Yahoo!ニュース

「NYでオーストラリア風の寿司」は文化の盗用? 日本のSushiを巡り思わぬバトルが勃発

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ニューヨークで人気の巻き寿司。(c)Kasumi Abe

私は「海苔」を見るといつも思い出すエピソードがある。

それは90年代、アメリカの友人に「美味しいから食べてみて」と海苔を差し出したら、友人は「なんだこの黒い紙は?」と言わんばかりに眉を潜めた。そして一口含むと「ゲッ!」と吐き出したのだった。今では笑い話だが、当時はこの友人だけが特別ではなく、得体の知れない異国の食べ物をいっさい口にしないという人は実に多かった。

時は2020年代。一時は疎まれる存在だった「海苔」も、ダイバーシティ(多様化)という言葉の浸透と共に、今ではアメリカのスーパーで普通に売られるようになった。健康的なスナック(おやつ)として食べている若者も少なくない。

アメリカで、長らく寿司やラーメンがすき焼きや天ぷらと並ぶ日本料理の定番になっているが、近年ニューヨークでは「巻き寿司」ブームも起きている。冒頭で話した90年代に、誰がこのような未来を想像しただろうか?

以前より日本の普通の巻き寿司は、和食店や寿司店にあった。しかし、筆者が巻き寿司ブームの到来を実感したのは、2015年ごろ。巻き寿司をファストフード、つまり気軽に食べられるものとして一般大衆化させたのは、当時マンハッタンに次々とオープンしたPokeworks(ポケワークス)というチェーン店の功績が大きい。ハワイ発のポケにインスピレーションを得たピーター・ヤング氏が、ニューヨークでじわじわと広がりを見せつつあったポケ人気に便乗し、メキシコのブリトーと恵方巻きを合体させたような「ハイブリッド寿司」も、カウンタースタイルの店で同時に売り出したのだ。新し物好きのニューヨーカーは、店に殺到した。

さらに、当地で第2の巻き寿司ブームを感じたのは、コロナ禍の後半になってのこと。ニューヨークとロサンゼルスでKazuNori(カズノリ)がオープンし、マンハッタン(ノマド)の店舗に、若者や観光客が長い列を成しているのを見て、ブームの再来を感じたのだった。

いつ来ても満席の人気ハンドロール店、カズノリ。(c)Kasumi Abe
いつ来ても満席の人気ハンドロール店、カズノリ。(c)Kasumi Abe

カズノリの巻き寿司は失礼ながら、私たち日本人にとっては何の変哲もない有り触れたものだ(冒頭の写真)。サーモン、ホタテガイ、カニなど3種が18ドル(約2690円)、キュウリを加えた4種だと23ドル(約3440円)と決して安くはない。それでも当地では高く支持され、感度が高そうなビジネスピープルや観光客でいつも満席だ。そしてカズノリの成功に便乗し、巻き寿司(手巻き寿司、ハンドロール)店があちこちにオープンしている。

手巻き寿司店に列を成すニューヨークの人々。(c)Kasumi Abe
手巻き寿司店に列を成すニューヨークの人々。(c)Kasumi Abe

さてそんなニューヨークの巻き寿司事情だが、当地に新たに殴り込みをかけたのは「オーストラリア風の寿司」だ。

巻き寿司の新店、Sushi Counter(スシカウンター)は、オーストラリア出身のアレックス・マークスさんという元弁護士の女性が会社を退職後にオープンした「オージースタイルの寿司」が特徴の店。

持ち帰り専用の巻き寿司をカウンター形式で販売するいわゆるファストフード店で、これをオージースタイルの寿司と呼ぶそうだ。地元紙が紹介したマークスさんの友人談では、ニューヨークをはじめ世界の高級寿司店で人気の「Omakase(おまかせ)」スタイルの寿司とは異なり、「テイクアウト」スタイルであることに加え、具材は加熱調理したマグロ、照り焼きチキン、トンカツなど独自のアレンジを加えたものが特徴だという。オーストラリアのショッピングセンターなどカジュアルな場で販売され、ファミリー層に人気なのだとか。

しかし、アジア系以外の人物が寿司業界に進出したのがよっぽど気に入らなかったのか、異議ありと物申したのは、ノースキャロライナ州のシェフ、エリック・リヴェラさんだ。1万5000人のフォロワーを持つX上で、リヴェラさんは「オーストラリア風寿司だってよ。入植者よ、勘弁してよ」と言って、マークスさんに噛みついた。「入植者」には、領土を侵蝕する白人というマイナスの意味が含まれる。リヴェラさんに追随し、SNSユーザーからは「なぜアジア系ではない、もっと言えばオーストラリア出身者がニューヨークで寿司店をするのか?」という意見や、「この街には美味しくて本物の寿司店がたくさんあるからそのような店に行くべき」「自分が日本人よりも(寿司作りが)上手だと考えている女性が経営する植民地化された寿司店」「文化の盗用」などという非難の声が上がった。

一方、マークスさんが作る巻き寿司はファンも多い。1ロール5ドル(約748円)、3ロール12ドル(約1790円)と、当地では手頃な値段設定が魅力だ。

「3ロール12ドルはニューヨークでお得」という意見や、「うちの近所には『ブラジリアン寿司』もあるけど、とても美味しいわよ」「食べ物は食べ物だ(誰が作ろうと)」「アジア系の男性がピザ屋を経営して否定的なレビューが殺到することはない」など、スシカウンターを支持する声も多く上がった。この物言い合戦はSNS上で物議になり、地元紙ニューヨークポストや英デイリーメールなどが報じた。

問題提起したリヴェラさん本人だが、今年初めにノースキャロライナ州で自身のルーツであるプエルトリコと日本のフュージョン料理店をオープンする計画を発表するなど、自身の発言と矛盾していることが記事で指摘されている。また自家製パスタを販売しており、それについて「パスタはイタリアの料理では?」という意見も出ている。

オープン早々、思わぬ言い掛かりを付けられたスシカウンターだが、騒動がポジティブに影響したようで、グーグル・レビューは瞬く間に上昇し(現在のところ)5つ星を獲得しているところが、移民の多いニューヨークらしい。

20年ほど前、Sushi Sambaという寿司とサンバが合体した店が大人気になり、寿司人気をさらに押し上げたことがある。巻き寿司ブームも各国のユニークなアイデアで、さらに広がっていきそうだ。筆者としては何人(ナニジン)が経営しようと構わないのだが、寿司にしろラーメンにしろ、ニューヨークではあまりにも高価な料理になりすぎているため、新鮮で手頃な価格で美味しければ何も文句はない。

(Text and photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

安部かすみの最近の記事