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働きやすい職場のために。外見を褒めるのは問題か?文化・音楽業界とセクハラ

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
職場でのセクハラ・性暴力の撲滅を目指して、北欧ノルウェーでは今(提供:アフロ)

より働きやすい職場を目指して、北欧ノルウェーでは文化業界でのマナーの改善が進んでいる。

MeToo後、ノルウェーでは労働法が変わり、2020年1月1日から、望まない体験をした場合は、自分を守るための権利を行使しやすくなった。

抗議相手が個人でも団体でも、セクハラ案件も中立機関「差別不服申し立て機関」に申告することが可能に(無料・双方は弁護士をたてずともよい)。

証拠を残すことの重要性を周知

セクハラをされた証拠として、同機関は以下のような書類の提出も求めている。

  • 証人となる家族・友人・同僚・上司との筆記・口頭でのやり取り
  • 患者とのやり取りが分かる医師の記録
  • フェイスブック・インスタグラム・スナップチャットなどのSNSでのやり取り(メール、録音素材など)
  • 相手との面会の記録
  • 同一人物から同じような被害を受けた他者の証言

セクハラを受けた人は、独立監視機関である「平等・差別オンブッド」にも相談して、助言を受けることも可能だ。

正直に言うと、セクハラや性暴力という案件を裁判所にもっていくことは、ノルウェーでは今も厳しい。可能だが、勝訴できるとは限らず、訴えた側の精神的苦痛が増す場合も多いからだ。ノルウェーでのニュースを見ていると、「意味はあるのか」と感じざるをえない。

それでも、泣き寝入りをする社会ではあってはならない。

MeTooでは、人脈が中心となって回る文化業界でのセクハラが露呈したため、抗議・相談できる専門機関の強化が急がれた。

市民を代表する団体や労働組合が、政府に法の改正を訴え、現場の現状を告発する空気が以前よりも増した。

自覚なきセクハラに気づいて

MeToo改善のための専門機関のひとつが「バランセクンスト」(Balansekunst)だ。

平等で多様性ある文化業界を目指して80以上の芸術・文化機関が加盟。音楽祭などで、「何がセクハラか?」、「こうような状況ではどう対応すればいいか?」、「活躍する女性たちからのアドバイス」など、勉強会なども開催している。

音楽祭で聞こえた、現場の声

音楽祭では数多くのトークショーや勉強会が開催される。映画『アナと雪の女王2』のメイン曲で不思議な声を担当したノルウェー人歌手オーロラ(AURORA/右)も駆けつけ、音楽がもつ癒し効果について話す 撮影:あぶみあさき Photo: Asaki Abumi
音楽祭では数多くのトークショーや勉強会が開催される。映画『アナと雪の女王2』のメイン曲で不思議な声を担当したノルウェー人歌手オーロラ(AURORA/右)も駆けつけ、音楽がもつ癒し効果について話す 撮影:あぶみあさき Photo: Asaki Abumi

