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「ねこまんまはお行儀が悪い」に疑義 スープ作家が異色のレシピ本に込めた思い

阿古真理作家・生活史研究家
スープ作家の有賀薫さんは昨年末、画期的な提案を行うレシピ本を刊行。(筆者撮影)

 ここ数年、流行中のスープ。今やスープに特化したレシピ本は、書店にコーナーができる1ジャンルとなっているほど。その躍進に貢献したのが、「スープ作家」の肩書で次々とレシピ本を刊行する人気料理家、有賀薫さんだ。料理レシピ本大賞では2度の入賞を果たし、2019年に刊行した『朝10分でできるスープ弁当』(マガジンハウス)は10万部超えのベストセラーとなっている。

 昨年末、有賀さんの肩書が「スープ作家」であって、「スープ(レシピ)研究家」ではない意味が分かる、画期的なレシピ本が刊行された。それが帯に「『ねこまんま』全面肯定!」と謳う『スープかけごはんで、いいんじゃない?』(ライツ社)である。

 時短レシピが求められる時代背景もあり、これまで有賀さんが出したレシピはシンプルなものが中心で、1品で主菜・副菜を兼ねたスープも多かった。それならご飯を添えれば食事が完結するからだ。それが「スープかけご飯」となると、1品だけで食事自体が完結する。しかし、それは「行儀が悪い」と言われがちな作法ではないのか? あえてそういう料理を紹介することに、有賀さん独自の意図があった。それはいったい何だろうか?

人気スープ作家、有賀薫さんの最新レシピ本は、あえて「『ねこまんま』全面肯定!」と謳う、挑戦的な本である。その意図はどこにあるのだろうか?(筆者撮影)
人気スープ作家、有賀薫さんの最新レシピ本は、あえて「『ねこまんま』全面肯定!」と謳う、挑戦的な本である。その意図はどこにあるのだろうか?(筆者撮影)

時短だけじゃない「料理の楽しさ」を伝えたい。

 同書で紹介されているレシピは、幅広い。

 長ネギとトマト、卵だけで作った「トマたま塩スープ」、ニラがたっぷり入ったナンプラー味「ニラまみれ!鶏ひき肉のスープ」、といった野菜をたっぷり摂れるもの。ベーコンと卵黄を牛乳スープにトッピングした「焼きベーコンのカルボナーラ」など、主菜を兼ねられるスープ。イワシのかば焼き缶を使った「かば焼きのっけ!だしかけ胡椒めし」などの既製品を利用した簡単スープなどがある。

 味噌や醤油、ナンプラー、コチュジャンといった強い味の調味料を使用し、スープ単体でも成立するが、ご飯にかけるとよりおいしくなるよう工夫されている。うどんやパスタなど、麺に合わせられるレシピもある。

 簡単レシピのほかに、レンコンをすりおろして昆布出汁のスープと合わせる「れんこんのサラサラすり流し」や、卵白を泡立ててスープに加える「ふわふわ淡雪のしょうがスープ」、パクチー入り肉団子を作る「鬼パク肉団子のスープ」といった手間のかかるレシピも散見される。「シンガポールのバクテー『肉骨茶』」や「ネパールのおみそ汁『ダル』」といった、外国料理のアレンジまである。

「れんこんのサラサラすり流しかけごはん」は、レンコンをすりおろし昆布出汁に加える。味つけは塩とゴマ油。レンコンをすりおろしさえすれば、上品な味わいのスープを手軽に作ることができる。(撮影:土居麻紀子)
「れんこんのサラサラすり流しかけごはん」は、レンコンをすりおろし昆布出汁に加える。味つけは塩とゴマ油。レンコンをすりおろしさえすれば、上品な味わいのスープを手軽に作ることができる。(撮影:土居麻紀子)

