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滝沢カレンが受賞に涙!今年の料理レシピ本大賞発表、家庭料理のトレンドは……!?

阿古真理作家・生活史研究家
料理レシピ本大賞の大賞受賞は滝沢カレンさんの『カレンの台所』だった。(筆者撮影)

 9月7日、朝日新聞東京本社読者ホールで、第8回料理レシピ本大賞in Japanのオンライン授賞式が開かれた。2014年から始まったレシピ本初のコンテストも8回目になり、受賞を目標にする料理家も出てきたほか、今年は涙の受賞者が2人も登場した。

 料理レシピ本大賞in Japanの選考基準については、2018年のレポートでも書いたが、わかりやすく作りやすい内容であり、日本の食文化や食育に貢献できる内容であること、お客様にすすめたい作品であることなどだ。全国の書店員が選考委員の多数を占めるためか、ベストセラーが選ばれる傾向がある。その結果、受賞作のラインナップからは、前年の家庭料理の潮流が浮かぶようになっている。コロナ禍が始まった2020年には、興味深い傾向が表れたのだ。

コロナ禍で料理のトレンドはどう変化したか

 同賞が始まって以来、人気を集めてきたのは時短レシピだった。それは共働きのワーキングマザーが増える一方で、夫たちは長時間労働でアテにならないため、切実に時短の知恵を求める女性たちが増えたことを反映していた。

 ところがコロナ禍になり、家で過ごす人が増えた結果、料理は今までと異なる立ち位置を得るようになった。日に3度、食事の支度が必要になってますます時短レシピが必要になった人たちが現れると同時に、料理を楽しみとする人たちも増加している。

 クックパッドがその年に人気が高かった料理・食品を選ぶ食トレンド大賞で2020年、ホットプレートごはんが大賞に選ばれたことは、象徴的だ。近年、ガパオライスやハンバーグなど、従来の焼きそばや焼き肉にとどまらないホットプレート料理のレシピが多く登場している。ホットプレートを家族で囲みながら料理することは、時短になると同時に料理のアクティビティ化を促す。食事がエンターテインメントになり、家族が料理に参加できるからだ。コロナ禍、料理を分担するようになった夫たち、子どもたちは多い。

料理の知恵を伝える本が続々受賞

 第8回料理レシピ本大賞in Japanで選ばれた本は、それまで人気だった時短レシピより料理の知恵を紹介するものが目立った。料理の頻度が増えた人、外食を制限されて自炊する人が増え、料理に真正面から取り組むようになった結果、ベーシックな情報を求める人が多くなったのだろう。

今年の受賞作は、時短術やバズレシピではなく、地道に料理の知恵を伝えようとする本の受賞が目立った。(筆者撮影)
今年の受賞作は、時短術やバズレシピではなく、地道に料理の知恵を伝えようとする本の受賞が目立った。(筆者撮影)

 入賞作品には、2つもスープレシピ本が入っている。2010年代後半から、スープだけを紹介するレシピ本のジャンルができ、人気を博している。それはスープのレパートリーがない人が多かったこと、実はスープが便利な料理であると発見されたことを反映している。手間がかからず失敗が少ないことも、人気の理由と考えられる。

 プロの選んだレシピ賞と同時受賞の『基本調味料で作る体にいいスープ』(齋藤菜々子、主婦と生活社)は、齋藤さんの国際中医薬膳師の知識を生かしたヘルシーなレシピ集。リモート参加した齋藤さんは、「スープというのは食べる人だけでなく、作る人の気持ちまで満たしてくれる料理。ご自身や食べる方の体をいたわってくれるとうれしいです」と語った。『野菜はスープとみそ汁でとればいい』(倉橋利江、新星出版社)は、名前の通り。タマネギ、ニンジン、小松菜といったリーズナブルな野菜を主役にした、発想を広げるレシピが紹介されている。

 準大賞も料理を作る知恵が満載された『りなてぃの一週間3500円献立』(RINATY、宝島社)で、賞状を受け取るりなてぃさんは感激のあまり涙を流していた。

 ベストセラーのレシピ本を連発する山本ゆりさんの『syunkonカフェごはん7』(宝島社)も入賞。同書は時短レシピ本であると同時に、自炊本とも言える。フライパンや電子レンジを駆使したかんたんレシピは、時短を求める台所の担い手はもちろん、料理を始めたばかりの人にも向く。

 リモート参加する山本さんに、アンバサダーのキャイ~ン、天野ひろゆきさんが「どうやって考えているんですか?」と尋ねたところ、山本さんは「常にレシピを考えています」と答えたうえで「お店にある料理を、家にあるもので簡単にできへんかなとも考えています」と答えた。山本さんは『おしゃべりな人見知り』(扶桑社)でエッセイ賞も受賞している。

