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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