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「ロシアや中国に依存するな」「ロシアの論理は異なる」フィンランドの失敗から学んでと警告するマリン首相

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ロシアや中国に依存してはならないと警告するサンナ・マリン首相 筆者撮影

「エネルギーでロシアに依存しすぎていたことを認めます。この過ちから学び、これからどうするか」

「『間違いでした。この間違いから学びます。これからはこうします』が、まずはスタートポイントとなる」

そう語ったのはフィンランドのサンナ・マリン首相だ。

北欧で最大級のスタートアップの祭典「スラッシュ」の壇上でゲストとして招かれたマリン首相の口から出る言葉は、驚くほど正直だった。

スラッシュの今年のメインプログラムで大きな注目を浴びていたマリン首相の登壇 筆者撮影
スラッシュの今年のメインプログラムで大きな注目を浴びていたマリン首相の登壇 筆者撮影

フィンランドエコシステムを政府としてどう支援するかについて首相は話すのかと筆者は思っていた。だが、内容はコロナ危機・戦争・エネルギー危機に渡り、ロシアや中国という「論理が異なる国」に依存するリスクを警報するメッセージだった。

スラッシュ期間中は多くの現地スタートアップ関係者にあったが、こちらから聞かずとも、ロシアとの緊迫関係について自ら話し始める人は多くいた。それほど、人々の意識はフィンランドが急成長しなければいけない緊迫感に溢れていた。

複数の危機はフィンランドの脆弱性を露わにした

マリン首相「この危機を生き延びて、私たちはもっと強くなるでしょう。度重なる危機は私たちの脆弱性を露わにしました」

市民に必要なマスクや医療事業者が必要なサポートなどがコロナ禍では足りず、国内の生産力をもっと高めなければいけないと認識させられたと話す。

ロシアに依存しすぎて、国力を育ててこなかったことを反省

「欧州はロシアのエネルギーに依存しすぎていた結果、たくさんのトラブルを生んでいます」

「依存している手綱を全て切るべきだが、時間がかかる」

「これからの冬を乗り越えるためにも、再生可能エネルギーに多くのお金をつぎ込まなければいけません」

「このような事態になる準備が私たちはできていませんでした」

「本来はEUは米国にこれほど依存するべきではありません。欧州はもっと自分で生きる力をつけなければ」と、「官民の協力で社会をデジタル化し、新しい技術に投資して、未来の脆弱性を減らす必要がある」と力説した。

マリン首相が「繰り返すべきではない」とする「間違い」とは、テクノロジーやエネルギー技術においてのロシア依存だ。

自立するためには「犯した過ちにおいてオープンで正直であることが鍵となる」と続けた。

ロシアとの経済的なつながりが平和への道だと勘違いしていた

「ロシアと経済やエネルギーのつながりを持っておくことが金銭的な節約であり、戦争を防げると思っていました。でもそれは間違いだった。経済的なつながりが平和への道であり、これほど強いつながりなら戦争も衝突も防げると思い込んでいたのです」

ロシアの論理は全く違うと、分かっていなかった

「でもロシアの論理は全く違いました。ロシアは私たちと同じようには考えてはいません。これこそが私たちが学ばなければいけない教訓です」

「ポーランドやバルト諸国は『ロシアの考え方は違う』とずっと主張していました。彼らの主張は正しかったのです。他国の警告に我々は耳を傾けるべきだったのです。『私たちとロシアの論理は違う』『私たちは間違えていた』ということを認めて学ばなければいけません」

ロシアにも中国にも依存するべきではない

「論理が異なる中国やロシアに依存するべきではありません。ロシアがエネルギーで私たちを脅かすことができる状況を、私たちは自分たちで作るべきではありませんでした」

では、どうすればいいか

筆者撮影
筆者撮影

「今よりも未来はもっと賢くありましょう」と話す首相は、だからこそ新技術への投資が重要だと語る。

フィンランドはノキアを生み、5Gや量子コンピューティングなどの技術は持つが、どうしても人口が少ない小規模国家には限界がある。だからこそ民主的な国同士で協力しあい、フィンランドのリソースを育てる必要があると。

スラッシュCEOのエーリッカ・サヴォライネン氏は、言葉や文化が異なる国同士で同じ問題点を認識し、協力しあうにはどうすればいいかを聞いた。

マリン首相「もちろん各国間でも競争はあります。中国と民主国家の競争、中国と米国の競争。この競争に勝つためにも、各国が自分たちの脆弱性に気づいて、協力しあう必要があるのです」

「ロシアは別ですが、中国や他国との経済的依存を今すぐ絶つべきとは思っていません」と、「賢い投資」と「国同士での協力」で、各国の生きる力を急いで強化する必要があると話した。

自国力を強める例として、マリン首相が挙げたのが、「新しいことを創造し、人々が出会い・新しいものを生むプラットフォームとなっている「スラッシュ」や、量子コンピューティングだった。

既存のコンピューターよりも処理速度が速い「スーパーコンピューター」とも言われる量子コンピューター技術にフィンランドは力を入れている。

筆者は現地でスタートアップ企業「IQM」を視察したが、フィンランドでは量子コンピューティングに大きな期待がかかっていることを肌で感じた。

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筆者が住むノルウェーは経済的に中国に依存する傾向も強いため、フィンランドのマリン首相のような言葉がノルウェー首相から出ることはない。ロシアだけではなく、中国に対しても繰り返し警報を発するのは意外でもあった。それほどロシアのウクライナ侵攻はフィンランドの人々のマインドセットを変えたのだろう。

自らの過ちを認めることはめったにしないのが北欧の政治家というのが筆者の印象だが、マリン首相が「間違いを認める正直さ」を強調したのは意外だった。果たして、彼女は有言実行して、ロールモデルとなれるだろうか。

新技術に今から投資しなければ、将来の損失は莫大である。日本は危機感をもって研究開発に投資できているだろうか。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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