世界一男女平等な国にある「主婦の学校」 映画が映し出す「ていねいな暮らし」とは?
コロナ禍のステイホームで再発見された家事
最近、自宅で過ごす時間が増え、家庭生活を見直した人は多いのではないだろうか。クックパッドが住宅ローン専門金融機関ARUHIと共同で、全国の男女4095人に今年6月に実施したアンケートをまとめた「料理と暮らし白書2021」でも、そうした結果が出ている。
コロナ禍で自宅で過ごす時間が増えた人は、71.2%にもなる。その人たちが自宅で行ったことで最も多かったのは、テレビや映画を観る・音楽を聴くことで23.7%、次に多かったのが料理で17.0%となっている。料理が楽しいと答えた人も74.1%と多数派。自由回答の部分でも、暮らしを充実させた人、見直した人、家族と一緒に料理を楽しむようになった人が目立つ。
家で過ごす時間が増え、暮らしに目を向けるようになった結果、住まいの問題点に気づき、改善したいと考えるようになった人も79.6%と多い。最も改善したい空間として16.6%でトップのリビングに続き、2番目がキッチンで15.0%もいた。今の住まいを選んだときはそれほど重視しなかったが、次は重視したいものとして特に大きく伸びたのは、家事動線のスムーズさ、キッチンの使いやすさ。全体的に、家事や料理に関心が向くようになった人が多いことが表れている。
このように、住まいと暮らしを改めて見渡したとき、重要度を増すのが家事である。
男女平等が進む国の『<主婦>の学校』とは?
家事の世界は奥が深いが、それはドラマチックな展開があるのではなく、少しずつ積み重ねることで見えてくる世界でもある。日々を丹念に描くことで、そうした家事の姿を浮かび上がらせたのが、新鋭のステファニア・トルス監督が1年かけて取材したドキュメンタリー映画『<主婦>の学校』である。舞台は、アイスランド・レイキャビクの「主婦の学校」(現在の名称は家政学校)。10月16日シアター・イメージフォーラムを皮切りに全国で順次公開予定だ。
良き主婦を育てる目的で、「主婦の学校」が創立されたのは、1942年。世界各地でそうした学校はできたが、共働き時代になり、他の国々では衰退。アイスランドと言えば、世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数が12年連続世界一の国だ。男女格差が最も小さい国で、家事を教える学校が続いているのはなぜだろうか?
コロナ禍の日本で家事を見直す人が増えたように、同校への入学希望者は不況になると増える。マルグレート・ドローセア・シグフスドッティル校長は、リーマンショックで経済破綻の危機に瀕した2008年から2010年にかけても希望者が増えたと語る。困難に直面すると人は内省的になり、暮らしの土台に目を向けるのかもしれない。
アイスランドのリアル「ていねいな暮らし」
同校では1997年から男子学生も受け入れているが、取材時の在学生は女子のみ15人。学科をこなしていく日常生活や昔の映像に、男性を含む卒業生たちへのインタビューが挿入され、学校の姿が立体的に見える構成になっている。
創立時からほとんど内容が変わらず、アイスランドの伝統料理も教える授業の風景が、リアル「ていねいな暮らし」で美しい。ベリー摘みの遠足から、砂糖の役割を説明するなど栄養学の講義、ジャム作りへと至る最初の授業。調理実習、刺繍、編み物、織物実習などもある。掃除は家具や家電製品のメンテナンス法も教える。
テーブルセッティングから学ぶ礼儀作法の授業。火災対策では消防士が消火器の使い方を教える。映画では出てこないが、セックスと避妊、薬物乱用防止、平等や信教の自由、お金とクレジットカードなど、学生たちは、人生に役立つ一通りの知識と技術を学んでいく。
くり返し挿入される調理実習の映像が、好奇心をそそる。羊の内臓、血、脂肪のミンチ、ライ麦粉、オートミール、小麦粉、塩を混ぜ、縫い合わせた皮に包む様子が映し出される。これはスラゥトゥルというソーセージになるらしい。クレープみたいに広げたたねを揚げるパンは、ラウフブラウズというクリスマス時期の伝統的なパン。ベリーを飾ったレイヤーケーキ、北欧らしさを感じさせる黒パンのオープンサンドといった、カラフルな料理も登場する。