2月後半にはオスロでの音楽祭「ビーラルム」(by:Larm)で、業界向けのカンファレンスが開催された。

「新しい業界カルチャーを #MeToo後」というテーマで、現在の課題を話し合った。

撮影:あぶみあさき Photo:Asaki Abumi
撮影:あぶみあさき Photo:Asaki Abumi

セクハラ撲滅を目指す歌手、業界関係者、会場の人々からはこのような声があがる。隣国スウェーデンとの比較もあった。

  • 「音楽業界で問題を起こしがちなのは、男性、上司や責任者、信任投票で選ばれた責任者という場合が多い」
  • 「男性だってセクハラを受ける」
  • 「会社が小さく、歌手が孤立していると声をあげずらい。抗議したら、給料がもらえないかもしれない。嫌がることはできないという、あまりにも脆弱な構造がある」
  • 「スウェーデンのほうがもっと対策がされている」
  • 「スウェーデンでは、業界で女性アーティストが少ないことを誰も問題視していなかった。男性が多すぎると、問題のある構図ができあがる。今はスウェーデンの音楽祭は女性を増やし、改善している」
  • 「女性だけが集まることもあるのだから、男性ばかりのボーイズ・クラブができてしまい、問題が起きるのは不思議ではない」
  • 「スウェーデンの音楽祭のように、セクハラは許さないという声明と対策には効果がある」
  • 「才能・権力・お金を手にすると、信じられないようなことをする人がいる」
  • 「レコード会社でも女性の数を増やすクオーター制を導入しては?」
  • 「同じ人ばかりに仕事を依頼しないことも大事」
  • 「首都では人脈を広げやすいが、小さい地方では同じような人との付き合いになってしまう。交通費や宿泊費を出して、大きな都市にでかける余裕はない」
  • 「冗談だといって笑うようなカルチャーを許してはいけない」
  • 「小さな国ノルウェーでは噂話はすぐに広まってしまう。もし、望まない行為を受けたら、できるだけたくさんの人に話すといい。それ自体もセクハラ対策になる」
  • 「たくさんのお酒を飲んで、酔っ払いが増えるような場所では規制を出すのもありだ」

人脈が全ての業界が抱える課題

音楽祭の会場ではバランセクンスト団体が無料配布する「安全なカルチャーライフのための対策」冊子があった。

撮影:あぶみあさき Photo: Asaki Abumi
撮影:あぶみあさき Photo: Asaki Abumi

文化業界の問題点として以下のようなことが挙げられている。

  • フリーランサーや個人事業主として働く人が多い。短期の仕事が多い中、嫌な体験をしても、将来のキャリアの可能性をつぶしたくないと、黙っている人がたくさんいる
  • リクルートは個人のネットワークの中で行われることが多いため、バランスの崩れた上下関係ができてしまう
  • 短期契約だからと、仕事が終わるまで我慢して、何が起きたかを言わずに去っていく人が多い
  • 舞台の上で起きる役柄の関係とプライベートの境界線がつかない人がいる
  • カリスマ的なリーダーシップがある人が権力を持ちやすい。人は肩書に寄ってくることを忘れ、自分が人気者だと誤解して、おかしな行動に走る人がいる

外見へのコメントや下ネタはOK?

日本と比べて、北欧諸国では他人の外見を褒めることさえも、より慎重になる必要がある。

下ネタなどを笑う雰囲気にも、厳しい視線が投げられるようになってきた。

ワークショップをして、どこまでがOKでNGかみんなで考えようという取り組みもある。一例をみてみよう。

バランスクンスト団体の対応策:どこまでいいのか、みんなで話し合う

  • 他人の外見や体形にコメントするのはOKか?
  • 下ネタはOKか?
  • どの程度の親密さが不快か?

3人グループでのワークショップをしてみよう。

同僚、上司、恋人か好きな人の3役を割り当て、以下の行為は「OKかNGか」を話し合う。みんなが楽しむためには、どのようなルールが必要だろう?

  • 服装がセクシーだと褒める
  • 痩せたかどうか聞く
  • 肌が見える写真を送信する
  • お尻を触る
  • 抱擁する
  • 頬にキスをする
  • 首をマッサージする
  • 腰に手を添える
  • 「かわいいね」、「かっこいい」、「美人だね」と相手に言う

何がセクハラかの境界は人によっても異なる。

不快な行為を体験したら、誰に相談できるか。企業や団体内で手順を明確にしておく。

どのような行為が注意勧告・辞職勧告レベルかを決めておく。

時には外部機関を交えて、みんなで話し合うことが重要だと、音楽祭での参加者は口を揃えていた。

関係者の会食の場で貼られていた紙「安全な職場環境のために、あなたの会社では何をしていますか?」「音楽界での平等と多様性の実現における、私たちが向き合う課題とは?」撮影:あぶみあさき Photo:Asaki Abumi
関係者の会食の場で貼られていた紙「安全な職場環境のために、あなたの会社では何をしていますか?」「音楽界での平等と多様性の実現における、私たちが向き合う課題とは?」撮影:あぶみあさき Photo:Asaki Abumi

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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