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法務省外国人住民調査の何が新しいのか 「ヘイトスピーチだけでなく差別全体」という視点

明戸隆浩社会学者
法務省内の壁に貼られた「ヘイトスピーチ、許さない。」のポスター

「史上初」の外国人差別実態調査

先月(2017年3月)末、法務省の委託によって行われた外国人住民調査の結果が公表された。これについては朝日、読売、毎日、東京、共同、時事などほぼすべての主要紙が報じたほか、NHKやTBSのニュースでも取り上げられ、またロイターやガーディアン、ニューズウィークといった海外メディアでも報道された。その点でも今回の調査結果が幅広い関心を呼ぶものであったことは間違いないが、ただ少し気になったのは、そうした報道の中で、今回の調査の「特徴」がうまくとらえられていないように感じられたことだ。

今回の調査の最大の特徴は、史上初めて、国が外国人住民を対象に差別実態の包括的調査を行ったということである。実際外国人差別についてはこれまで地方自治体単位での調査こそある程度行われてはいたものの、今回のように国による調査が行われたことはこれまで一度もなかった。行政がそれ以前にやっていなかった新しい調査をやるというのはそれだけで注目すべきことだが、今回は外国人差別という行政がとりわけ及び腰になるような話題にかかわるものだから、その意味はさらに大きい。

ただし今回の調査が「史上初」なのは、あくまでもそれが外国人差別「全体」についての調査だからだ。実際昨年(2016年)の同じ時期には、同じく法務省の委託で行われた「ヘイトスピーチに関する実態調査」が公表されている(去年・今年の調査いずれも委託先は公益財団法人人権教育啓発推進センター、また検討会議のメンバー4人も共通)。昨年の調査はその後成立したヘイトスピーチ解消法の「立法事実」としても重要な役割を果たしたが、しかしそのことも含め、まずは「目の前」の課題であるヘイトスピーチの実態を国が暫定的に把握するという意味合いが強かった。

これに対して今回の調査は、入居差別や就職差別も含めた差別全体について包括的な把握を試みるものだ。差別的な表現、すなわちヘイトスピーチについてももちろん扱われているが、今回の調査ではあくまでもそれは多様な差別の「一側面」という扱いになっている。この数年で急速に社会問題として認知されたヘイトスピーチと異なり、外国人に対する入居差別や就職差別は長い歴史をもつが、にもかかわらず社会問題としての緊迫感は薄い。そうした点をふまえるとなおのこと、ヘイトスピーチという「目の前」の問題への取り組みから外国人に対する差別全体への取り組みへと「前進」したこと、しかもそれが国の主導によって行われたこと、このことの意味はきわめて大きい。

今回の調査の何が新しいのか

しかしこうした観点から見ると、各社の報道にはかなり「もったいない」部分が多かったように思う。たとえば各社の見出しでは、「外国人差別の実態調査 4割近くが入居拒否の経験」(NHK)、「日本に住む外国人の4割が入居拒否を経験、法務省が初調査」(TBS)、「外国人の4割「入居断られた」 法務省、差別の実態調査」(朝日新聞)、「外国人の4割、入居拒否経験 25%「就職断られた」」(共同通信)、「外国人の4割が入居拒否を経験 法務省調査」(東京新聞)など、もっとも数字が大きく出た入居差別の問題を掲げているところが多い(見出しはすべてウェブ版、以下同じ)。

その一方で、「差別発言「受けた」3割…日本在住の外国人調査」(読売新聞)、「国内居住外国人 差別発言「受けた」3割…法務省調査」(毎日新聞)、「差別発言、3割が経験=外国人居住者に初調査-法務省」(時事通信)など、「発言」に焦点を当てた見出しを掲げているメディアもある。今回の調査項目には入居差別も差別発言も両方含まれているから、もちろんこれらはいずれも「間違い」ではない。

しかし繰り返しになるが、今回の調査の最大の特徴は、「発言」だけでなく入居差別や就職差別を含む外国人差別「全体」についての調査が初めて行われたということだ。その点では、「入居差別」だけを見出しにしたり、「差別発言」だけを見出しにしたりするというのは、そうした特徴を押さえたものではない。こう書くと「いや見出しである部分に焦点をあてるのは仕方ないこと」と言われそうだが、たとえば神奈川新聞は、同じ内容の記事に「侮辱3割、入居拒否4割 法務省が在日外国人調査」という見出しを付けている。

また内容を見ても、入居差別・就職差別と差別発言・ヘイトスピーチはとくに関係を明示しない形で並べられていることが多く、「今回の調査ではヘイトスピーチだけでなく入居差別や就職差別を含めた差別全体に焦点を当てた」といった書き方をしているところは見られなかった。また関連して、昨年行われた「ヘイトスピーチに関する実態調査」に触れているメディアもなかった。今回の調査結果という点ではどの社も必要十分な報道をしていたとは思うが、どの記事も「今回の調査の何が新しいのか」を前面に押し出していないという点は、やはり「もったいない」と言わざるをえない。

差別を「野放し」にしない

その上で付け加えれば、今回の調査に関する報道について「ヘイトスピーチだけでなく差別全体」という枠組みにこだわるのには理由がある。それはこの枠組みが、今後の外国人差別についての立法を考える上で、きわめて重要な意味をもつからだ。

昨年5月に成立したヘイトスピーチ解消法は、名前のとおり「ヘイトスピーチ」、つまり「発言」や「表現」しか対象にしていない。そして現状、ヘイトスピーチ解消法は外国人差別にかかわる「日本で唯一の」法律である。つまり今回の調査に即して言えば、「差別発言」や「差別的な表現」についてはそれでもこれを抑止する法律があるけれども、「入居差別」や「就職差別」は法的に野放しのままなのだ。

これがどれだけおかしなことなのかは、先ほどリンクした記事のどれかを選んで、もう一度目を通してもらえればわかると思う。そこには入居差別、就職差別、差別発言、ヘイトスピーチなどが並べられているが、しかしその中で法的な対策がなされているのは差別のうち「表現」に関わる一部のみである。「外国人はこの国から出ていけ」と「発言」するのは法律に反するが、そうした考えをもって外国人に住居を貸さなかったり、仕事場で日本人より低い扱いをしたりすることを禁止する法律はない――このことは、今回の調査結果でこれらの差別がごく当たり前のように並べられていることをふまえるならなおさら、きわめてバランスを欠いた状況だと言わざるをえない。

今回の調査を報道するにあたって、それが「ヘイトスピーチだけでなく差別全体」を対象にしていることを強調することは、結果として、今の法律が「差別全体ではなくヘイトスピーチだけ」に限定されていることの「おかしさ」を浮き彫りにする。折しも、来月はヘイトスピーチ解消法の成立から一年の節目を迎える。そうした中で、今回の調査結果をどのように位置づけるかということもまた、あらためて問われることになるはずだ。

社会学者

1976年名古屋生まれ。大阪公立大学大学院経済学研究科准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、社会思想、多文化社会論。近年の関心はヘイトスピーチやレイシズム、とりわけネットやAIとの関連。著書に『テクノロジーと差別』(共著、解放出版、2022年)、『レイシャル・プロファイリング』(共著、大月書店、2023年)など。訳書にエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ』(共訳、明石書店、2014年)、ダニエル・キーツ・シトロン『サイバーハラスメント』(監訳、明石書店、2020年)など。

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