 料理レシピ本大賞でくり返し受賞している人気料理家の山本ゆりさん。今年はレシピ本が入賞すると同時にエッセイ賞も受賞した。(筆者撮影)
 料理レシピ本大賞でくり返し受賞している人気料理家の山本ゆりさん。今年はレシピ本が入賞すると同時にエッセイ賞も受賞した。(筆者撮影)

自炊を始めた大人と子どもに……

 家族の料理への参加をうかがわせる作品が、子どもの本賞を受賞した、『料理はすごい!』(柴田書店)である。小学生に向け、日本料理人の笠原将弘さんなど有名シェフたちがレシピを紹介している。子どもたちにアンケートを取ったうえで作成したという。

 コロナ禍、外食が制限されたことで自炊を始めた人も多い。そうした時代を反映する入賞作品が、ベテラン料理家による『自炊。何にしようか』(高山なおみ、朝日新聞出版)である。エッセイ集も多数出す著者が、1人暮らしを始めた結果生まれた本は、作り方を紹介するだけにとどまらない。

 神戸への移住で夫と別居した高山さんは、「私が住んでいるところは六甲山の麓で急な坂の上。スーパーへも気軽に行けなくなっちゃったんです。そういうところだからできた本です」と語った。そうした流れで紹介される一つが、大豆のレシピ。

「大豆は、肉や野菜のかわりになると思っている。ゆでた大豆が冷蔵庫や冷凍庫にあると、安心する。いつも1袋をいっぺんにゆでる。ゆで立てに塩をふり、まずつまんでみて。あとは、ごま油と塩。」といったエッセイの後に、ゆで方、ゆで大豆のトマト煮などのレシピが紹介されている。

神戸に移住し、六甲山のふもとで1人暮らしをするようになって生まれた自炊レシピの本が入賞した、人気料理家の高山なおみさん。(筆者撮影)
神戸に移住し、六甲山のふもとで1人暮らしをするようになって生まれた自炊レシピの本が入賞した、人気料理家の高山なおみさん。(筆者撮影)

分量に頼らないレシピの時代へ

 エッセイ化されたレシピといえば、大賞を取った『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)である。リモートで出演した著者の滝沢カレンさんは映し出された途端、涙で目を真っ赤にしていて、仕事仲間でもある天野さんが「どうしたの⁉」と叫んだほど。カレンさんはタレントであって料理家でないこともあり、感激する彼女に対し、会場でも驚きが広がった。

「ドッキリ番組の企画という可能性もある」、と思っていたことを明かすカレンさん。周り中から「おめでとう」と言われ、本当に受賞したと理解して感極まったという。代わりに会場で賞状を受け取った担当編集者の大川美帆さんは「撮影現場でそのまま書いていただいて、言葉が沸き上がっているさまを拝見していました。生のカレンさんの気持ちが詰まったレシピです」と話した。

 同書はカレンさんのファンタジックな作り方の説明文、イラスト、完成写真で構成され、レシピの定型文はまったく使われておらず、分量表示もない。たとえばサバの味噌煮は、「熱湯にザブンと全身浴させます」「驚くほど色が変わった泡風呂に入れます」「味噌と気持ちよさそうにブツブツ話していたら、そっと扉を閉じます」の3ステップで完成する。

 こうした説明が「不思議に分かる」と評判を呼び、20万部超えのベストセラーになっている。実は分量に頼らない料理法をすすめる潮流は、コロナ前から始まっていた。2018年には大ベテランの料理家、有元葉子さんの『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(SBクリエイティブ)や、ジャーナリストの稲垣えみ子さんのエッセイ集『もうレシピ本はいらない』(マガジンハウス)が受賞している。

この頃からクックパッドの検索では、実質重視のレシピが人気になり始めている。それがコロナ禍で本格化した。レシピは実用性が第一なので、分かりやすさが何より優先される。今使われているレシピ用語も、それはそれで分かりやすく完成された文体である。しかし、料理の基礎がないまま台所に立つ人が増えた今、求められるレシピは変わってきているのではないだろうか。

 実質本位な本が続々と受賞した今年の傾向は、コロナ禍で自身の生活を見直し、その基礎を作る料理に向き合う人が増えたことをはっきりと表している。外食もテイクアウトなどの総菜も、生活を助け、彩りを与えてくれるものである。しかし、生活のベースは家庭の食卓にある。そして、自分で料理できること、家族に作ってあげられることが、自分たちの健康を守ることでもあるという事実が、再発見されたと言える。

 生活のベースをしっかり固めようとする人が増えたコロナ後の社会は、明るいかもしれない。それは、目先の利益や仕事の必要性の前に、自分たちの生活があると気づいた人たちが増えたことを意味するからである。

作家・生活史研究家

1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

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