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草の根コレクティビズム×国際社会の圧力 ノーベル平和賞の「空席」が世界中の勇敢な女性たちをつなぐ

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
拘束下にあるため欠席したイランの女性人権活動家 筆者撮影

今年のノーベル平和賞の授与式には世界中から100以上のメディアが出席し、その注目ぶりが改めて浮き彫りとなった。

イランの人権活動家であるナルゲス・モハンマディ氏は投獄中のため、17歳の双子の子どもたたちが代理出席をした。

母の代わりにスピーチを読み、メダルを受け取る子どもたちの姿は、イラン政府が市民に対していかに恐ろしく残酷なことを行っているかを象徴するものだった。

モハンマディ氏はノーベル平和賞を受賞をした19人目の女性であり、服役中もしくは軟禁中の人にノーベル平和賞が授与されるのは過去122年間で5人目となる。同氏は2003年のシリン・エバディ氏に続く2人目のイラン人の受賞者でもある。

私たちは闘いを続ける

息子のアリ・ラフマニ氏は、いつかイラン政府が変わり、市民に自由がおとずれるようになるという希望を失ってはいない。

「そのために私たちは闘っているし、その闘いを続けるつもりです。私たちが生きていくためには自由が必要ですが、イランの人々にはその自由がありません。今、イランの人々は自由を手に入れるために多くの犠牲を払う準備ができています。私の母は何でもしてきた強い人ですが、彼女だけではありません。他にも個人的な犠牲を払っているたくさんの政治犯がいますが、この人たちにスポットが当たることはあまりありません」と受賞式前日の記者会見で語っていた。

世界中の勇敢な女性たちへ

「これはモハンマディ氏だけの活動を称えているのではない」「イランの人権の闘いには数多くの市民が参加しており」「女性の権利のための闘いは世界中で起きているのだ」と、関係者は常に強調する。

「今年の平和賞は、基本的人権のために、そして女性差別と女性隔離の撤廃のために闘う、イランと世界中の勇敢な女性たちを称えるものです」。これはノーベル委員会のアンデシェン委員長が授与式で語ったスピーチの一文だ。

ナルゲス・モハマディは女性の権利と平等に焦点を当て、女性に課される制限と闘ってきました。生活のあらゆる側面で、イラン女性の権利は男性のそれよりも劣っています。イランでは、女性は30年以上にわたって隔離と闘ってきました。

やがては彼女たちの明るい未来への夢が勝つでしょう。

ノーベル委員会アンデシェン委員長 セレモニースピーチ

日本でも女性の権利のために日々行動を起こしている人たちがいる。ノーベル平和賞で女性の権利が選ばれたことは、世界中の全ての女性たちへと送られる連帯メッセージでもある。

オスロ市庁舎で開催された授与式 筆者撮影
オスロ市庁舎で開催された授与式 筆者撮影

「国境を越える抑圧の連鎖」に抵抗する動き

女性抑圧はまるでパンデミックのように、国境を超えて次々と寄生してく。抑圧に苦しむひとりの女性の物語は、世界中の全ての女性が共に背負うことになる共通する構造問題だ。

平和賞授与式が開催されているオスロ市庁舎で、筆者は報道陣として参加していた。たまたま知り合いになったのは英国から取材に来ていた2人の女性記者たち。「女性の闘い」をテーマに記事を書くのだと張り切っていた。

今回のノーベル平和賞がイランの女性人権活動家であることを、できる限り国際社会に知ってもらい、考えてもらい、これからも長い間注目してもらいたい。

そういう願いを込めて、イランとつながりが深いノルウェー在住の人々は、関連イベントを現地で開催している。実はモハマディ氏の兄弟にあたるHamidreza Mohammadi氏はイランから避難してノルウェーで生活しているために、今回の受賞をさらに運命的に感じている人もいる。

オスロでのとあるイランの専門家たちの話し合いの場では、イベントが開催される直前の打ち合わせで、「夫たちがこの間は子どもの世話をしているから、今日はこうしてみんなで集まれることが嬉しいね」と、連帯から勇気をもらっているようだった。

「抵抗を続けることと非暴力が変化をもたらす最良の戦略である」

これはモハマディ氏が刑務所から送ったスピーチの一文だ。

国境や国籍を超えて、人々はこうして連帯して変化を起こそうとしている。イランの権力者がモハマディ氏を外に出したくないほど恐れていたことは、この市民の団結だ。

草の根コレクティビズムと国際社会からの圧力

ノーベル平和賞のスピーチでは「草の根コレクティビズム」の重要性が繰り返されていた。今回のイランの人権を巡る闘いで見えてくるのは、まさに人々が集まって起こる力だ。

世界やイランで起きている女性を抑圧する現状、市民から自由を奪う権力体制を変えるためにまさに必要な対抗策が「草の根コレクティビズム」である。だからこれからも長期的につながり続け、抵抗を続けていくことで、最後に勝つのは自由を求める市民であると、授与式でも訴えられた。

そして「国際社会の力」も何度も耳にした言葉だ。イランの女性たちに起きていることに国際社会がこれほど注目してこなかったら、現地の状況は今よりも悪化していたかもしれない。なにより国際社会が常に気にかけていること、イランの外で運動が起きていること、ノーベル平和賞が授与されたことは、イランの人々に長期的で大きな勇気とインスピレーションを与え続ける。

だからメディアも市民の皆さんも、「国際社会」としてこれからも抵抗の運動に加わり続けてほしい。それが世界に届けられたメッセージだ。

草の根コレクティビズムや国際社会の圧力があるからこそ、抑圧されている国の人々は「抵抗し続ける力」を維持し続けることができる。それはウクライナやパレスチナ・イスラエル問題で起きていることと共通している。

イランを自分事に、日本からできること

世界中から集まった記者とフォトグラファー 筆者撮影
世界中から集まった記者とフォトグラファー 筆者撮影

日本にいると、物価が高くなり、毎日の生活をするだけでも精一杯の時に、「遠い国で起こっていることに、私にできることなどあるのか」と無力を感じることもあるかもしれない。しかし、私たち誰もが「国際社会の圧力」「草の根コレクティビズム」の一部なのだ。

モハマディ氏は「国際メディアがこれからも報道し続け」「国際社会からの圧力がイランの権力者にかかることがいかに重要な武器となるか」を伝え続けてきた。

日本のメディアがイランの人権問題や日本に住む女性の問題を報道し続けるためには、そもそも市民一人一人がどのようなメディアを選び、毎日どのようなニュース記事をクリックするのかにかかっている。モハマディ氏が刑務所の中から必要としている「助け」に、日本に住む人も、実はどういうニュースを選ぶかという「毎日の選択」で貢献することができる。

今回のノーベル平和賞は、イランの女性活動家ひとりを評価するものではなく、世界中で抑圧と闘っているひとりひとりを称えるものだ。イランの女性が抑圧されている限り、世界のどの国の女性も自由になることはない。今年のノーベル平和賞は世界共通の闘いを継続するための象徴ともいえる。

「草の根コレクティビズム」も「国際社会の圧力」も、「抵抗のための手段」としてますます存在感を増してくるだろう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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