 スープ1品で食事が完結するからといって、「より効率的で手間がかからない」時短料理としてだけ、スープかけご飯を提案したわけではないことがうかがえる。

 「手間をかけるものも含めたバリエーションが、レシピに欲しい」と言ったのは、担当編集者の大塚啓志郎社長。ふだん時短レシピを求められることが多い有賀さんは、「本当にいいんですか?」、と大塚さんにくり返し確認したそうだ。すると毎回、「それでいいんです」ときっぱりした答えが返ってきた。「僕は料理する楽しさを伝えたいので、今どきの時短調理や材料これだけ、みたいなことにはこだわらず、有賀さんらしい組み合わせの面白さを出して欲しい」と。有賀さんも、「実は、レシピを見て作ってくれる人には、簡単かどうかで判断するのではなく、おいしそうと思ったものを作ってくれる人も多いんです」という実感があったことから、納得した。

実は、昔からあるスープかけご飯の考え方。

 同書の最大の挑戦はもちろん、あえてご飯にスープをかける提案である。そこには有賀さん自身の体験が含まれている。

 「子どもの頃、母がよく奄美地方の郷土料理でもある『鶏飯』を作ってくれたんです。シイタケ煮や錦糸卵、茹でて裂いた鶏肉などが並べてあって、自分でご飯にスープをかけ、おかずを載せて食べる。その作業自体が楽しかった」ことが原点にある。

 「スープと主食を合わせた料理は、イタリアのパン入りズッパなど世界にある。日本でも、野菜がたっぷり入った武蔵野うどんやほうとう、大分のだご汁、秋田のきりたんぽ鍋がある。それを言えば、シメにご飯や麺を入れる鍋料理もそういう食べ方に近い。今忙しい人が多い中で、『そういう食べ方がいいんじゃない?』と提案したかった」

 日々スープを試作し食べる生活で、実際に試作品をご飯にかけて食事にすることもあったという有賀さん。スープかけご飯がおいしいことを体感していたので、大塚さんから「スープかけご飯のレシピ本を作りませんか?」と提案されたとき、一気にイメージが広がったという。

 スープかけご飯は従来の雑炊やおじやとは違う、と有賀さんは言う。「鶏飯のように、スープとご飯を用意しておき、各自で好きなように食べて欲しい。ソース感覚でご飯の上にかけたり、逆にスープの中にご飯を入れるのもいい。私はあまり混ざり過ぎないのが好きなので、カレーみたいにご飯にかけて少しずつ食べる。おじやはあらかじめ混ぜて味が一つしかないけれど、スープかけご飯なら好みで微調整できるんです」と説明する。

 一緒にしたくない人は、ご飯と別に食べることもできる。麺類を食べたい人は、麺を茹でて合わせることもできる。個人の裁量に任されている部分が大きい料理なのである

「型に囚われず、楽しく満足できる食事を!」

 食事の常識を変えたい、という意識も有賀さんにはある。スープかけご飯提案のきっかけの一つは、知人の4歳になる息子さんが、保育園の給食に出された味噌汁をご飯にかけようとしたところ、「お行儀が悪い」、と先生に叱られた話を聞いたことだ。

 「パスタにレトルトソースをかけて食べるズボラが許されるのに、家で作ったご飯と味噌汁を合わせるのはズボラだ、行儀が悪いと批判されるのはどうなのか。しかも、今はコロナ禍で3食作る大変さがある。私もサラリーマンの夫がリモートワークになり、昼も毎日用意する必要ができました。正面からていねいな料理をしていたら、とても続きません。

 麺類は簡単な料理とされますが、お湯を沸かして麺を茹でる手間がかかる。でも、毎日手作りしている人の家には、ご飯はジャーに入っていたり、冷凍庫に入っているなど常備していることが多い。それなら、麺よりご飯にスープをかけたほうが楽ではないでしょうか? そして、行儀が悪いという既成概念があり、加工食品としても販売されていない新しいスタイルを、スープ作家の私が提案することには意味があると思います」と力強く言い切る有賀さん。文化そのものを考える「作家」だからこそ、ライフスタイルまで提案できるのだ。