20歳前後で入学したときはあどけなさが残っていた学生たちは、学期を終える頃には自信がついた大人の顔になっている。
自分らしい生き方を見つけた卒業生たち
卒業生へのインタビューから、この学校で得たものが浮かび上がる。1966年に在学した女性は、母に世話を焼かれて育ち、ジャガイモのゆで方すら知らなかったところからスタート。特に役に立ったのは、マナーのレッスンだと語る。在学時に、皆の髪を切ったことから美容師になった。
1997年の男子第一期生で環境天然資源大臣を務める男性は、「自分のことは自分でやれるようになりたかったから」と入学の動機を語る。買ったものを大事にし長持ちさせられる技術を習得し、環境への関心が高まると語り、「優雅な静けさに包まれていた」とも回想。サステイナブルな暮らしの技術を学んだことが、恐らく現在の立場につながっている。
裁縫を教えるカトリン・ヨハネスドッティルは「ここで学ぶことで、興味が広がったり趣味を持つことができます。興味を持つことが大切です。何か見つかれば人生は楽しくなります」と話す。存続のカギは、単に家事の技術を教えるだけでない、学校の姿勢にあるのかもしれない。その精神は、男子学生を受け入れたことで鮮明になった。
たとえば、料理やお菓子作り、裁縫や縫物も、趣味にしている人は、一人で生活を楽しむことができる。家族を喜ばせる人や、作品を誰かにプレゼントする人もいるだろう。同好の士を見つけ、共に楽しむこともできる。より高い技術を習得すれば、それを仕事に結びつけるかもしれない。家事の役割を知り、難なくこなせるようになると、苦行や負担ではなく、喜びを生んでいくものに変化するのだ。
自己評価を上げる家事
家事は、ちゃんと教われば、性別に関わりなく誰でも一定程度身につけることが可能な技術だ。何しろ、料理や裁縫は人が長い歴史の中で受け継いできた技術なのである。苦手だと思っている人は、もしかするとコツや価値を教わっていなかっただけかもしれない。
映画を観ると、裁縫や料理には、ちょっとしたコツがあることが分かる。アイロンのかけ方の授業では、洗濯すると縫い目の部分が縮むため、洗濯したらそこを必ず伸ばし、裏からかけるといった知識を伝達する。編み物の授業では、「靴下は、一段多く編んだ方がいい、靴下はきついと破れやすいから」と教わる。
意外と知らないそうしたコツを伝授されることで、「よりよくモノを使う」生活習慣が身につく。そして、そうした生活の知恵を知ることは自信につながる。家事の技術を持っていることは、自分で自分を養う自信の裏付けになり、自己評価が上がる。高い自己評価はチャレンジ精神を育み、人生でくり返し訪れるつらい局面を乗り切る力の源泉になる。
モノをよりよく使い長持ちさせることは、出費を減らし環境保護にもつながっている。歴史を振り返ってみれば、消費者運動の担い手は、もともと主婦が中心だった。オーガニック農業の支え手も、洗剤を環境負荷の少ない石鹸にしよう、という運動も、家事の担い手としての自覚を持つ女性たちの力が大きい。暮らしの質を上げようとすることが、社会へ目を向ける心のゆとりと密接に結びついているのだ。
映画ではまた、学校での体験が仕事に結びついた卒業生が2人も登場した。そもそも仕事は、人々の暮らしを支えるために行われている。料理をするためには、食材を生産する人、運ぶ人、売る人の仕事が必要だ。台所や調理道具についても、生産者から販売者までいる。そうした職場を支えるために、鉄鋼や木工などの仕事、製造機械の生産、動かすためのエネルギーやコンピュータの技術者がいる。自分の仕事は消費者が対象でない、という人の仕事も、間接的には消費者を相手にしているのだ。だから、家事の習得や家事についての知識を得ることが、やがて仕事に結びつくのは自然なことなのである。
コロナ禍、多くの人が暮らしに目を向けたことは恐らく、コロナ後の未来をよりよく変えるための原動力になるだろう。