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「どうしてもノーベル平和委員会に入りたい!」現役議員の必死の抵抗、ノルウェーのハーゲン劇場

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
進歩党総会で演説するハーゲン氏(リンゴは党のシンボルマーク)

平和賞受賞者を決定するノーベル委員会に、ノルウェーのお騒がせ政治家、カール・ハーゲン氏が入会するかもしれない。

これまでの経緯

  • ノーベル委員会メンバーは5人。今はノルウェー国会が新しい候補者を指名・選出する時期
  • 与党・右翼ポピュリスト政党「進歩党」は、元党首のハーゲン氏を候補者として指名。ノルウェーの人々を仰天させる
  • 同氏は、ドナルド・トランプ大統領、プーチンを支持し、移民・難民受け入れ懐疑派、気候変動対策に興味なし
  • 過去に「私が外務大臣になっていたら、役立たずだろう」=「国際政治に詳しくない」と発言済み
  • オスロ市議会に座る自治体議員
  • 国会では、国会議員が休んだ時に代わりに業務をこなす「代理議員」
  • 各党の候補者は、国会でそのまま承認するのがこれまでの伝統。今回は他政党が大慌て
  • 「委員会と国会の政治的な距離を、他国に説明することが難しくなる」と、阻止しようとしている

ノルウェーでは毎日このニュースがアップデートされている。ハーゲン劇場だ。

他政党が、「現役議員」を理由に反対しはじめたため、ハーゲン氏は驚きの行動にでた。

「代理議員から辞退する」と申し出たのだ。

「そんなに反対するなら、じゃあ代理議員やめる」

これには多くの人々が、またまた大仰天。

国政選挙は今年終わったばかり。昨年、ハーゲン氏は、選挙の政党リストに自分の名前を載せることに必死だった。

党の若い女性政治家がハーゲン氏のために身を引いたのだが、それはベテラン政治家が圧力をかけたと解釈された。そうまでして得た「代理議員」の座を、あっさりと辞退すると言い出したのだ。

進歩党内でも反対する小さな声はある。とある若い女性国会議員は、「国会よりも委員会が大事なのは失礼だ」と大先輩のハーゲン氏を批判。ハーゲン氏はこれに対し、「知名度のない人間が意見を述べようとは、滑稽だ」と発言。このハーゲン氏の言葉は、「無礼だ」とさらに批判を浴びた。

選挙・国会制度を軽視していると批判

ハーゲン氏の行動は、投票した支持者や、辞退した若手議員、選挙制度そのものに敬意を払っていないとして、現地メディアは猛反発した。

ハーゲンはやっと国会に戻ってこれたのに、他の職を望んでいるそうだ。

自分のために。これは、ハーゲン、ハーゲン、ハーゲンのための舞台なのだ。

国務よりも、委員会のイスに座ることのほうが、彼には重要なのだ。あまりにも自分勝手。自分のことしか考えていない。

悲惨な劇場だ。

出典:DN産業紙 アルスタハイム政治記者 11月23日

戦後、最も物議を醸し続けてきたノルウェーの政治家が、またやった。

彼は政治家として最も成功したともいえる。国の政治の常識を変えてきた。

ハーゲンの思想は、これまでの委員会の方向性とは逆を向いているのは明白だ。ノーベル委員会というものは、もっと平和政治に熱心な人の集まりであるべきではないだろうか。

出典:アフテンポステン紙 スタンヘッレ政治記者 11月25日

17人の法学教授は、委員会メンバー選出プロセスを考え直すように、国会議長に文書を送付する(30日、ノルウェー国営放送局NRK)。

憲法の専門家らは、代理議員を辞退することは憲法違反ではと指摘。進歩党は「じゃあ、ハーゲンを休暇扱いに」とさえ言いだした。

労働党、中央党、キリスト教民主党、自由党は、ハーゲン氏のイスを阻止するために、規則の改正を視野にいれている。

「代理議員も含めて、国会議員はノーベル委員会メンバーになることはできない」と国会に提案を検討中だそうだ(DN紙)。

ハーゲン劇場がとまらない

すでにこれだけの騒動を引き起こしているハーゲン氏。

ハーゲン氏が巻き起こす嵐が起きるのは、これまではノルウェー政界だった。

そのパフォーマンス舞台がノーベル委員会にうつるとなると、嵐は他国へも移動していくことになるだろう。

Text&Photo: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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