 有賀さんは、2016~2017年にブームとなった「一汁一菜」との違いも意識している。大御所料理研究家から「一汁一菜でいい」、と言われて喜んだ女性が多かったのは、それだけ品数の多い食卓を整えるべき、と感じていた人が多かったことを意味する。しかし、有賀さんは「一汁一菜は型。日本人はご飯と味噌汁と漬物、という型が刷り込まれている。でも、『型に囚われず、炭水化物、たんぱく質、野菜を合体させて一つにしてもいいんじゃない?』、というのが私の提案。

 今の食生活は、情報が独り歩きしているところがあると思うんです。でも、私たちは一汁何菜を整えるためにご飯を作っているわけじゃない。家族が楽しく暮らしていけるようにするために、おうちご飯はあるのではないでしょうか。地に足がついた現実的な方法はないか、と考える中でスープかけご飯は生まれました。

 スープかけご飯はある意味、戦闘食です。漁師飯や兵食などと同じで、忙しい生活でパッと食べつつ、栄養と満足感を味わえるものを提案したい家族が楽しく暮らしていけるようにするために、おうちご飯はあるのではないでしょうか。地に足がついた現実的な方法はないか、と考える中でスープかけご飯は生まれましたスープかけご飯はある意味、戦闘食です。漁師飯や兵食などと同じで、忙しい生活でパッと食べつつ、栄養と満足感を味わえるものを提案したい」と話す。

新しい生活様式ならぬ新しい生活概念を!

 有賀さんが同書で既成概念を破る提案ができた背景には、2019年春に「ミングル」という新しい台所設備を自ら考案し、導入したことがある。息子が就職で家を離れ、夫婦2人暮らしになったことを機に、キッチンと食卓を合体させた設備を考案し、建築家に依頼し自宅をリフォームしたのだ。

 トップの写真にあるのがそれで、アイランドキッチンの台の真ん中にIH調理器が内蔵され、コーナーには水道の蛇口とミニシンクが設置されている。テーブルの脚部分には食器洗浄乾燥機がビルトイン。料理を作り食事し片づけるまでの一連の行程が、食卓で完結する。

 ミングルを導入してから、食生活が簡略化されたという。前はギョウザやから揚げ、麻婆豆腐などの名前がついた多彩な料理をしていた。しかし、コンロが目の前に一つだけという状態になって、「厚揚げを焼き、ゴボウやカブをオリーブオイルをかけて焼いて、どちらにも醤油をかけて食べたら、『めっちゃおいしい』となった。シンプルに、焼く、煮る、蒸すだけの料理が増えたんです。なおかつ洗い物も少なくなり、味つけも食べる人が好きにできる。『これでいいよね』と変わりました。

 もともとミングルは、専業主婦がいる暮らしを理想として無理に近づけようとするのではなく、現代のライフスタイルに合った提案を考えるために導入した。その設備が、有賀さん自身のライフスタイルも変えつつある。

 スープは、人類が生み出した基礎的な料理法である。鍋や器が生まれてから、人々は何でも煮れば完成し、失敗が少ないスープを作って命をつないできた。1品で完結する料理を、世界中の庶民はずっと食べてきたのである。その原点を思い出させる、古くて新しい提案をした有賀さんは、未来型台所設備を武器に、もっと新しいライフスタイルを見つけて教えてくれるかもしれない。

有賀さんのレシピで一番人気が高いのは、「ニラまみれ!鶏ひき肉のスープかけごはん」は、ナンプラーで味つけしているので、ご飯が進む。麺類へのアレンジも可能。(撮影:土居麻紀子)
有賀さんのレシピで一番人気が高いのは、「ニラまみれ!鶏ひき肉のスープかけごはん」は、ナンプラーで味つけしているので、ご飯が進む。麺類へのアレンジも可能。(撮影:土居麻紀子)

作家・生活史研究家

1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

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