Yahoo!ニュース

「時短」と「スローライフ」を両立したい! レシピ検索ワードから読み取れる家庭料理の新潮流とは?

阿古真理作家・生活史研究家
クックパッド食トレンド大賞2018に選出された料理。(クックパッド提供)

 クックパッドが11月27日に発表した「食トレンド大賞2018」https://cookpad.com/campaign/foodtrend2018によると、今年の家庭料理のトレンドには健康志向のほか、相反する二つの傾向が表れた。一つはここ数年続く「時短」。もう一つは、スローライフ志向の傾向だ。なぜ真逆の二つの傾向が同時に表れたのか。なぜ、多忙な現役世代が多く利用するイメージがあるクックパッドの検索データに、手間ひまかけるスローライフ志向が読み取れるのか。

 最近のクックパッドの検索トレンドも併せて取材したところ、家庭料理の新しい潮流が浮かび上がってきた。その流れを読み解きたい。

必須ワードの「時短」。

 食トレンド大賞は、2014年から同社が集積するデータに基づいて発表してきたランキング「おうちごはん番付」をリニューアルしたもので、今年で2回目。同社検索データ分析ツールの「たべみる」や、クックパッドニュースのアクセス数などをもとに、その年を代表するレシピのトレンドキーワードを選出したものである。

 時短と組み合わせるキーワードで特に多かったのが、大賞に選ばれた「サバ缶」の料理。また、ゆでるか蒸した鶏むね肉にスパイス類を入れた辛いソースをかける「よだれ鶏(口水鶏)」のレシピ、肉に下味をつけて冷凍保存することで仕上げの調理時間を短縮する「下味冷凍」なども人気が高かった。

「よだれが出るほどおいしい」ことから「よだれ鶏(口水鶏)」は今年流行した中国・四川省の料理だ。(クックパッド提供)
「よだれが出るほどおいしい」ことから「よだれ鶏(口水鶏)」は今年流行した中国・四川省の料理だ。(クックパッド提供)

時短はここ数年、レシピ本でも人気のキーワードで、料理レシピ本大賞 in Japanでも、2014年の第1回大賞の『常備菜』(飛田和緒、主婦と生活社)や、2016年の大賞『つくおき』(nozomi、光文社)などに表れている。

 レシピ本のトレンドが読者の願望や憧れを表しているとすれば、作る直前に検索されるクックパッドは実情を表していると言える。レシピ本の世界では、「つくりおきのトレンドは終わった」という声もあるが、料理を作る家庭の現場では、まだまだ時短のニーズは高いと言える。

 仕事を持つ人が料理も作ることが珍しくなくなった現代において、時短はいわば必須項目の一つ。このワードを検索する人はこれからも多いと考えられる。トレンドに関係なく、多忙だが料理しようと考える人たちは一定数いると考えられるからだ。

 

なぜクックパッドで「スローライフ」なのか?

そこに表れる読者の願望とは――。

 スローライフ志向を表すキーワードとして選ばれていたのは、梅シロップ、五平餅だ。それぞれ「たべみる」で昨年と比べ、1.7倍、2.8倍以上も検索されていた。

 手間がかかる五平餅については、NHKの朝の連続テレビ小説『半分、青い。』でひんぱんに登場したので、その影響が大きいと考えられる。それでも、時間をかけてまでこのスイーツを作りたい、という読者の多さは新しい傾向と言える。

 一方、時間がかかる梅シロップについては、「食トレンド大賞2017」で「梅仕事」が選ばれていたことと合わせて、6月、7月に出回る梅を使って保存食を作りたいと考える人が全体的に増えていることを表していると考えられる。

梅ジュースやかき氷のシロップに使える梅シロップは、クックパッドにおける今年の人気ワードの一つ。(クックパッド提供)
梅ジュースやかき氷のシロップに使える梅シロップは、クックパッドにおける今年の人気ワードの一つ。(クックパッド提供)

 梅仕事とは、2007年の「おいしさを待ち続けて~料理家 辰巳芳子の四季~」がNHKで放送されて以降再発見されて広まった言葉で、梅を梅干しや梅酒などに加工することをさす。2015年に公開された是枝裕和の映画『海街diary』でも、主人公の四姉妹が家に植わっている梅で梅酒、梅シロップを作る場面が描かれた。同じ頃SNSでも、「梅仕事」のキーワードが6月7月になると飛び交うようにもなっていた。完成まで数カ月もかかるがつくる手間はさほどかからない。クックパッドの人気ワードになったということは、手作りした満足感が高い梅の保存食作りのすそ野が、広がってきたのだと思われる。

 それ以外でも、手間もしくは時間がかかる料理が、クックパッドの検索で最近増える傾向にあるという。例えば栗料理の渋皮煮、栗ご飯、パンにつけるなどして使う栗(マロン)クリームなどだ。栗は下処理に時間がかかる。栗ご飯の場合、鬼皮、渋皮まで剥くのに1時間、2時間かかることもある。

 栗は、梅と並ぶ日本の季節をイメージさせる食べものだ。季節感を味わいたいという気持ちが、手間ひまを厭う心を凌駕する傾向は、確かにスローライフ志向の高まりと言える。

 クックパッドといえば、料理初心者や苦手意識を持っている、あるいはレパートリーが少ない人、レシピ本を買ってまで研究するのは面倒と思っている人、つまり、あまり料理に熱心でない人が検索するイメージがある。しかし、これらの今年の人気ワードからは、きちんと料理に取り組んで生活を楽しもうという意志がうかがえる。

検索の目的意識が明確化する傾向も。

 同社トレンド調査ラボの村上雅洋さんは、そのほかに今年表れた傾向として「自分にマッチした表現を絞り込んで検索する人が多くなっている。去年は『つくりおき』が多かったが、今年は具体的な調理方法である『下味冷凍』が多いところにも、その傾向が表れている」と話す。ほかにも、スープの検索について、「スープ」というワードではなく、「ニラ卵スープ」「豆苗スープ」「にんにくスープ」などの具材を具体的に入れる人が増えているという。

 それはつまり、ばくぜんと「今日は何を作ろうか」「何かないかな」と思って検索するのではなく、「これが食べたい」「これを作りたい」と意志が明確になってきているということ。スローライフ志向と合わせて考えると、クックパッドユーザーの料理の腕が全体的に向上したのかもしれない。何を作りたいか意志をはっきり持つのは、料理意欲の強さの表れだ。それは料理に対して自信が出てきたからと考えられる。

相反する欲望を叶えたい……という女性の本音

 一方で、村上さんが「面白い傾向があります。真逆のキーワードの検索頻度が上がっているこれです」と見せてくれたのが、「手作り」「簡単」を組み合わせたグラフ。2015年から上昇傾向が続き、3年間で1.4倍以上になっている。

 アンビバレンツなものを同時に求めるのは、実は女性によく見られる現象だ。男性の場合、えてして相反する欲望は、どちらかを選んでどちらかをあきらめることが多い。一方、女性は「痩せたいけれどケーキも食べたい」「節約したいけれど洋服も買いたい」など、相反する二つの欲望を、同時に叶える道を探そうとする傾向がある。

 改めてクックパッドユーザーのプロフィールを聞くと、女性比率が84.4%を占める。その大半が20代~40代。働き盛りの女性たちにもかかわらず、ユーザーの手作り志向は高まっているのだ。しかし、現実には手をかけた料理を日々作れるわけではない。だから「手作り」で「スローライフ」を楽しみたいが、「簡単」と「時短」も手放せないのだ。

 ここのところ、保存食作りを楽しむなどゆとりがある生活をイメージさせる「ていねいな暮らし」は、インターネット上でたたかれる傾向にあった。それは、本当はゆったりと自分の暮らしを楽しみたいと願っているのに、現実にはできない。その葛藤が、批判として表れていたと考えられる。

 今年クックパッドの検索ワードに表れた、「簡単だけど手作りしたい、時短も必要だけどスローライフも楽しみたい」、というトレンドは、時短とインスタ映えばかりに人気が集まっていた去年とは明らかに流れが異なる。

 ラクをして表面的な華やかさを求めることには、もう飽きた。それより、多忙でもなお、いや多忙だからこそ、地に足がついた暮らしを自分の手に取り戻したい。心の潤いを求める女性たちの本音が、次の時代を切り開いていく潮流として表れているのではないだろうか。

作家・生活史研究家

1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

阿古真理の最近の記事